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私達は双子だった。
生まれた順番の違いで、私の方が少しお姉さん。
あの子は私の弟と位置付けられた。
「とおさん、かあさん!」
「…」
お喋りで活発な性格の私と違って、あまり喋らない、物静かな子だった。
そのせいか、父さんも母さんもあの子より私の方をよく気にかけていた。
可哀想だと思った。
部屋も私より狭いし、服も頻繁には買ってもらえない。
いつも書斎に閉じこもって、難しい本をさも読めるかのようにじっと見つめている。
「ねぇ、さびしくはないの?」
5歳になって、初めて弟とまともな会話をした。
両親がいるときはあまり良い顔をされないから、親が王都に出張へ行って家を留守にしている間に私も書斎へ足を踏み入れた。
「…うん」
寂しくないと言っておきながら、誰よりも寂しそうな顔で視線を逸らした。
この子を笑わせてあげたい。
素直に感情を言葉にできない姿を見て、そんなことを感じた時、私の中でお姉ちゃんとしての立場が突然輝いた気がした。
「…うそがヘタね、私は貴方のおねぇちゃんなんだから、なんでもわかるのよ!」
「……おねぇ…ちゃん」
初めての響きに嬉しくなって、本を支えていたあの子の両手を取ってクルクルと回った。
「そう!私は貴方のおねぇちゃんよ!」
それから、私達は何度目かの春を迎えた。
父さんや母さんは、あの子が成長するごとに人とは思えないほど美しくなっていくのを見て余計に態度が冷たくなった。
「瞳の色がどちらにも似ていないじゃない…」
「あの子が成長するたびに、いつか私達へ害をなす悪魔へ変貌するんじゃないかと気が気でなくなるよ…」
「そろそろ売りに出すべきじゃないかしら…あの子、顔はいいでしょう…?奴隷商にでもサーカスにでも…ねぇ?」
両親の言う“どれいしょう”が何かはよくわからなかったけれど、私は両親と同じように“恐ろしい”とは思わなかった。
確かにあの子は人ではない、何か別の神々しい存在なんじゃないかと勘違いしそうになるくらい、あの子は美しい。
けれど、あの子はあの子なのだ。
姿形がどうあっても変わることのない、私の大切な弟。
私はそんな弟を蔑ろにする両親を日に日に軽蔑するようになっていった。
「貴方はそんなに美しいのに、どうして私はこんな姿なのかしら…」
両親が出かけている隙にあの子といつものように書斎で話していた。
その日、本に夢中になっているあの子の長いまつ毛を見つめていたら、自然とそんな言葉を呟いていた。
「…?」
私の言葉に不思議そうな顔でぱちぱちと目を瞬かせるあの子を見て、私は驚いた。
この子は自分の美しさがどれほどか、まったく理解していないのだ。
驚きと同時に、誰かに自慢したいという欲が湧き上がった。
それは、一種の好奇心であった。
「ねぇ、今日は父さんも母さんも夜まで帰ってこないのよ!だから一緒に町へ行きましょう!」
「…ぇ……」
あの子の容姿を羨むことはあったけれど、妬むことはなかった。
あの子は自分の美しさをひけらかしたり、それを利用して他者を貶めるようなことをする子じゃなかったから。
あまりにも自分に無頓着で、心根の優しい子。
「貴方、自分の美しさを理解しておいた方がいいわ!きっと今後のためになるもの!」
成長したあの子が沢山の女性に囲まれ、困った表情で立ち尽くす姿を想像すると、くすりと笑みが溢れた。
そんなことが起こったら、私が助けに入ってこう言うのだ。
“この子は私の自慢の弟なんだ”と。
「んん……」
乗り気じゃないことがありありと伝わるあの子の視線を無視して手を引っ張る。
「行きましょ!おねぇちゃんが貴方にとびきり美味しい焼き菓子を買ってあげる!」
“焼き菓子”という言葉に反応して僅かに目を輝かせた様子を見て微笑む。
あの子は私がこっそり持ってきた焼き菓子を食べてはキラキラと深緑の美しい瞳を輝かせて、小さな花が咲いたように笑うのだ。
私はその可愛らしい笑みを見るのが好きだった。
「さぁ、外套を着て?季節は春だけれど外はまだ肌寒いわ、襟巻きも私のを貸してあげる!」
私の襟巻きで首周りがすっかりふかふかになったあの子の手を取って、私は女中達にバレないように屋敷の外へ連れ出した。
「町はあっちよ!大丈夫、皆んないい人ばかりだから、貴方もきっと気にいるわ!」
当時の私にはわからなかった。
まだ十にも満たない子供が二人だけで外を出歩くことが、どれだけ危険なことか。
今思えば、私のこの行動が薄氷の上に出来ていたあの子の平穏を狂わせてしまったのかもしれない。
◇
コメント
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嫌な予感………ど、どうなるんだッ!? 今日も更新感謝……これのおかげで生きてるようなものだから…()