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地中海に浮かぶ最大の島、イタリア・シチリア島。その東部にある都市カターニア郊外にイタリアンマフィア・スコッツォーリファミリーのドン、ヴィート=スコッツォーリの邸宅はあった。
広大な土地の中央に聳える中世の様式美を残した屋敷は、一般人など決して入ってこられない厳重なセキュリティと高い門塀に囲まれ、かつ二十四時間多くの強面たちが、わずかな異変も見落とさぬよう鋭い目を光らせている。不審者が侵入しようものなら、ものの数秒で蜂の巣だ。
そんな緊張しかない空気の中を、陽だまりのような青年が、温かな春風を連れながら静かに歩いていた。
優しげな眼差しに、柔らかなエメラルド色の瞳。ふんわりとしたミルクティーの髪は、白い肌とティーンエージャーのような幼顔によく似合っていて見る者を穏やかな気持ちにさせる。少々だぶついたパステルイエローのカーディガンもまた、彼の人畜無害な印象をより際立たせた――――が、この屋敷を守るいかつい男たちの中では少々、いや、かなり浮いて見えた。
しかし、そんな悩みなど今に始まったことじゃないと、慣れきった顔のセイ=ファンタネージがヴィートの執務室の前に辿り着いた時。
「おい」
ノックしようと伸ばした手を突然、扉番の男に強く掴まれた。
だが、セイは痺れるような痛みを顔に表すことなく、威圧的な表情を浮かべる男に静かな視線を遣る。
「……何か?」
「今、ドンは大切な商談中だ。場に相応しくない人間が無断で入るな」
「商談ということは『表』の仕事だよね。だったら僕は関係してると思うけど?」
セイが口にした『表』とはスコッツォーリファミリーにおいて、一般人が働く企業と同じように会社を経営して利益を得る仕事を指す。マフィアと聞けば銃の密売や暴力による縄張り抗争など、暗く危険な稼業ばかりしていると思われがちだが、実際は販売業や不動産業など、日の当たる仕事にも多く携わっているのだ。表の裏の割合に関しては各ファミリーによって変わってくるが、スコッツォーリはちょうど半々といったところである。
セイはその中で組織の収入源の半分を担う企業運営の統括指揮と、新事業の立ち上げを任されているため、ボスの執務室で行われているのが商談であるなら、参加する必要があるのだ。
それなのに。
「関係あるなしの問題じゃない。卑しいオメガには、ドンの部屋に入る資格がないと言ってるんだ」
オメガ。男から投げつけられた剥き出しの悪意に、セイは感情なく目を細めた。なるほど、この男はアルファ至上主義者か。ならば真面目に話をするだけ無駄だろう。しかし。
――――またこれか。
聞き慣れすぎた言葉に乾いた溜息と、積年の不満を並べたくなった。どうしていつも自分はアルファだのオメガだのという言葉に、振り回されなければいけないのだろう。
アルファ、オメガ、そしてベータ。いつの時代からかは分からないが、地球上に生きる人間の身体に突然変異として現れた第二の性・バース。
男女の性をさらに三つのグループに分けるこの三種性は、知力、体力ともに秀でていて、生まれながらにして人の上に立つ資質を有するアルファ性を筆頭に、身体的に特出した特徴がないかわりに目立った欠陥もない、所謂どこまでも普通の人間であるベータ性、そしてアルファの対極ともいわれるオメガ性で区別されている。
セイのバースでもあるオメガ性の人間は他の二種と比べて体力や体格が大きく劣り、身体が弱く病気がちな者が多い。知力の方は努力次第でどうにかなるものの、それでもアルファと比較されると及ばないことが多いため、実力社会では日の目が見られないと言われている。そんな性質からオメガは社会人として軽視されがちなのだが、決してそれが蔑みの目で見られる理由ではない。