コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
サンジは自分でも女性が好きだということを把握していたし、この果実を買った時も普通に女性に渡す為だと思っていた。だから、二つの実をサンジは熟れた赤色の実を二つ買うと市場を後にした。だが、この時屋台の店主から赤い実が恋愛成就の縁起物で、意中の相手に渡せば恋が叶うという話を聞いて何か別の意味で赤い果実に意識が向いたのだ。
(…って、まあこんなので叶えば人生苦労しねえよなぁ。)
掌に乗った艶やかな赤い果実を見つめながら自嘲気味に笑ってみるが、それはどこか寂し気な微笑みだった。
街から船へと帰る足取りは自然と重く、サンジは懐に忍ばせた二つの果実の重みを感じながら自分の想い人を想った。
(ゾロ……)
どうして、そんな感情が浮かんだのかサンジ自身にもわからない。
ただ、ふと頭に浮かんだのだ。
そして、その感情が何なのかを自覚すると急に気恥ずかしさが込み上げてくる。
(いやいや! そんな筈はねえ!)
そう自分に言い聞かせてみても一度自覚してしまったものは中々消えてくれない。それどころか更に強く意識してしまうものだ。
(ああ~! もう! クソっ!)
態度が悪くて、いつも喧嘩してばかりのあの藻の様な頭の同じ船員の剣士。同い年なのにも関わらず、筋肉量はあっちの方が自身より多くて、あんな奴の何処に惚れる要素が有るのかサンジはわからない。そもそもサンジだって女性の方が好きだし、今まで男に対してこんな感情を抱いた事は一度も無かった。だけど、あの緑髪の剣士を想うと胸が切なくなって苦しくなるのだ。この感情を何というのかサンジには分からないが、その気持ちは抑えきれない程の激しい衝動を伴っていた。
ぐつぐつと煮立った鍋を掻き回しながら、サンジはゾロの事を考えていた。
あの後、街で食材の買い足しを済ませたサンジは船のキッチンで今晩の夕食の準備していたのだった。今日のメニューは市場で買った魚を使った煮つけと、和食に欠かせないお米を炊いて作った炊き込みご飯だ。後は汁物とサラダを用意すると大体の準備を終える。
「…っと、この…買ったやつは…」
昼間に買った果実のふたつあるうちのひとつを手に取りさっと、水で洗う。そのあと、指で丁重に皮を剥いでいけば薄桃色の柔い白桃の様な実が姿を表した。掌に載せてじっくりと眺めてみれば、その実は甘く蕩ける様な香りを発しておりサンジの食欲を駆り立てる。
(こいつは、デザートに出してやるとして…あともう一つは…)
「サンジ~、腹減ったぁ!」
「ああ゛?」
突然背後から掛けられた声に驚いて振り返れば、そこにはこの船の船長であるルフィが居た。
「驚かすなよ! ああ、もうこんな時間か」
「おう!」
キッチンの壁に掛かる時計に目を遣ると時刻は既に夕方を過ぎようとしていた。恐らく、この時間まで誰も呼びに来ないので待ちかねて来たのだろう。
「悪ィなルフィ。もう少しで飯が出来るからこれでも食って待ってろ」
そう言ってサンジは、切ったばかりの実の一部を差し出す。その実は、赤く艶めいていてサンジの目から見てもとても美味しそうだった。ルフィは目を輝かせると差し出された実を受け取って、口の中に入れる。
「うめぇ!なんだこれ」
もぐもぐと咀嚼する様子をサンジが眺めていると、口の中で果肉を潰した瞬間に広がる酸味と甘味の絶妙なバランスにルフィの顔が綻んだ。 その表情を見て満足そうにサンジも笑っていた。
談笑をしあいながら過ごす夕飯の時何かを切り出す様にナミがふと、つぶやいた。
「そういえば今日、珍しくゾロが市場物色してたわね」
「え!?あの、マリモが!?」
「ええ。何か果実とか果物が目に留まったみたいで」
「へえ~」、
ナミの言葉にサンジは心の中で、それは意外だと声を上げた。あの堅物な男が市場で買い物をするなど誰が想像出来ただろう? ましてや食べ物の事なんて興味も無さそうな男だとサンジは思う。
「うっせえな、俺の自由だろ」
白米を口に運ぼうとしながら、ゾロはサンジに返す。耳の縁が赤く染まっていて、サンジは目ざとく発見するとにやにやと口角を上げた。
「おっ、もしかしてマリモ君にも好きな人ってのがいるのかなぁ!?」
「はああ!? てめえと一緒にすんな、クソコック!」
「ほらな、そういう反応するだろ? お前」
サンジのからかいに過剰反応を返すゾロの様子にナミとロビンは微笑ましいものを見る目で笑う。そんなやり取りをルフィはもぐもぐと口を動かしながら見ているのだった。
「でも、いねえわけじゃない」
「え」
そう、静かに告げたゾロの耳はやけに赤かった。