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「――ッ」
頬に突き付けられたナイフの刃の冷たさと、蘇我が本気である事を悟った恵那の身体は硬直する。
その光景を見た斗和は忌々しげに蘇我を睨み付けるも言われた通りその場にしゃがんで膝をつく。
「ほら、望み通りにしたぜ?」
「次にどうすればいいか、分かってんだろ? 女を助けたけりゃ、俺に許しを乞えよ。そしてこの前の事を誠心誠意謝罪しろ!」
どうやら蘇我は斗和に土下座を要求しているらしい。
「――斗和っ! そんなの――」
それに気付いた恵那が声を上げようとするも、
「恵那、お前は黙ってろ。すぐ助けてやるから、もう少しだけ待ってろ」
そう彼女の言葉を制して、
「――俺が悪かった、恵那は関係ねぇんだ。これ以上巻き込むのだけは、止めてくれ。とりあえず、解放してやって欲しい」
蘇我に向かって土下座をしながら恵那を解放するよう願い出た。
そんな斗和を前にした蘇我は嬉しそうに笑みを浮かべると、恵那の身体を乱暴に自身から引き離す。
勢い良く離された恵那はバランスを崩してその場を倒れ込み、斗和の方へ視線を向けると、
「お前こそ相当頭悪ぃよな? 俺が簡単にやられる訳ねぇだろーが」
蹴りを入れようとしていた蘇我の足を掴みながら、不敵な笑みを浮かべた斗和が挑発的な態度でそう口にした。
「江橋! テメェ!」
「お前が頭悪くて助かったぜ」
斗和が掴んでいた足を離すと、蘇我はそのままバランスを崩してその場に倒れ、手にしていたナイフも一緒に地面に落ちた。
それに気付いた斗和はナイフを蘇我から遠ざけるよう蹴飛ばし、
「形勢逆転……だな?」
起き上がろうとしていた蘇我の腕を捻り上げて馬乗りになると勝ち誇り、笑みを浮かべていた。
そしてその直後、『斗和さん!!』と名前を叫ぶ忍を筆頭に、プリュ・フォールのメンバーたちが続々と倉庫の中へなだれ込んで来た事で、蘇我は負けを認めて項垂れた。
「恵那」
「……斗和……」
押さえつけていた蘇我をメンバーの一人に任せた斗和は、地面に座り込んで呆然としていた恵那の元へ向かい、声を掛けながらしゃがみ込む。
「悪かったな、巻き込んじまって」
「ううん。大丈夫。それに、斗和が悪い訳じゃないでしょ?」
「いや、俺のせいだって。しかも、怪我までさせちまったな……」
ナイフを突き付けられた時に出来たのだろう。血は出ていないものの恵那の頬にはうっすら切り傷が出来ている。
それに気付いた斗和は申し訳なさそうに表情を沈ませながら、その傷に触れた。
「――ッ」
「痛むか?」
「う、ううん……大丈夫……」
傷に触れられた恵那がピクリと身体を震わせたのは、傷が痛むからでは無い。
突然触れられて驚いたのと、斗和の指先が触れた瞬間、気恥しいような何とも言えない感覚が身体を駆け巡ったから。
「とりあえず、ここから出るぞ。立てるか?」
斗和は立ち上がり手を差し伸べながら立てるかと問い掛けるも、恵那は首を横に振る。
「……ごめん、何か、腰が抜けちゃって……立てない……」
これまでに経験した事の無かった恐怖に晒されて疲弊した事と、助かったという安堵から全身の力が抜けてしまい動けなくなっていた恵那に斗和は、
「仕方ねぇなぁ、暴れるなよ?」
言いながら彼女の身体を軽々と抱き上げた。
「え!? ちょっ!! 斗和!?」
「何だよ?」
「何だよじゃないよ……お、重いから降ろして!」
予想もしていなかった斗和の行動に驚きを隠せない恵那は慌てふためきながら降ろしてと懇願するも、
「こんなの全然重くねぇよ。寧ろ軽過ぎ。もっと食え。つーか立てねぇんだから大人しく運ばれとけって」
あっさり却下され、お姫様抱っこの形で運ばれて行く。
「恵那さん! 斗和さん!」
するとそこへ、顔が少し腫れ、傷や青アザが痛々しく見える忍が駆け寄って来た。
「忍くん!」
「恵那さん、斗和さん、ホントすいませんでした!」
「そんなっ! 忍くんは悪くないよ? 謝らないで」
「そうだ、寧ろお前は良くやってくれたよ。サンキューな、忍」
申し訳なさそうに平謝りする彼とは対照的に気にしないでという恵那や良くやったと褒める斗和に、忍は涙ぐんだままで頭を上げた。
「そんな……俺なんて全然……俺がもっと強ければこうして恵那さんが危険に晒される事なんて無かったのに……」
「忍くん……私は大丈夫だよ? それにあの時、必死に守ろうとしてくれた忍くんは凄く格好良かったよ。そんなに怪我して……痛くない?」
「こんなの、全然平気っすよ」
「守ってくれて、ありがとう忍くん」
抱き抱えている恵那が忍を褒めている光景を間近で見ていた斗和の心は、再びザワつく。
恵那の事も忍の事も大切で二人が無事で良かった、そう思っているのに、互いに心配し合い、恵那が忍を心配したり褒める度、モヤモヤした黒い渦のようなモノが斗和の心を支配する。
そんなドス黒い感情に抗えなくてここ暫く恵那と忍から距離を置いていた斗和だけど、その結果二人を危険な目に遭わせてしまい人知れず後悔していた。