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「それで?これのどこがただの捻挫だって?」
偶然、体育館脇で会った諏訪は、右京の腫れあがり、シップと包帯とサポーターで固定された膝を見下ろした。
「もともとは軽い捻挫だったんだけど、階段から落ちたことで悪化しちまって」
右京は笑いながら、ベンチに座りホットドッグを頬張った。
「それはいいけど会長さあ、本当に後で金返せよ。保険証もなかったから、今日の診察代、万超えてるんだからな…?」
蜂谷が隣に座りながら睨む。
「わってるよ。いくら?」
「本当は3千円のとこ、実費で1万1千」
蜂谷が言うと、右京は指を鳴らした。
「じゃあ、明日保険証を見せて、8千円返してもらってくるよ!それで3千円お前に返せばいいんだろ?」
「ああ。―――んん?おかしいぞ!おい!てめえ!騙すな!」
右京は蜂谷の顔を見て、ケラケラと楽しそうに笑った。
諏訪は二人を見てため息をついた。
―――こいつら、いつの間にこんなに仲良くなったんだ……?
悪名高い蜂谷が、本当の意味で右京に慕っているとは思えない。
性格も全く違うし、問題児とお目付け役という立場も違う。
どちらかというと煙たい存在であるはずの右京となぜこんなに親しげに話してるんだ……?
何かを企んでいるとしか思えない。
しかし、行方不明になった右京をちゃんと見つけて、病院に担ぎ込んでくれたのも事実……。
ーーーもう少し、様子を見てもいいのだろうか。
「わかった!明日から毎日50円ずつ返すよ!」
「………お前、馬鹿にすんなよ。卒業までに返し終わらねえだろうが!」
笑うチンピラの格好をした右京と、睨むカフェ店員の格好をした蜂谷を見下ろす。
「…………」
急に黙り込んだ諏訪を右京が見上げる。
「どーした?諏訪」
「―――あ、いや。何でもない」
諏訪は言うと、プラカードを肩に担いだ。
「じゃ、俺、教室に戻るから。お前らも適当にな」
「あ、諏訪……!」
右京が立ち上がった。
「―――永月は?何してる?」
「なんで?」
右京は頭を掻いた。
「あ、いや。午後、一緒に回ろうって言ってたのに、結果的に約束破っちまったなって」
「…………」
座ったままの蜂谷を見下ろす。
彼は正面を見ながら、小さく息をついただけだった。
「わかんないけど、お前が無事だったって言ったら、安心して教室から出ていったみたいだけど?」
言うと、
「そっか」
右京は目を逸らした。
「ーーー」
反対に蜂谷は何か言いたげに視線を上げる。
―――なんだ?この反応……。
違和感は覚えたものの、2人ともそれ以上何も言おうとしないので、諏訪は踵を返し、体育館を出た。
蜂谷に、永月―――。
「少し、探ってみるか……」
スピーカーからは大音量で軽快な音楽が流れ出した。
『さて!!今年もやってまいりました!!宮丘学園高校名物の、巨大迷路―!!』
その声に、右京は食べていたフランクフルトの櫛を歯で上下に振りながら、スピーカーを見上げた。
『今回もグラウンドには運動部の有志で作った、巨大な迷路が完成しましたーーー!』
右京は立ち上がり体育館の出入口を振り返った。
「おお。本当に迷路がある…!」
蜂谷も仕方なく脇に並ぶ。
『ゴールした先着50人には宮丘学園文化祭の記念メダルを授与します』
「マジか!欲しい!」
右京が拳を握り、蜂谷がうんざりしながら、
「マジかよ…」
と呟いた。
『今年もいろんな仕掛けとトラップを仕込んでいます!挑む方はどうぞ心してスタートしてくださいっ!』
「よっし!俺、行ってくる!」
右京が柄シャツを腕まくりする。
「―――待てよ」
蜂谷はそのキラキラした横顔を見下ろした。
「ーーお前が素直になれないなら、俺が素直になれるようにしてやろうか…?」
「―――は?」
右京がきょとんとこちらを見上げる。
「お前がメダル取ったら。お前の言うこと何でも一つ、聞いてやる」
右京は軽く息を吸い込むと、大きな目で蜂谷を見つめた。
「でも俺が取ったら。俺の言うこと、何でも一つ聞けよ?」
なぜか彼は「聞いてやる」よりも「聞けよ」の方に目を輝かせた。
―――嘘がつけないやつ。
蜂谷は笑いをこらえながら、彼を見下ろした。
「ーー言ったな。約束、忘れんなよ!」
右京は言いながらグランドに走り出した。
「……だから走るなっつの」
蜂谷は呆れて、“喧嘩上等”と書かれた金色の刺繍が光っている背中に続いた。
途中、幾多のトラップのせいで足止めは食ったものの、右京は無事、6個目のスタンプをもらうと、ゴールに急いだ。
