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都希くんの中は、自分の声まで漏れてしまうくらい気持ちが良過ぎる。都希くんがイッた事が中のうねりで分かり、見下ろした背中にキスをすると「あっ、んっ、あとは、つけ、ないで…」と、余韻で震えながら途切れ途切れに言われた。
『他のやつの為?』
頭によぎった考えに一瞬イラっとして、すぐに一番深いところを何度も突いた。
「ひゃっ!」
煽られる様な良い反応だ。…汗がすごい。
「あっつ…。」
腕で顎の汗を拭う。すでにぐったりしている都希くんの身体を向かい合わせの向きに変えると、力が抜けたままで意識が飛びそうになっている事が分かる。
『良かった。ちゃんと感じてくれてる。』
「イくぞ。」
聞こえていないかもしれないが、都希の耳元でそう囁き最後はキスをしながら激しく奥まで打ちつけた。
「ん″、ん″っ、んーーーっっ!!」
◆◆◆◆
悲しくて仕方ない。またあの夢。
何で?どうしていつも出てくるの?何を叫んでいるのか分からないくらい僕は必死に言葉を伝える。どうしたら尚人がまたこっちを向いてくれるのだろう…。怒れば良いの?ゆっくり伝えれば良いの?リプレイされ続ける世界のゴールは尚人の冷め切った視線と、今回は「彼女がいるから。」と、断られる。
『嫌だ!嫌だ!別れてよ!!!なんで?!尚人は僕のものだ!僕に笑ってよ!寂しくて仕方ないんだ…お願い…僕が悪かった。お願いだから戻って来てよぉ…。尚人…。』
また抱きしめて欲しかった。お互いの体温を感じ合いたい。それだけなのに…。苦しいよ…。
今日も夢の中で涙が溢れた。
◆◆◆◆
「……と。」
都希が寝言を言っている。
『可愛いな。何て言ってるんだ?』
愛しくて仕方ない。そっと都希くんの顔にかかる髪を撫でると、見えた寝顔には涙が浮かんでいた。
『え?』
「な、…おと…。」
!!!!!
『尚人?!兄貴の事か?!!』
「まじかよ…。」
まさかここで兄の名前を聞くとは思わず、激しくショックを受けた。
『夢の中で泣く程まだ好きって事かよ…。』
今まで以上にズキズキと胸が痛んだ。
「ごめ……、ごめん。やだ、よぉ…。」
都希くんがシクシク泣いている。堪らなくなり、眠っている都希くんを抱きしめた。
『…眠れないって言ってたのはそういう事か…。』
感情のままに抱きしめているとさすがに起こしてしまった。「…んー…千景?……どうしたの?…痛いよ…。」
「あ!ごめんっ!」
やっぱり強く抱きしめ過ぎてしまっていた…。そっと都希くんに布団を掛け直す。
「ごめん、寝ぼけてた…。」
「ふふ。そっか…。」
目は瞑ったまま、目尻に涙を浮かべながらも俺の言葉に小さく笑っている。布団に潜ると、すぐに都希くんから寝息が聞こえてきた。もう辛い夢に泣かない様に、隣で眠る愛しい人の柔らかい髪の毛にキスをした。
・・・・
目頭が熱くなる。さっきまでの繋がり合っていた幸福感と今の感情との落差で心がぐちゃぐちゃになっていく。俺が都希くんを乱暴に抱いていた時、もしかしたらこの夢をずっと見ていたのだろうか…。今までもずっと。兄貴と別れてから都希くんは夢の中でも泣き続けて来たのかもしれない。
『本当に、俺は何をやってるんだ…。』
気持ち良さそうに眠る都希くんの寝顔を見て、また胸が痛んだ。好きになってしまった。好きにならずにいられなかった。どうしてまた出会ってしまったんだろう。酷い事をしてきて、セフレにまでなった男がトラウマの原因の弟だと打ち明ける事は出来ない。
