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『夢を見ることさ』
ウサギの声が耳を打つ。
その時に俺の中に芽生えた感情は2つ。
1つは、いつの間に俺たちを狙っていたんだろうという不気味さの混じった恐怖。
そして2つ目は、俺たちを狙ってきてくれて良かったという安心だ。
「……イツキっ!」
ニーナちゃんの手が伸びる。
俺の左手に、ニーナちゃんの手の柔らかい感触が届く。
その感触を確かめるよりも先に、俺は『導糸シルベイト』を編む。
編みながら窓の外にいるウサギをしっかりと視界に収める。
『怯えないでくれ、子どもたち』
ゆっくりと上がっていく観覧車に合わせるように、窓の外に張り付くウサギが肩をすくめた。
『私は君たちを助けに来たんだ』
「……助けに?」
『そうだとも。子どもは夢を見るもの。その夢はとても儚く、美しい』
思わず俺が眉をひそめた。
ひそめながらも、手は動かす。
着ぐるみの身体を覆うように『導糸シルベイト』の繭を作ると、『属性変化:火』。
「『焔蚕ホムラマユ』」
次の瞬間、俺の詠唱に合わせて窓の外にいた着ぐるみが炎に包まれた。
『だから、考えたんだ。夢を残す方法を』
ごう、と燃え盛る炎の音がゴンドラの中に響く。
浮かんでいたウサギの着ぐるみは成す術もなく炎の繭に包まれる。
だが、消えない。
モンスターは黒い霧にならないまま、俺たちに向かって手を伸ばす。
『そう驚くようなものじゃない。これは1つの夢なんだ』
「……夢?」
『そうだとも』
話は終わりだと言わんばかりにモンスターはそう言うと、続けた。
『夢はいつか覚める。覚めてしまうのであれば、そこだけ切り取って残せば良い。夢は文化遺産だ。私には保存するべき義務がある』
「……だから、他の子どもたちを連れ去ったのか」
『連れ去った? 人聞きの悪いことを言う』
モンスターが言葉を紡ぐ間に、俺は次の魔法を紡ぎ出す。
『彼らは望んで来てくれたんだ。終わらぬ夢の世界に』
組み合わせるのは『属性変化:風』と『形質変化:刃』。
窓の外にいるから手加減は不要。
俺はモンスターを見据えながら、詠唱。
「『風刃カマイタチ』」
ブン、と空気を切り裂く重たい音がさっきと同じように俺の耳に届くが、ウサギには傷ひとつ入らない。まるでSFとかにある立体映像ホログラムでも見ているみたいに。
『子どもの夢が覚めないように、私もまた覚めないもの』
まるで歌でも歌うかのようにモンスターはそんなことを嘯うそぶくと、
『さぁ、君たちの夢を見せてくれ』
着ぐるみの言葉に合わせて、ウサギが持っていた風船が1つ弾けた。
弾けると同時に溢れ出したのは、黒い黒い霧。
それはまるでモンスターが死んだ時に見せるものに似ているが、モンスターの死体と違って消えること無く俺たちのゴンドラを覆っていく。それが何なのかは分からないが、モンスターが放っている以上、まともなものであるはずがない。
そして俺は黒い霧を見ながら、なぜモンスターがこのタイミングで声をかけてきたのかを理解した。
狭い閉鎖空間。
終わるまで外に出れないという一種の監禁状態。
なるほど。
確かに狙うなら、このタイミングがベストだろう。
だが、俺だってタダでやられるつもりはない。
「ニーナちゃん。ちょっと目を瞑ってて!」
「ちょっと、イツキ!?」
俺は繋がったままのニーナちゃんを手を強く引きよせると同時に、首からかけている『雷公童子の遺宝』に『導糸シルベイト』を走らせる。
全身を身体強化が覆った瞬間に、俺は換気用に空いている窓の隙間から『導糸シルベイト』を伸ばしてゴンドラの鍵を外す。
ガチャ、と音を立ててゴンドラの鍵が開くのが耳に届いた瞬間に、ニーナちゃんが悲鳴を漏らした。