スタートゲート同様、色とりどりの風船がついたゴールゲートを走り抜けると、迷路の運営スタッフから拍手が起こった。
「さすが会長~!!」
「てか右京先輩、すごい格好…!」
笑いながらチアリーダー部の女子たちが、右京にメダルをかけてくれた。
「楽勝だぜっ!―――んん?!」
そのメダルを見て右京は目を見開いた。
金色の折り紙で作ったそれの裏には、はっきりと「参加賞」と書かれていた。
「これって―――」
「ごめんなさい、会長」
チアリーダー部が白くて細い手を合わせる。
「実はもう、記念メダルは先着50人でなくなっちゃって」
「―――え、俺、何番だった?」
ゲームが始まってからすごい勢いでスタンプラリーを駆け抜けた自信があった右京はきょとんと運営メンバーを見上げた。
「52番です」
ソフトボール部の女子が申し訳なさそうに言う。
「俺の前に51人もいたぁ?」
右京は口を開けた。
「実は、右京先輩が駆け抜けてくれたのはルート2だったんですけど、入り口からすぐ右手に行くルート1の人が先ほど大量にゴールして……」
運営スタッフは顔を見合わせた。
「なにそれ、卑怯………」
右京はゴールゲートそばに座っている赤い頭を見つけ、
「げ」
と呟いた。
笑いながらヒラヒラと手を振っている彼に仕方なく寄っていく。
「なんだよ。ずりーぞ。ルート1の方が簡単だったんだろ?」
「みたいだな。おかげで、ほら」
胸に下げたきらきらと光る記念メダルに太陽の光を反射させて右京の顔に当ててくる。
「止めろ!角膜炎になるだろうがっ!」
「あらまあ。そりゃ大変」
蜂谷は笑いながら言った。
「まあ、なんにしろ、勝負は―――」
光の中で蜂谷が微笑む。
「俺の勝ちだな?」
言いながら立ち上がる。
「……………」
右京は蜂谷を見上げた。
とそのとき、
「右京!!」
振り返るとそこには、永月が立っていた。
「階段から落ちたんだって?いつ落ちたの?俺、気づかなくて!」
言いながら永月はこちらに駆け寄ってきた。
「体は平気?」
右京は心配しているようにしか見えない永月を見上げた。
「あ、ああ」
「膝は?怪我、もっとひどくなったんじゃない?」
永月はしゃがみこみ、包帯とサポーターで固定されている右京の脚を覗き込んだ。
「……ちょっと触るよ?」
「――え」
言いながら躊躇なく短パンの中に手を入れ、外腿の付け根と膝裏を触る。
熱い手に、ゾクッと全身に鳥肌が立つ。
「痛い?」
「いや……」
首を振ると、今度は永月は内腿に指を這わせた。
「―――っ!」
股の付け根を押されて息が漏れる。
よろけた身体を永月が腕を回してグッと腰を抱き寄せた。
「折れてはないみたいだけど。これ、ちゃんとお医者さんに診せたんだよね?」
永月は他意の感じられない瞳で覗き込んでくる。
「あ、ああ……」
「レントゲンも撮ってもらった?」
「うん」
「じゃあ、よかった」
体中の息を抜くように、永月が脱力する。
「でも無理しないでね。これ以上悪化して炎症すると、本当におかしくなっちゃうから」
「わかったよ…」
「必要であれば、俺、送り迎えするし」
言いながら後ろから腕を抱えてくる。
「―――いやいや!」
右京が慌てて首を振る。
「朝練も夜練もあるだろうが!」
「いいよ、2週間くらいどうってこと―――」
言いかけた永月の腕は静かに外された。
「――悪いけど」
永月は後ろからずっと睨んでいた蜂谷に視線を移した。
蜂谷は右京を引き寄せると、一歩前に出て永月に対して軽く顎を突き出した。
「こいつ、今日から俺のもんだから」
「何?」
「おい!?」
2人同時に口を開くと、蜂谷は右京を振り向きながら見下ろした。
「俺と付き合え。右京賢吾」
「はぁ!?」
「何でも言うこと聞く約束だろ?」
「…………」
右京は口の端を吊り上げ歪んだ笑顔を向ける蜂谷と、困惑した目で右京と蜂谷を見比べる永月を交互に見て、一歩後退った。
『ええ~、巨大迷路に参戦してくださっている皆さんに残念なお知らせがあります。ええと、予定より早くゴール到達人数が50人に達してしまったため、記念メダルは無くなりました。代わりと言っては何ですが、参加賞の手作りメダルと、どこでも流せる、水に溶けるティッシュをお配りしています。まだ迷路内にいる方は、ぜひゴールを目指して頑張ってください』
運営の声が遠くで聞こえる。
右京はやけに大きく感じる2人を見上げながら、イエスともノーとも言えないまま、そこに立ち尽くしていた。