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「右京」
「ああ?」
「文化祭、盛り上がったな」
「あー、な」
「……お前、閉会宣言の後、後輩たちに囲まれて写真の行列出来て、大変だったらしいな」
「あー」
「夜までかかったんだって?」
「まあな」
「……足、良いのか。包帯とって」
「あー」
「そういえばさ」
「ああ?」
「もうすぐミスター宮丘コンテストだな」
「ああ。――――はあ?」
その言葉に、窓枠に頬杖をついていた右京はやっと振り返った。
「なんそれ?」
「お前……どんどん言葉が崩れてきてねえか?」
諏訪は目を細めながらため息をついた。
「ミスター宮丘コンテスト、通称ミヤコン。
もともとは来年度の生徒募集ポスターの男子生徒を、生徒たちに選ばせようっていう企画だったんだけど、やっぱり画映えするようにイケメンを選ぶようになってさ。それがいつの間にかイケメンコンテストになったってわけ」
「へえ。そんなの、その年の生徒会長とかでいいのにな」
右京はまた視線を窓の外に移した。
「―――じゃあ、お前じゃん」
諏訪が言うと、
「―――ああ!俺か!」
右京は目を見開いて振り返った。
「お前さ、最近、自分が生徒会長だって忘れてないか?」
「そ、そんなことねえよ!」
言いながら窓を閉めると、右京はネクタイをクイッと直した。
「忘れてるよ。文化祭の閉会宣言、チンピラの格好のままやったり、それに―――」
諏訪が指を右京の額に寄せる。
「学校一の問題児と付き合い始めたり、な」
パチンとデコピンされる。
反射的に額を抑えながら、右京は歯を剥いた。
「付き合ってねえわ!!」
「本当かよ?」
「あったり前だろ!俺は男だぞ!!」
「いやそこ?今さら?」
諏訪はますます呆れて、窓脇の長机に軽く腰を掛けた。
「話では公共の面前で堂々と告られたって聞いたけど?」
「告白なんかじゃねえわっ!あんなん、脅迫だ、脅迫!」
右京は顔を真っ赤にして言った。
「じゃあオッケーしてねぇの?」
「オッケーも何も!本気じゃねーよ、あいつだって」
「へえ」
諏訪は鼻で笑った。
「あれから腑抜けみたいになって、そうやって空見てたそがれて。そんなんじゃまたすぐに変なのに付け狙われるぞ」
「――――」
右京は諏訪を見上げた。
「お前、気づいてたの?」
「―――気づくって。階段から落ちたならもっといろんなとこ怪我してるはずだろ。それに普段ならまだしも、学園祭中だぞ。誰にも見つけられずに蹲ってるなんてこと、あるはずないだろうが」
「――――」
言いながら肩を回している。
「それに、お前を背負ってた蜂谷、頬に傷あったし。右手もなんか怪我してたし。一戦交えたんだろうなって思って」
「―――気づかなかった……」
「あとは、あいつの顔?」
諏訪は窓の外を睨みながら言った。
「必死な顔してた」
「――――」
「だから別に任せてもいいかって思って―――」
諏訪は視線をこちらに戻すと、長机に手をついて身を反らした。
「言うほど悪くねーんじゃないの?あいつ。俺は嫌いだけどな」
「……馬鹿言うなよ」
右京は鼻で笑おうとしたがうまくできなかった。
「少なくともーーー」
諏訪は廊下の方を振り返りながら言った。
「あいつよりは何倍もいいと思うけど」
「―――?」
その視線につられて、右京も振り返る。
「―――右京、ちょっといいかな…」
そこにはボールバッグを持った永月が立っていた。
◆◆◆◆◆
「話って何?」
右京はまたミナコちゃんたちが出てくるんじゃないかと、キョロキョロ警戒しながら、永月と共に体育館裏までやってきた。
梅雨の晴れ間が湿気と混ざって、半袖から出た腕に纏わりついてくる。
体育館裏は月一のクリーン作戦のかいもなく、雑草が生い茂り、熱気に青臭さを加えていた。
「――この間、あいつが言ってたこと、本当?」
口を開いた永月に、
「あいつ?」
視線をまだ周りに走らせながら右京が聞く。
「蜂谷だよ。付き合うの?」
周りの気配に神経を集中させたまま、右京は視線だけ永月に戻した。
「付き合うわけないだろ」
「――――」
右京の言葉に、永月はふっと肩を落とした。
「そっか。よかった……!」
永月は言いながら下がってきたボールバックを肩にずり上げた。
「俺の告白を断ったとしても、あいつと付き合うのは納得いかなかったから」
「…………」
その言葉に右京はやっと神経を永月に戻した。
「いつお前が俺に告白したって?」
「えー」
永月は目を細めて笑った。
「したでしょ。告白…。忘れちゃったの?」
「―――だってお前……」
「だって―――?」
こちらをまっすぐ見下ろす永月に右京は大きく息をついた。
そして一つ小さく頷くと、彼を見上げ口を開いた。
「言わないつもりだったけど。俺、全部わかってんだよ。あのミナコちゃんたちに俺を襲わせたの、お前だろ?」
「…………」
生暖かい風が通り抜ける。
永月はピクリと眉頭を痙攣させた。
「ごめん。何を言ってるか、わかんない。ミナコちゃんって?決起式の?」
「じゃなくて―――」
右京は永月の瞳を見つめた。とても演技には見えない。
―――え、こいつ。本当にぴんときてないのか?
