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そんな約束をした私たちだったが、互いに年末の繁忙期に入ってしまった。おかげで、会えるタイミングそのものが合わなくなっていた。
宗輔が担当した契約の書類は、彼に同行していた大宮から回されてきていた。そのため、会社でも宗輔の姿を見ていない。それを私は内心寂しく思っていたが、彼との短い電話や簡単なメッセージのやり取りで、その気持ちを紛らわせていた。そして、休みになったら会おう――彼のそんな言葉を楽しみにしながら、その忙しい時期をなんとか乗り切った。
ようやく仕事が落ち着いたのは、クリスマスもだいぶ過ぎてしまってからのことだった。
明後日からいよいよ冬期休業に入るという日の夕方、会社の前で久美子と戸田と別れて間もなく、バッグの中で携帯が鳴った。もしかしてと思いながら画面を見たら、案の定、宗輔の名前が表示されていた。
私は歩道の端に寄って、急いで電話に出た。
「お仕事、お疲れ様でした」
―― お疲れさま。今、帰り?
「えぇ、バス停に向かっているところ」
―― そうか、気を付けて帰れよ。本当なら今日すぐにも会いたかったのに。納会なんてもののせいで……。
宗輔は父親の仕事も手伝っているが、そちらの方は今日が仕事納めなのだ。
ぶつぶつと不満そうな声の彼に私は言った。
「でも、明日には会えるんでしょ?」
―― あぁ。それなんだけど。あのさ……。
電話の向こう側で、宗輔が言い淀むのが分かった。
「……何かあった?」
会えなくなったとでもいうのだろうか。彼にも色々な用事や付き合いというものがあるだろうから、そういうことなら仕方がないと思う。
「何か急な予定でも入ったの?宗輔さんの用事を優先してね。私なら大丈夫だから」
聞き分けのいい女を演じているつもりはない。ただ、宗輔を困らせたくないと思ってそう言っただけだった。
ところが、電話の向こうからは、拗ねたような声が聞こえてきた。
―― 会いたいと思っているのは、俺だけなのか。
そんな風に言われて嬉しくないはずがない。電話越しの甘い言葉に酔いそうになりながら、私は携帯をきゅっと握りしめて言った。
「そんなことないの、分かってるくせに。会いたいと思ってるに決まってるでしょ」
―― だったら……。明後日、うちに来ないか?
「明後日?特に予定はないけど……」
―― 映画を見に行こう。その後二人で買い物してさ、一緒に夕飯作って食べないか。何を見たいか、何を食べたいか、考えておいて。アパートには二時頃迎えに行くから待っていて。……返事は?
言っていることは普通の内容のはずだ。それなのに彼の言葉はどことなく早口で、その声はいつもよりも固く聞こえる。
はじめのうちはどうしたのかと訝しく思っていたが、私は彼が言う「約束」をじわじわと思い出した。にわかにどきどきと鼓動が打ち出して、それにつられるように声が震える。
「……分かった。待ってるわ」
―― 明後日、楽しみにしている。納会は、ほどほどにつき合ってくる。
「ん、行ってらっしゃい」
―― あぁ、行ってくる。……泊まる準備、してこいよ。
名残を惜しむような間の後、宗輔はそう言い残して電話を切った。
そわそわと落ち着かない気分のまま、私は帰宅した。夕食もそこそこに、その時まではまだまだ時間があるというのに、泊まるのに必要な物を悩みながら揃え始めた。それらをバッグに詰め込む手を途中で止めて、ふと考える。
遅くなってしまったけれど、明日の帰り、宗輔へのクリスマスプレゼントを探しに行こう――。
約束の日。
着いたという連絡を受けて、私は部屋を出た。
アパート脇に止まる彼の車に近づいて行くと、宗輔が降りて来る。彼は私が手にした小さなバッグを見ると、照れくさそうな顔をした。
「準備、してきたんだな」
ぼそっと言われて急に恥ずかしくなり、私は目を逸らした。
「約束、したから」
宗輔は嬉しそうに言う。
「今日は佳奈とゆっくり過ごせるんだな。――さて、行こうか。映画もちょうどいい時間だ」
私は頷いて車の助手席に乗り込んだ。
映画を見た後、スーパーで一緒に食材などを見繕う。それを車に積み、どきどきしている私を助手席に乗せて、宗輔は自分のアパートに向かって車を走らせた。
「ここ?」
車から降りた私は、目の前の建物を見上げた。
これは――アパート、ではない。マンションと呼んだ方がしっくりくるような建物だ。
「ここの一番上の部屋。行こう」
宗輔は私を促しながらエントランスを入っていき、エレベーターのボタンを押した。
到着したエレベーターに乗り込みドアが閉まると、二人きりであることが急にいつも以上に意識された。私は、何か話さなければと追い詰められたような気持ちになる。
「ここ、マンションなのね」
「ま、一応ね」
「こんな立派な所に一人で住んでいるなんて。私の部屋なんか恥ずかしくて見せられないわ」
「ここは賃貸で古いし、立派ってほどでもないと思うけどね。――それより、どうしたんだ。緊張してるのか」
宗輔は落ち着かない様子の私に気がついて、身をかがめて私の顔を覗き込む。
「それはそうよ。だって……」
宗輔は私の額にキスして言った。
「引き返すなら、今のうちだぞ」
「……帰ってほしいのなら帰るけど」
「まさか」
そう言うと宗輔は私の手をぎゅっと握りしめた。
「一緒にいたい」
「えぇ……」
私もまた宗輔の手をぎゅっと握り返す。
それだけが目的なわけではない。けれど、この前の会話を思い出すと体中が熱くなってくる。
私ったら欲求不満なのかしら――。
今からもうそんなことを考えているなんて、宗輔に知られたくない。