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強い西日がグラウンドに差し込む。
校庭には下校する児童がちょっとだけいて、後はサッカーとかバスケとかして遊んでいる児童ばかりだった。
そんな俺が立っているのはグラウンドのど真ん中。
どうやらあの世界から解放される時に立っていた謎空間のグラウンドの場所と全く同じ場所に戻ってきたみたいだ。
放課後の騒がしさが聞こえてきて、俺は深く、本当に深く息を吐き出す。
なんだか、ずっとあの変なところにいたような気がする。
でも、いろいろ勉強になることだった。
俺も初級の妖精を生み出せるようになったし。
俺は雷公童子の遺宝をポケットにしまい込むと、校舎についている時計を見た。
時間は17時40分。
空の景色や周りの状況を見れば、違和感は無い。
「……戻って、これた」
じわじわとその実感が強くなっていく。
そんな俺が振り返ると、少し離れた場所にニーナちゃんと先生が立っていた。
ニーナちゃんは現実に戻ってきたことに対する安心感と、俺に何かを言いたそうな顔をしていた。
……そういえば、雷公童子について何も説明してなかったな。
さらに言うなら先生にも魔法やモンスターを説明できてない。
なんて説明しよう?
基本的に、モンスターも魔法も普通の人にはあまり言いふらすものではないと言われて育ってきた。
しかし、あれだけ派手に色々とやらかした後だと、『実はあれは夢で……』とか言えない。それで白を切れるはずがない。
他の人ってどうやって説明しているんだろうな?
俺は首をかしげる。
世の中、モンスターの被害に巻き込まれる普通の人はそれなりにいるのだが、巻き込まれたその人たちに他の祓魔師がどう説明しているのかというのを実は俺は知らないのだ。
それをやっているのは『後処理』の人たちで、俺たち祓魔師の仕事じゃないのである。
んで、今回の事件は依頼された魔祓いじゃなくて俺が巻き込まれた魔祓いなので、後処理の人たちはいない。いないので、俺が説明しないといけない。
……なんて説明しよう。
せっかくモンスターを祓ったというのに、その後のことで頭を悩ませている俺が二人のところに戻ろうとした瞬間……ふらり、とニーナちゃんが前に倒れた。
「ニーナちゃん!?」
俺が駆け寄ろうとするとよりも先に、ニーナちゃんの隣にいた先生が慌てて彼女の身体を支えた。先生はびっくりした顔で介抱しながら言った。
「大丈夫よ、イツキくん。ニーナちゃんは気絶しているだけ」
「気絶してるだけって……それは、大丈夫なんですか?」
「貧血みたいなものよ。珍しく無いわ。あんな不思議なことがあったから」
よく考えればモンスターを祓ったとは言え、ニーナちゃんは未いまだにモンスターを見れば過呼吸になる。彼女のトラウマは解消されたとは言い難いのだ。
それに、さっきまで色々とニーナちゃんにとっては大きな負荷となる出来事が連続した。
だとすれば、気絶するのも仕方ない。
むしろ、ニーナちゃんはトラウマを前にして頑張った方じゃないのか。
気を失っているニーナちゃんを抱えて先生が立ち上がった。
「ニーナちゃんは先生が保健室に連れていくわ。イツキくんはもう帰っても大丈夫よ」
「……いや、僕もいきます」
「ううん。大丈夫よ。もう18時になるし、家の人が心配してるでしょうから」
「大丈夫です、先生。僕の門限はまだ先ですから」
先生はニーナちゃんを抱きかかえて、立ち上がる。
「だから先生、僕も保健室にいきます。ニーナちゃんを1人には出来ないんで」
「1人? 1人じゃないわ。先生も一緒にいるもの。それに、ニーナちゃんの保護者の人にも電話して」
「先生は仕事とかありますよね? 毎日、忙しそうですし。だから、僕もいきます」
「……そう。じゃあ、一緒に行きましょう」
先生はそう言うとニーナちゃんを抱えて、踵を返した。
その後ろ姿を見ながら息を吐き出す。
違和感。
あの『閉じた世界』で先生と出会ったあの瞬間から、俺は言葉に出来ない違和感を持っている。
だからこれは、その違和感を解消するためにやるのだ。
3人で保健室に向かいながら、俺は『導糸シルベイト』を先生に放った。
それはまるで、海に釣り糸を垂らす釣り人のように。
何事も無ければ、何も無いで良いのだ。
それで済むなら、それで良いのだ。
普通の人にとって『導糸シルベイト』が触れることなんて、何も問題はないはずなのだ。
けれど、俺の先を歩いていた先生は、
「おっと」
振り返ると同時に俺の『導糸シルベイト』を回避した。
だが、回避されても俺の『導糸シルベイト』はまだ生きている。
すばやく引き戻して、先生に向かって追撃の手を伸ばす。
「無駄だ。如月イツキ」
だが、俺の『導糸シルベイトは先生の伸ばした黒・い・『導糸シルベイト』にかき消された。
……なんだ今のッ!?
俺は思わず息を飲む。
魔法を放つ前の『導糸シルベイト』を消すなんて……そんなことが出来るのか!?