「だって……あの手紙……」
「手紙?右京宛の黒い封筒の?」
永月はますます眉間に皺を寄せながら首を傾げる。
「あの手紙の字、さ」
「うん」
永月が頷く。
「『秘密』の必の字さ」
「うん?」
首を傾げる。
「間違って……た……」
なんだか自信が無くなって言うと、永月は今度は首を傾けて右京を見つめた。
「ーーーえ。ヒント、それだけ?」
「―――――」
右京が答えられないでいると、彼は顎に手を添えて考え始めた。
「ヒツって必?」
言いながら宙に書く。
「そう。それ」
宙に書いたそれも、はっきりと跳ねた指に自信を取り戻しつつ、右京は頷いた。
「あの手紙、一瞬しか見えなかったんだけど、必の字、間違ってた?」
「あ、ああ……」
「だから俺を疑ったの?」
「――――」
静かに頷くと、永月はカクンと頭を落とした。
「あのね。俺があの字を間違って覚えてたってことは、春に散々馬鹿にされたから、みんな知ってる。
サッカー部はもちろん、応援に来てくれた生徒のほとんどが知ってる。だからそれ以降は間違えないように気を付けているんだ」
言いながら永月は二角目の“はらい”を大げさに払って見せた。
―――間違えないように、気を付けている?
「つまり」
永月が一歩右京に寄る。
「誰かが、俺の仕業に見せかけようとして、わざと間違えたってことじゃない?」
「――――」
右京は目を見開いた。
その可能性は考えていなかった。
自分が何か、永月の癪に障るようなことをしたのかと。
嫌われるようなことをしたのかと。
それだけを考えていた。
永月が犯人ではなく、それを誰かに永月のせいに見えるように細工されているなどーーー、
「想像もしなかった―――」
右京が言うと、永月は悲しそうに目を細めた。
「ショックだな…。せっかく仲良くしてもらってると思ってたのに」
「あ、えっと!その、ごめん…!」
「まず俺に聞いてくれればよかったのに」
永月が額を手で擦る。
「ごめん。その、聞くのが怖くて……!」
ーーーそうだ。聞くのが恐ろしくて。
その現実を直視する勇気がなくて、聞けなかった。
でも、蜂谷が賛同してくれたから、
だから現実を見る勇気が―――。
―――ん?待てよ。
蜂谷はどうして、永月がやったと思ったんだ?
