その頃、連れ去られてしまった恵那はというと、男たちが集まる場所として使っている倉庫のような場所に置かれたパイプ椅子に座らされ、後ろ手に縛られて数人の男と共に閉じ込められていた。
「……こんな事して、良いと思ってるの? 忍くんをあんな目に遭わせて……貴方たち、本当に最低ね」
リーダー格の男はBLACK CROSS同様、人に迷惑ばかりかける不良グループ集団【蛟龍】の一人、蘇我 肇。リーダーではないものの上から気に入られている事もあって、好き勝手やっているうちの一人。
蘇我は斗和と小学校の同級生で、二人は昔から馬が合わなかった。
中学は蘇我が別の市へ引っ越した事で別になり、会う事も無いまま月日が経っていたものの約ひと月程前、隣町で偶然再会した際に蘇我から絡んで来た事で喧嘩に発展。
その時斗和に負けた事が余程悔しかったのか、斗和の弱味を握る為に彼を徹底的に調べ上げ、アイドルの恵那と仲が良い事を知ると恵那を攫って復讐しようと彼女を監視して機会を窺っていたのだ。
「何とでも言えよ。つーか、お前アイドルのくせに可愛げねぇな。テレビで観た事あるけど、テレビとは全然違ぇ……裏表の激しい女だな」
「何も知らないくせに、知ったような事言わないで!」
テレビとは違う、アイドルのくせに……などという言葉を、恵那はとにかく嫌っていた。
どんな相手を前にしても怯まない、それが恵那の強さではあるけれど、それゆえ時に危険が伴うのも事実。
「クソ生意気な女だな。ちっと痛い目見せた方が大人しくなるかぁ?」
あまりに強気で怯まない恵那を相手にするのが面白く無かった蘇我は、少しだけ口角を上げると不気味な笑みを浮かべながら恵那の身体を吟味するよう見つめ始めた。
「な、何よ……」
そんな蘇我の視線に嫌な予感を覚えた恵那の身体はゾクリと震え出す。
「……やだ、来ないで……っ」
一歩、また一歩と距離を縮め出した蘇我を前にした恵那がそう叫んだ次の瞬間、ガラリと扉が開く音と共に見張りの男が無言で中へ入って来た。
「何だ? 呼んでねぇのに勝手に入って来んなよ。きちんと見張っとけ」
突然入って来た男相手に怪訝そうな表情を浮かべながら声を掛ける蘇我だが、何故か男は何も答えない。
それを蘇我や周りに居た他の仲間の男や恵那も不思議に思っていると、突然その男が崩れ落ちるようにその場に倒れたかと思えばその背後から、
「蘇我、随分忍の事を可愛がってくれたみてぇだな? それに関係のねぇ恵那まで巻き込みやがって……絶対許せねぇ。覚悟しろよ?」
いつになく怒りを露わにした斗和が姿を見せた。
「……斗和!」
斗和の姿を目にした恵那の瞳からは、うっすら涙が溢れ出ていた。それは恐らく、助けに来てくれたという安心感からだろう。
そんな恵那を見た斗和は、縛られているもののひとまず何もされていない事に安堵する。
「お前、本当に一人で来たのかよ? 頭悪ぃなぁ。一人で来たからって、こっちは俺一人だけが相手するんじゃねぇんだぜ?」
「別に構わねぇよ。それに、俺が一人で来たのは別にお前が一人で来いって言ったからじゃねぇよ」
「何だと?」
「お前らみたいな卑怯者を相手にするのは、俺一人で十分だと思ったから、一人で来たんだよ」
斗和のその挑発的な台詞に苛立った蘇我は、
「舐めた口利いてんじゃねぇぞ? おい、お前ら! やっちまえ!」
恵那のすぐ横を陣取ったまま、下っ端の男たちに斗和へ向かうよう指示を出した。
自分の方は何人もいるし、流石に手こずるだろうと高を括っていた蘇我だけど、相手が弱いのか斗和が強過ぎるのか、五人以上いた男たちはあっという間にやられ、重なるように地面へ倒れ込んでいた。
「……っクソ……。おい、こっちに来いっ!」
「きゃっ!」
斗和が他の男たちを相手にしている間に拘束を解いていた恵那の手を強引に引っ張った蘇我は彼女の身体を自身の方へ引き寄せると、ズボンのポケットからナイフを取り出して刃を斗和へ向けると、
「おい、江橋。この女に傷を付けられたくなかったら今すぐその場に膝をつけ!」
「…………」
「聞こえねぇのか? 言う通りにしねぇとマジでこの女の顔に傷付けるぞ!?」
自分の言葉に従わない斗和に更なる怒りを覚えた蘇我は、脅しではないと斗和に向けていた刃を恵那の頬に突き付けた。
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