見たことのない魔法に衝撃を受けている俺に向かって、先生が淡々と言葉を紡いだ。
「上手くやったと思ったのだが……ふむ? バレるものだな」
先生と同じ声、同じ顔。
だが、全く違う言葉遣いで目の前にいる先生が口を開いた。
……やっぱりか。
俺は思わず内心、舌打ちをする。
最悪なことに俺の感じていた違和感は、正しかったのだ。
「いつ気がついた? 如月イツキ」
俺は知っている。
モンスターの中には人間に取り憑いて、祓魔師たちに見つからないようにしているものがいるということを。
そいつらはずる賢くて、卑怯で、虎視眈々こしたんたんと強くなる機会を伺っているということを。
俺はレンジさんと一緒に、そういうモンスターを祓っているのだから。
そして、先生は正に今そういうモンスターに取・り・憑・か・れ・て・い・る・。
「……気がついたのはさっきだよ、先生。ううん、モンスター」
「モンスターか。“魔”と呼ばれるよりも良い呼び名だな」
モンスターはそういうと、肩をすくめて聞いてきた。
「ちなみにだが、後学のために気がついた理由も聞いていいか」
「大人だからって、先生だからって、あれだけのことがあったのに普通の顔をしてニーナちゃんを保健室に連れていくなんて……普通の人が言えるはずないでしょ」
「頼りになる教師だと思ったんだが」
「普通じゃないんだよ、それ」
「そうか。人間というのは、難しいな」
先生が先生の姿のまま笑う。
その手には、ニーナちゃんを抱えたまま。
「……ニーナちゃんを、離して欲しいんだけど」
「離したら、君は私を祓うだろう」
「うん」
「だから、嫌だね」
しかし、俺はモンスターの返答を待たずして『導糸シルベイト』を練り上げた。
『錬術』の応用で手に入れた魔術の早撃ちクイックショット。
それで先生の中にいるモンスターを引きずり出そうとした瞬間、先生が気絶したままのニーナちゃんの首を掴んだ。
「やめておけ、如月イツキ。私も君と同じで見・え・て・い・る・」
そうしてモンスターが嗤う。
「試してみるか? 私と君のどちらが先に目的を達成できるかを」
……『真眼』持ち!
俺は思わず身構えた。
身構えざるを、得なかった。
その言葉が本当にしろ嘘にしろ、下手に魔法が使えなくなった。
いや、違う。
例え魔法を使っても、あの黒い『導糸シルベイト』に阻はばまれる。
先生に取り憑いているこいつは……俺の知らない魔法の先・を知っているモンスターだ!
「私を保健室に向かわせて背後を狙ってきたのは、幼くても流石は祓魔師と言ったところか。けれど、私が君に何もせずに背後を向けるなど……ありえるはずも無かろう」
そういうと、先生の頬にぎょろりと1つの眼球が生まれた。
その眼球はすーっと動くと、身体中を這い回る。
だが、その瞳孔は俺から絶対に目を離さない。
「まぁこれは誇示デモンストレーションだ。実際はもう少し上手くやっているのだがね」
そういうと、すっと先生の瞳が消えた。
「……いつから、先生の中にいたの」
「最初からだよ」
先生が笑う。
「君がニーナに目をかければ、良い人質になると思ったんだが……間違えてはいなかったな。現に君は私に何・も・で・き・な・い・。私の生み出した『閉じた世界』で雷公童子を生き返らせた時はひやりとしたが……あれも早々に解いて良かった。私が君と真正面からやりあったところで、万に一つも勝ち目は無かろう」
「何が……目的、なの」
「あぁ、目的は3つだよ。1つ目は君の実力をこの目で見ておくこと。2つ目はあのタトゥーの入ったモンスターの魔力を奪・う・こ・と・。そして3つ目は、若い祓魔師の芽を摘むこと」
淡々と言葉を紡いだモンスターは指折りしながら数えた。
「このうち2つ目までは達・成・で・き・た・。私は君には勝てないことも理解できたし、そして『第五階位』の魔力を食べることもできた。あと25体分ほど『第五階位』の魔力を食えば私も晴れて『第六階位』の仲間入りもできるだろう。この娘は、その糧にさせてもらう」
……させるわけねぇだろ。
俺はそう『導糸シルベイト』を構えた瞬間、ふと気がつくことがあった。
だから俺は構えを解いた。
そして、彼・女・に気づかぬようモンスターの意識を俺に向けさせる。
「ねぇ、一つ聞きたいんだ。最初から先生だったんなら、学校の仕事は……アンタがやってたの?」
「……急に何の話だ? 確かに業務は私がやっていたが」
「だとすれば、聞いてなかった? ニーナちゃんの家にはさ、厳しい門限があるんだ」
瞬間、魔力の塊が背後から教師に激突する。
ドンッ!!!
人間が車に跳ねられたみたいな音して、先生の身体からモンスターが飛びでてくる。
その姿は、腐ったスライムみたいな姿をしていた。
その瞬間、俺が早撃ちクイックショットで放った『導糸シルベイト』が教師の手からニーナちゃんを奪い取る。
昔、YouTubeで見たことがある。
巨大な石を川にある石にぶつけることで、魚を気絶させる釣・り・があると。
いつからそこにいたのだろうか。
校舎の中から血相抱えた顔をして出てきたイレーナさんは俺を見ながら静かに聞いた。
「ニーナは、無事ですか」
俺は無言で俺の手元にいるニーナちゃんを見せた。
それに、ほう、とイレーナさんは安堵の息を吐き出してから、先生の身体から飛び出した腐ったスライムに向かって相対する。
……全く、と思う。
全くあんた、ニーナちゃんが好きすぎるだろうと。