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「ここ?であってるよな…?」
新谷由樹(あらやゆき)は赤レンガが埋め込まれた遊歩道に足を踏み入れると、呆然として辺りを見回した。
そこは、まるで潰れたテーマパークのように、左右にあっただろう建物がほぼすべて解体され、荒れ地と化していた。
『モデルハウス募集中。ご連絡は時庭(ときにわ)展示場事務局まで』
立てられた看板の上に、妙に大きなカラスが留まっている。
「と、とりあえず行ってみよう」
続く遊歩道の50メートルほど先に、取り残されたように一棟のモデルハウスがある。
高級料亭のような日本庭園。小さな滝。
岩と岩の間から、水が朝日を浴びてキラキラと輝きながら滴り落ちている。
「すげ。これ、どうなってんだろ」
思わず呟きながら覗き込む。
「てか、コレ、家より庭のほうが目立ってるんじゃ…」
その無駄に豪華な庭を見渡しながら思わず笑うと、
「誰だ。てめーは」
低い声が聞こえた。後ろを振り返る。しかし誰もいない。
―――幻聴?
「こんな朝っぱらから散歩か?」
由樹はもう一回360度くるりと見回す。
やはり誰もいない。
「ここは、職員と、“家を買うつもりの客”以外立ち入り禁止だ」
声と共に快晴の青空から、雨が降ってきた。
「え、嘘!」
思わず見上げると、純和風のモデルハウスの二階の窓から、覗く影があった。
枠に引っ掛けられた和風のフラワーボックス。
その奥から男がこちらを見下ろしていた。
(え…………)
アッシュグレーのサラサラの髪の毛が風に揺れる。
切れ長の目。
馬鹿にしたように片方だけつり上がった口元。
(あ、やばい。超タイ………)
心の中で思わず呟こうとした自分をグーパンで殴る。
「おいおい」
男は呆れたように目を細める。
「春だからなあ。頭の温かい奴が湧いたんだな」
由樹は気を取り直すと、その人物に向かってビシッと爪先を揃えた。
「おはようございます!今日からこの時庭展示場でお世話になる新谷由樹と言います!よろしくお願いしま……うっ………」
大きく開いた口に、じょうろから垂らされた水が入る。
「バーカ。それなら、あっちだろ」
男は鼻で笑いながら、じょうろの先で、遥か道の向こう側を指さした。
「ありがとうございます!セゾンエスペースはあちらですね!」
由樹は背負っているリュックのショルダーストラップを軽く引っ張ると、わけのわからない男にお辞儀をした。
「メーカーは違いますが、これから同じ展示場で働く仲間として、宜しくお願いします!」
言うと、踵を返し、男が示した方向に向けて走り出した。
✿✿✿✿✿
中学生のような真っ黒の髪の毛と、登山にでも行きそうな巨大なリュックを左右に揺らしながら、走っていく、やけに童顔な青年の後ろ姿を見ながら、男は窓枠に頬杖を突いた。
隣に並んだ巨漢の男に吐き捨てるように言う。
「おい、喜べ。素敵な仲間ができたぞ」
「営業すかね」
「さあ」
言いながらその運動神経の悪そうな足音が遠ざかっていくのを聞く。
「ああいう“定規で引いたような奴”って続かねえんだよな」
「はは、マネージャーは冷たいなぁ」
「当たり前だろ」
言いながら窓の外にじょうろの底に残った水を払う。
「雛でもヒヨッコでも関係ねえ。ライバルはライバルだ。さっさと潰しておかねえとな」
「辛辣~。そんなことしたら可哀そうですよ。せっかくセゾンエスペースに入社してくれたのに」
「……は?」
思わず手から落としたブリキのじょうろが、磨き上げたフローリングでバウンドする。
「ああ!!展示場に傷がつく!!」
巨漢とは思えない敏速な動きで男がそれを拾い、フローリングに太い指を撫でつける。
「……あいつ、“セゾンエスペース”って言った?」
「ええ、はっきり」
「あちゃー」
セゾンエスペース時庭展示場の若きマネージャー、篠崎岬(しのざき みさき)は頭を掻いてため息をついた。