手紙を見たのは、俺と永月の2人だけだったはずなのに………。
「もう俺、立ち直れそうにない」
額を擦っていた手が、目に移動する。
「お、おい……!」
思わず駆け寄り、目を覆っている手を外す。
「―――ごめんな?」
永月は、わずかに涙がにじんだ目で右京を睨んだ。
「許さない」
「――――」
逆にぐいと手を引かれる。
「許さないよ」
腰に手を回され、ギュッと抱きしめられる。
「右京が俺と付き合うって言ってくれない限り、許さない……」
「ちょ……ここ、外だぞ……!」
右京はその厚い胸板を押し返した。
「誰か来たらどうするんだ…?」
「いいよ。俺は別に」
「――――っ」
背中から腕を回され、その大きな手で頭を包まれる。
「金髪も意外と似合ってたけど……」
永月の顔が至近距離に迫る。
「やっぱり、黒髪の方がいいね…」
「――――っ!!」
唇が触れる直前でーーー
「せんせー。ここに不純行為をしている生徒がいまーす」
聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
2人で同時に見上げると、ギャラリーの階段の踊り場の窓から、蜂谷がこちらをニヤニヤ笑いながら見下ろしていた。
「―――蜂谷……」
「…………」
見上げる右京から体を離すと、永月は右京の耳に口を寄せた。
「あいつには近づかない方がいい」
「―――なんで?」
右京が永月を見つめると、彼は初めて右京を睨んだ。
「教えてあげる。今夜、あいつのことを全部。俺の家はわかるよね。夜10時、2階の窓から入ってきて。下屋があるから簡単に登れる」
それだけ言うと永月はもう一度振り返って蜂谷を睨み上げると、右京の肩に手を置いてグラウンドへと歩いて行った。
「………あ、部長きたー!」
「どこ行ってたんすか、もー」
ユニフォームを着ている部員たちが途端に笑顔になる。
あんなに後輩に慕われている彼を―――。
なぜ自分は漢字ひとつで疑ってしまったのだろう。
他にも間違って覚えている人間はいるかもしれないし、永月が言うように誰かが彼を陥れようとしているかもしれないのにーーー。
そう。
誰かが……。
「よっと」
蜂谷が軽く声を発しながら2メートル以上の高さがある窓から飛び降りた。
「…………」
目の前に着地すると、蜂谷は右京を見下ろした。
◆◆◆◆◆
「二人きりで話してるの初めて見たけど。お前、永月の前では借りてきた猫みたいになんのな」
「うっせえな…!ちょす(からかう)な、てめえは」
右京が謎の言葉を発しながら睨み上げてくる。
「それで?ちゃんと言ったのか?ミナコちゃん事件、お前が黒幕だろって」
「―――それは……」
途端に弱気な顔になった右京は視線を逸らした。
「―――?なんだよ?」
覗き込むと、
「あ……いや」
右京は生い茂った雑草を撫でるように目を泳がせた。
「もう、なんかよく……わかんねぐて……」
「は?なんだそれ」
蜂谷は呆れながら体を反らせると、乾いた笑い声を漏らした。
「てか会長、なんで山形弁出るの?」
「あれ―――」
右京は口を塞いだ。
「出てた?」
「出てたよ。自覚ねえのか?」
「―――普段はキレたときにしか出ないんだけどな」
ますます呆れる。
「じゃあ、永月に出せよ。あんな仕打ち受けたくせに」
―――マジでイライラする。こいつ何なの。
蜂谷は右京の手首を掴んだ。
「今日、これから暇?」
「は?」
「なんか予定は?」
「いやいや、普通に生徒会だし」
「文化祭も終わったのに?」
「こ、今度はイケメンコンテストなんだよっ!!」
「――クソほどにどうでもいいな、それ」
なぜか切れ気味で言う右京に笑いながら、蜂谷は手を離した。
「夜は?」
「いや、今日は無理だって……」
「じゃあ、明日は?生徒会」
「ない、けど……」
「じゃあ空けとけよ。デートしようぜ」
サラッと発したその単語に、右京は目を見開いた。
「お、お前……!」
「なんだよ、付き合ってんだから当然だろ?」
からかうつもりはないのだが、右京の七変化する顔が楽しくてついニヤついてしまう。
「付き合ってなんか……!」
「俺は」
ぐいと今度は二の腕を掴んで顔を寄せる。
「こんなところじゃできないことを、お前にするつもりだから」
「―――っ!!」
ビクンと中心から右京の細い体が脈打つ。
―――わかりやすい奴。
「会長はどうやらおねだりがド下手らしいから。しょうがないから最後までヤッてやるよ」
「―――誰がそんなこと頼んだよ…!」
右京は精いっぱいの虚勢を張りながら睨む。だがその顔は真っ赤だ。
「忠告はしたからな」
蜂谷は目を細めて笑った。
「セックスしている最中に攻撃してくんのは無しだぞ」
「…………っ」
その直接的な単語に身体が直ちに反応する。
「俺に任せたら、最高に気持ちよくしてやるからさ」
蜂谷は確かに手ごたえがある反応を確かめるように熱い頬に触れた。
たちまち顔が沸騰したように真っ赤になっていく。
もういいや。こいつ、さっさとヤッちゃった方がいい気がしてきた。
じゃないとあいつ……。
蜂谷はグラウンドでアップをし始めた永月を睨んだ。
またなんか……企んでるような―――。