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小屋の中に、焦げた金属のような血の匂いが漂う。
頬を伝う温かい液体の感触を意識しながらも、俺はアランから目を逸らさなかった。
「……随分と楽しそうだな」
皮肉を込めて呟くと、アランは短剣を指で弄びながら微笑んだ。
「楽しんでいるよ。だって、もうすぐこの茶番が終わるんだからね」
言葉とは裏腹に、その声には焦心が隠せない。
外からの音に、既にレイがすぐそこまで近づいているのが分かっているのだろう。
アランは俺の襟元を掴み、ぐいっと引き寄せた。
「君がどう足掻いても、僕は負けない」
「……それはどうだろうな。もう、詰みなんじゃねぇの?」
俺がせせら笑ったその瞬間——
——バンッ!!!
小屋の扉が衝撃音と共に吹き飛んだ。
「……っ!」
眩しい光が差し込む中、黒い影が揺れる。──レイだ。
背中に光を背負ったその姿は俺が愛した騎士そのものだ。
「……手を離せ」
レイの低い声が響く。
静かに、けれど確実に怒りを滲ませたその声に、アランが一瞬だけ動きを止めた。
「……やっと来たか」
短剣を手にしたまま、アランはゆっくりと振り返る。
「ずいぶんと遅かったね、レイ。もう少し遅かったら、君の“鍵”は僕のものになっていたかもしれないよ?」
「その手を、今すぐ離せと言っている」
レイは剣を抜き、構えを取る。
小屋の中には緊迫した空気が張り詰めた。
「ふっ……いいねぇ、その顔」
アランは笑みを浮かべながら、俺の髪を掴んだまま短剣の刃を俺の喉元に当てる。
「さて、どうする?君が無闇に動けば、この刃は躊躇なく君の“鍵”を貫くけど?」
「……卑怯な真似をするな」
レイの声が低く、冷たい。
「卑怯?ふふ、それは勝者が決めることだろう?」
アランが不敵に笑った瞬間——
バシュッ!
空を切るような音がしたと思うと、アランの手から短剣が弾かれた。
それは音を立てて床に転がっている。
「なっ……!?」
アランが驚愕の表情を浮かべる。
俺もその方向を見て、息を呑んだ。
「——間一髪でしたね」
入り口の影から、弓を引いたままの女性が現れた。
その顔は良く見知った──エミリーの顔だ。
弦を引き絞ったまま、鋭い眼差しでアランを睨みつけていた。
「奥様、お待たせいたしました」
「……チッ」
アランが舌打ちし、俺を強く押しのける。
反動で俺の身体が椅子ごと傾き、床に倒れ込んだ。
衝撃が身体に走り、息を飲む。
「カイル!」
レイが駆け寄り、俺の体を支える。
その腕の中で、俺は荒い息を吐いた。
「……遅い……」
「すまない」
レイが静かに囁く。
「……嘘だよ……間に合ったよ、レイ」
その言葉に、俺は力なく笑った。
「……ああ、ギリギリな……」
レイが優しく俺の頬を撫でる。
手際よく俺の身体に巻き付いてる縄を切り裂いて、俺を抱いた。
「大丈夫か?」
「……なんとかな」
俺がそう答えると、レイの目が鋭くアランに向けられた。
「アラン、お前の計画は終わりだ」
アランは肩をすくめ、まだ余裕の表情を浮かべている。
「さて、どうだろうね?」
そう言った次の瞬間——
バシュンッ!
エミリーの矢が今度はアランの足元を射抜いた。
忌々しげに舌打ちしながら、アランがゆっくりと後ずさる。
だが、その視線は床に落ちた短剣へと向けられていた。
(……まずい)
俺がそれに気づいた瞬間、アランの指先が微かに動いた。
このまま短剣を拾われれば——
ガンッ!
——しかし、その機会は与えられなかった。
金属音と共に、短剣が大きく弾かれる。
アランの手よりも速く、レイの鋼鉄のような足がそれを蹴り飛ばしたのだ。
短剣は無情にも床を滑り、部屋の隅へと転がっていく。
「……動くな」
レイの低く冷たい声が、小屋の中に響く。
彼の剣先が、迷いなくアランの喉元へと向けられていた。
アランは睨みつけるようにレイを見上げるが、今度ばかりは何の言い訳も思い浮かばなかったのか、ただ歯を噛みしめて悔しげに口を閉ざす。
これで……終わった……。
張り詰めていた緊張が、一気に解ける。
俺の体から、急激に力が抜けた。
——いや、抜けるどころか。
「……っ」
途端に、全身にのしかかる鈍い倦怠感。
視界がぐらりと揺れる。喉がひどく渇き、息が浅くなった。
「カイル?」
レイの声が聞こえるが、うまく反応できない。
さっきまで気を張っていたから耐えていたのか、それとも……
まずい……な、これ……。
膝が崩れ、身体が前へ倒れるそうになった、その時。
「……無理をするな」
俺の身体が、しっかりとレイの腕に抱き留められる。
その腕の温かさに、どっと安心感が押し寄せた。
「……ごめ……」
「……!奥様!」
言葉が最後まで出る前に、俺の意識は、ゆっくりと失われていく。
でも、不思議と怖くはなかった。
だって、俺はレイの腕の中にいるのだから。