『俺今、上手く笑えてたかな…。都希くん…俺、本当に何っにも分かってなくてごめんな…。でも傍にいたいんだ。』
最低な俺には、もう都希くんを起こさない様に声を押し殺して泣く事しか出来なかった。
◆◆◆◆
別れ話しは尚人からだった。尚人は大学生。僕は専門学生。お互いに別々の生活リズムになり、毎日の様に会えない事が僕は不満だった。尚人は誠実で優しい。誰が見ても浮気なんてするタイプじゃないのは明らかだった。でも僕はいつまでも尚人が信じられなかった。自分から好きになって、好意を優しく受け入れてもらえたのに。
尚人は僕との事を誰にも言わなかった。やっぱり男が恋人なんて言えなかったんだと思う。普通ならそうだよな。女の子に間違われる外見で身体は男。不安定な精神を持った母子家庭の貧しい人間。
尚人の事は大好きだった。すぐに『信じられない!』とヒステリックになるくらい。でもね。それは愛じゃなかったんだ…。本当は分かっていたのかもしれない。でも分からなかった。愛が何なのかを知りたかった…。だけど知ろうともしなかった。
今なら分かるよ。尚人を見てイライラするのは愛じゃ無くて嫉妬だったんだ…。
尚人が大学に入ってからバイトを始めた。そのバイトも「尚人じゃ出来ないよ。」と、否定的な言葉しか言えなかった。
だって僕が必要な時に来てくれなくなる。他の人と関わって欲しく無い。そんな自分勝手な気持ちがあったから。
僕は高校の時からずっとアルバイトだらけだった。だって貧しいから。それに夜が寂しくて仕方ないから。でもバイト以外の時間は大体尚人を呼んでどちらかの家でセックスをした。
尚人が大学2年になり、会う約束をしていた日にドタキャンをされた。家で尚人が来るのを待っていたのに…。理由は『バイト先の先輩と話ししてるから。』そんなどうでも良い理由だった。『なんで?!男?女?!誰?!!』問い詰めた。でも尚人は『今日は行けないから。』と、電話を切った。いつもと違う…。何かがおかしい…。身体中の血の気が引くのが分かるくらい絶望感に襲われた。何度も何度も何度も電話をしたけど尚人は出てくれなかった。
やっと会いに来てくれたある日、その先輩から夜遅くに電話がかかって来た。「ごめん。行かなきゃ。」やっと会えた日、尚人は僕を置いてその人の所へ行ってしまった。あっさり僕を切り捨てる尚人が別人の様だった。あれ?何これ?いつから間違えてたの…?そうか、たぶん最初からだった?もう戻れないのかもしれない…。悲しみの膜に包まれて呼吸の仕方すらわからない。僕の身体や存在自体が置物みたい感じる。『僕』を形作る全ては不要の産物になった。
「すごく好きだよ。」と、抱きしめてくれていたあの手は違う人を今抱きしめているのかもしれない。そう思った。
その次の日。尚人から電話がかかってきた。「昨日はごめんね。今から会いたい。」そう言ってもらえるのかもしれないと思って明るく電話に出た。
「好きな人が出来た。別れて欲しい…。」そう言われた。好きな人?それって僕だった筈でしょ?なんで?何て言ったら『都希、大好きだよ。』ってまた言ってくれるの?分からない。分からない。分からないよ。
電話口で泣き喚いて「ヤダ!ヤダ!絶対に別れない!!!」そう叫んだけど、「もう無理だよ。」そう言われた。
あんなに冷めた声で話す尚人は初めてだった。
『あぁ…終わったんだ。』
母親が出て行った時以上に僕の形の無い何かがグチャグチャと咀嚼音の様な音を立てて腐り落ちた。
「わかった…。」それだけ言って電話を切った。
僕は僕の世界を自分で壊していた事にすら気付かずに泣く事しか出来なかった。