「嘘でしょ!? それは無理よ、イツキ!」
「大丈夫。僕に任せて」
いち早くニーナちゃんが何をするのかに気がついたみたいで、全力で首を横に振るがこれ以外に逃げ出す方法もない。
俺はニーナちゃんを片手で抱き寄せると同時に、ゴンドラから飛・び・降・り・た・。
『待て! 早まるな!!』
着ぐるみの焦る声が届く。
遅れて重力が、俺たちを捕まえて強引に地面に引き寄せる。
ジェットコースターなんて目じゃないくらいの加速度と浮遊感。
当然、そのままであれば地面に叩きつけられるのだろうが、俺は死ぬ気なんてさらさらない。
早撃ちクイックショットの要領で生み出した『導糸シルベイト』を観覧車のフレームに巻きつけて、命綱にすると同時に右手で引き寄せた。
そのまま動き回るフレームに立ってから、静かに上空に浮かぶウサギを見る。
ちなみに左手には抱き寄せたままのニーナちゃんが震えたままだ。
「い、イツキ。大丈夫? 私たちまだ生きてるのよね!?」
「うん、大丈夫だよ。ちゃんと生きてる」
「は、離さないでよ!?」
「離さないよ」
フレームに『導糸シルベイト』を絡めているのが見えている俺と違って、『真眼』を持っていないニーナちゃんからすると、今の俺たちは命綱も付けずに高所に立っている命知らずに見えているだろう。
だからニーナちゃんを安心させるように、ぎゅっと寄せてから俺は構える。
一方で、さっきまで俺たちを見ていたピンクのウサギのモンスターは、静かに肩を落として呟いた。
『あぁ、ひどい。私の夢から逃げるなんて』
「それのどこが夢なの」
俺がそう答えると同時に、黒い霧が消え去る。
消えると同時に、今まで存在していたゴンドラが無・く・な・っ・て・い・た・。
『子どもが子どものまま夢を見れる世界を作りたくて作りたくて。そう思っていたら、作ってもらえたんだ。だから、そこに君たちを誘おうと思ってね』
「……作ってもらった?」
モンスターの言葉に引っかかるものを覚えて、俺は思わず問い返す。
世界、というのがどこまでのものを表すのかは分からないが、俺は似たような魔法を知っている。
去年、ニーナちゃんと学校を探検している時に出会った夜だけの世界。
モンスターが生み出した魔法の使えない世界に閉じ込められた経験があるからこそ分かるが、あれを第三階位のモンスターが生み出せるとは思えない。
だからこそ、作ってもらったという表現に納得が行くところもあるものの……それと同じくらいに疑問もある。
「誰に作ってもらったの」
『《劇団員アクター》』
ピンクのウサギが小さく呟く。
思わず俺の口がぎゅっと強く噛み締められる。
「どこで出会ったの」
『さてね。もう覚えていない。ただ、向こうも子どもに興味があるみたいでね。気になるなら遊園地にでも張っていれば良いんじゃあないか?』
「……そう」
俺は静かに頷いて、パン、と手を叩いた。
「それだけ聞ければ、十分かな」
叩くと同時に、ウサギの右手が風船ごと消えた。
ウサギに対して普通の魔法攻撃が通じないところから、妖精魔法ならどうかと試してみたのだがビンゴ。
『……ッ!? そんな、私は夢なのに』
なんで妖精魔法なら通用したのか分からないが、モンスターの言葉を借りるなら妖精もまた『夢の側』だったということなんじゃないのかな。結構、相性ってものがあるのかも知れない。
そんなことを考えている間にもモンスターの足が消える、頭が消える、そして胴体が消える。そして最後には黒い霧だけが残る。
モンスターを祓い終えた俺は仕事が終わったことに安堵の息を吐き出すと、静かに下を見た。そこには遥か下に地面が見える。
続けて上を見た。
そこには1つのゴンドラを失った観覧車の先っぽがゆっくりと回っている。
……これ、どうしたら良いんだろう?