◇
みどりの啜り泣く声が聞こえて、パッと目を開く。
慌てて上体を起こして周囲を見渡した。
何があったんだっけ。
確か…みどりが可愛かったからキスして、怒られて……窓ガラスが割れた…
そうだ、あの刺青の男。
見逃してやったのにわざわざ帰ってきやがった。
腕に何か刺された途端に体が動かなくなって意識が飛んだ。
多分、神経麻痺か…それとも…
「貴方が打たれたアノ薬は、生物を仮死状態にする劇薬ダヨ」
「〜ッ!?!?」
私がいてヨカッタネ、と突然聞こえた声に驚いて肩を揺らす。
ベッドの側にしゃがんで俺を見上げる顔は確かに俺の知っているみどりに似てるんだけど、何というか…雰囲気?気配?その辺がどことなく違う。
「…誰、みどりどこにやったの」
「アラ…マァ強いて言うなら、アノコは……ココ」
そっと両手を胸に当てて目を閉じる少女。
細い指先がスッと俺に向けられる。
「貴方、あの子に気があるんデショウ?」
気がある…好きってこと?
そんなの答えはYESに決まってる。
ついでに言うなら結構前からずっと恋愛的な意味で見てるし、好きだし…って、なんかコレじゃあ俺が変態みたいじゃん……!?
「……関係ないでしょ、みどり返して」
「ンフフ…ウン、そうだね」
「みどり、返して」
「残念ダケド、今は出来ないの」
今までの俺とのやりとりに何の意味があったのだろう。
無意味なことに時間と体力を浪費した気がして、溜息を吐きながら肩を落とした。
「どうしたら返してくれんの」
「私に協力してクレル?私も、アノコの負担になりたくないカラ…」
「…わかった」
「ソウ、よかった」
俺が断る訳がないと確信していたかのような態度がなんだか気に入らなくて口をへの字に曲げる。
それを見てクスクス笑われたのも、俺の機嫌をますます損ねる原因となっていた。
「…で?俺らが集められた理由と、そこのどりみーのそっくりさんが何なのか教えろや」
「ウン、勿論」
「なんなんや、ホント……」
にこやかに頷いたカノジョに毒気を抜かれたのか、きょーさんは早々にタバコとライターを取り出し始めた。
「じゃあ俺が司会で、らっだぁはそこのお嬢さんの補佐ね」
「ぽけ」
コンちゃんが司会となった今回の会議は、俺達の一方的な質問からスタートした。
「名前は?」
「ナイ、アノコはみどりと名乗っているみたいだし“みどりちゃん”と呼ンデ」
「えっと…みどりくんとどんな関係なの?」
「……私はアノコを愛していたし、アノコも私を愛してくれてた…コレ以上は、秘密」
曖昧な返答に皆んなして首を傾げる中、俺一人だけ眉間に皺を寄せていた。
ここから先は聞きたくない。
心臓がザワザワする。
もしかして、もしかしなくても、この少女はみどりの恋人……いや、やめておこう。
これ以上は自分が苦しくなるだけだ。
「今のどりみーはどういう状態なんや?」
「ウーン…例えるならステージ…肉体を動かせるのはステージに立つ魂だけナノ。今は私がステージにいるからアノコは…ステージ裏…もしくは観客席ってトコ…カナ?」
「一つの肉体…器に二つも魂があるの…?」
「えぇ、まぁ後天的かつ人為的なものダケド…」
「魔法が使えるのも関係してる?」
「…関係していると言えば関係しているし、関係していないと言えば関係していない…第三者がどう受け取るかによるってコト」
「協力して欲しい事って?」
「私の死んだ場所まで一緒ニ来テ」
最後の回答に全員が頭にハテナマークを浮かべた。
いや、結構前から浮かんではいたのだけど、ここにきて全員の脳内にPCのローディング画面のような円が出来ていた。
「……それはまた…何故?」
司会であるコンちゃんが全員の気持ちを代弁してくれた。
「私がココから出るには色々工程が必要ナノ、一人じゃ確実に不可能な上に私とアノコ、二人とも信頼できる人ジャナイト」
厚い信頼を寄せてくれているようでなにより。
それにしても“死んだ場所”ねぇ…
みどりの生い立ちを聞くチャンス…?
いや、コレは素直に喜んでいいものか…
「ジャア今から行こう」
「「「「…え?」」」」
「ココからそう遠くないの」
急かされるがままに慌ただしく本館から出て、そのまま森の中へ入った。
獣の声すら聞こえない夜の森は少し薄気味悪い雰囲気がして、きょーさんとレウさんの間に割り込んだ。
「…何しとん?」
「…………任せろ、真ん中は俺が守る」
「いや、何から!?」
「んっふふふ…何から…?…んふふっ…」
レウさんの即座のツッコミにコンちゃんが肩を震わせて笑っている。
真ん中の守護を譲る気はサラサラないので、最後の一押しとしてきょーさんの肩をがっしり掴んでおいた。
「おまっ、お前…必死すぎやろ……ふははっ」
ヒーヒー腹を抱えて笑うきょーさんをジトリと睨む。
ついでに呆れた顔のレウと、さっきから笑いすぎて涙目になっているコンちゃんのことも睨んでおいた。
「ア……ココ…」
しばらくしてみどりちゃんが足を止めた。
その場所は長く棲みついていた俺でも知らなかった森の中の、開けた小さな場所。
ところどころに咲いている小さな白い花がその場所を彩っていた。
「…起こすカラ、見張りヨロシク」
最後、振り向きざまにぱちんっとウィンクをして開けた場所の真ん中に寝転んだ。
瞼を閉じたみどりちゃんの長いまつ毛が頬に影を落とした。
さぁっと俺達の間を通り過ぎた強い風が花や木々を揺らした。
視界を遮った白い花弁が淡く光を放つ。
目の前に、知らない風景が朧げに浮かび上がった。
◇
コメント
2件
えッ……凄く気になるッ…!!! 後みどりちゃんの話し方とか好きすぎる………