都希くんはあの日以来、一緒に過ごした日は俺の隣で眠る様になった。
『本当に疲れているんだな。普段、無表情なのに寝てると可愛い。』
疲れた寝顔を見る度に、自分の傍にいない時の様子が心配になった。
『たぶん、たぶんだけど、少し都希くんとの距離が縮まった様な気がする。』そう思えていた。
・・・・
今日は俺の家へ都希くんを誘う。『本当は断る時もあるから。』という言葉が引っかかっていたけど、思い切って連絡を入れてみた。その日のうちに返信が来た。
『いいよ。』短い文章。でも断られるかと思っていたので、返信が来た時は職場にも関わらず小さくガッツポーズをした。この時の俺は、都希くんに断られなかった事にただただ浮かれていた。
◆◆◆◆
週末。今日は千景の家へ行く事になっている。あいつと寝てももう痛く無い。やっと、嫌な夢も見なくなってきた。これでいい…。これでいつも通り。このままでいい…。ずっとこのままで…。
『疲れた…後は寝るだけ。』
千景がバーまで迎えに来た。セフレになってからまたずっと笑ってるやつに戻っている。人の気持ちなんてどうでも良い。と、いうか何がそんなに嬉しいのかがわからない。あんなに怒りをぶつけて来ていたのに、何があったのか全く見当が付かない。セフレだし、セックスするだけだろ。
こんな男とも女ともつかない中途半端な身体。そんなに僕の見た目が好きなのか…。ま、そんな事も、どうでも良い。面倒じゃなければ誰と寝ても同じ。
僕が求めているこれは『運動』であり、『睡眠導入剤』の代用行為だ。
千景を許したのだって、僕が身体を差し出せば全てが収まると思ったからだし、飽きれば勝手に離れていくと思ったから。特に深くは考えていない。気持ち良ければ良いんだ。
千景の部屋は、アイアン調の家具で統一されていた。
『あんなにヘラヘラしてるのに意外と趣味が良い……。?…あと、なんかこの匂い知ってるような…。』
急に優しくて懐かしい香りが頭をよぎった。ヘラヘラしてる奴の部屋なんてどうせ汚いだろ。と、勝手な偏見を抱いていたので意外だった。
「適当に座って。何か飲むか?腹減って無い?」やたらと聞いてくる。
「別に平気。」
いつも通りそっけなく答えるが千景はにこにこしている。
「じゃあ、風呂入ってくる?」
「一緒に入る??」
首を傾げながら被せ気味に僕がそう聞き返すとあいつは焦っていた。
「いや、都希が入って!俺、着替え出したりしとくから!!廊下出て右ね!」
たまにからかうと意外に面白い。
ベッドの上でうとうとしていると千景が風呂から出て来た。もう眠くてしょうがない。
「都希?もう寝ちゃったか?」
声のする方を向くと千景が僕の顔を覗き込もうとしていた。普段は合わない視線が合う。
「待ってたんだけど…。早く来てよ。気持ち良くなってから寝たい…。」
うとうとしながらも思っている事を口にすると、大型犬が大きく尻尾を振っている様な千景の笑顔が見えた。
「わかってるよ。」
そう言うと頬を撫でられ、優しくおでこにキスをされた。僕の存在意義なんてカケラも無い。気持ちの良いだけの密な時間さえあれば良い。
◆◆◆◆
もとから男性が好きな訳では無かった。初恋はテレビ画面越しのアイドルだったし、でも何で好きだったのかは上手く説明出来ない。たぶんキラキラしていて幸せそうに笑っていたからだと思う。人類が男とか女とかに分けられている事が不思議だと感じる事があった。僕の見た目に関しては昔から女の子みたいとよく言われていた。でも身体は男。何が正解?何て言われたら正解?誰も正解は教えてくれなかった。
母がネグレクト気味だった事もあって、中学時代に過食症になった。でもお金が足りなくなるので好きなだけ食べると後が困る。仕方なく食べない方に変えた。食べなくなると食べ物に興味が無くなった。
母は男の人が好きらしい。ヤクザっぽく威切った感じの。母は何かのスイッチが入るとその相手との行為の話しを無神経にしてくる様な人でそれがすごく嫌だった。僕も無神経に誰かを傷付けてしまうのだろうか?母は僕が居るだけじゃダメみたいだし、僕の身体には全方面から興味が無い様だった。
高校生になってすぐのある時、何人か変わった母の彼氏の一人に襲われそうになった。何でだったのかは忘れたが、母と彼氏の住む家へ行かなければいけないタイミングで2人きりになった。すると急に下半身を出して誘われた。こいつは母が好きなんじゃ無いのか?意味が分からなかった。流されたらヤバいと思い、あれこれ言い訳をしてその場から逃げた。
外へ出ると手が震えて吐き気がした。自分の身にもまるであつらえたかの様に性的な虐待をされる可能性が隣り合わせな事が怖かった。
でも断った事で逆に母とその男が上手くいかなくなって母が悲しい思いをするのでは無いかとも思った。本当なら僕の身体を差し出す事が正解なのかとすら思った。でもそれが母にバレたら本当に捨てられてしまう。じゃあ、襲われそうになった事を母に言ったらそいつと別れてくれるのかな?でもそれを伝える事は本当に正解?誰か…何が正解か教えてよ。僕はまだ一人で生きていく力も、勇気も、お金も何一つ持っていなかった。
『誰か助けてよ。何で僕は1人ぼっちなんだ…。』
苦しくて早く消えて無くなりたくなった。思い切り深呼吸をしてから息を止めて、じりじり酸欠になって、それだけで死ねるかやってみたけど意識が遠のく事も無く、身体が酸素を必要として勝手に呼吸をしていた。限界のその先へは自力では逝けないらしい。
ある時自殺の取説が人気になった。それは煉炭やら首吊りやら飛び降りの死ぬまでの人間の身体がどうなるのかまでも解説してくれていた。正直どれも汚い死に方しかなかった。
結局、生まれてしまった人間という生き物は、自死する勇気すら無い奴は死んだ様に生きて、終わりまでの暇潰しをしなければいけないらしい。
底辺をズルズルと這いずっている僕にとって、尚人との出会いは不安定な僕の心の支えだった。尚人は僕には無い物ばかり持っていた。スラっと高い身長。文武両道。仲の良い両親。兄弟。好きになれば、好きになってもらえたなら、自分もその一員になれるのでは無いかとすら思った。
ダメ元での告白が受け入れてもらえるとは思っていなかったから、尚人の心を必死に繋ぎ止めるには、何にも持っていない僕には身体を差し出す事しか考えられなかった。『セックスをする関係になる』それが恋人として正解だと思ったし、それ以外の答えを回答してくれる様な人もいないし、何が正解かを誰も教えてくれなかった。
結局僕は、尚人の気持ちなんてこれっぽっちも考えてあげていなかったんだ…。
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