コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
結局、昨日はしなかった。
お風呂に入れてあげて、体を流してあげて、パジャマまで着せてあげて、ドライヤーで髪を乾かすと、由樹は少しだけすっきりした顔で千晶を振り返った。
「ありがとう」
(……はい!いつもの笑顔いただきました!)
撫でるように髪を乾かしていく。
由樹はこれでいい。
変な男たちに惑わされてしまうこともある。
弄ばれ、傷つけられてしまうこともある。
それでも、傷ついた羽を癒しに、千晶のところへ帰ってくる。
そしてまた元気になって飛び立っていくのだ。
そんな毎日を積み重ねていけばきっと……。
『千晶、行こう!!』
光り輝く大空へ、千晶も連れて飛び立ってくれる日が来る。
「じゃあ、行ってきます」
昨日、恋人の腕の中で眠った由樹は、幾分スッキリした顔で、千晶が詰めた弁当を持ちながら手を振った。
職場に行けば、勿論、あの上司がいる。
昨日何があったのかはわからないが……。
由樹の着信に折り返し電話をかけてくることのなかった男が……。
千晶は気を取り直すと、台所に戻り、今度は自分用の弁当箱におかずを詰め始める。
考えないようにしようとは思うのだが、黒酢肉団子、だし巻き卵、ほうれん草とベーコンのツナ和えを詰めていく作業は単純で、どうしても思考が由樹と篠崎に流れていってしまう。
今日これから、彼らが交わすであろう会話が手に取るようにわかる。
「新谷、ごめんな、昨日は酔っ払っていて…」
「いえ、こちらこそです、篠崎さん。べろんべろんになってしまって、すみませんでした」
「お互い忘れようぜ」
「……というか、俺、覚えてないんですけど、何かしましたか?」
「なんだよ。気にして損したよ」
笑いあう二人。
日常が始まる。
しかし由樹には彼に対する思いが、そして篠崎の身体には、間違いなく由樹への欲望が残っている。
何かのきっかけでまた彼の欲望は牙を剥く。
そしてその牙に、由樹は期待し翻弄され続ける。
「………」
気づくと持っていた菜箸が折れていた。
「あの男……!」