放課後の教室には、だれもいなかった。
けれど、窓から差し込む夕陽が、沈黙のなかで何かを炙り出すように赤く染めていた。
「……本当に動くのか、山取くん?」
平良真子は机に肘をつきながら、微笑んだ。
その視線の先には、腕を組み、無言で立つ山取 聡の姿があった。
「桐山が、櫻井と“付き合ってる”って確定なら……面白くない」
彼の瞳には、燃えるような執念が宿っていた。
それは決して柔らかくも優しくもない――所有欲に近い執着。
「でもさ、俺、知ってるんだ。桐山が初めて誰かに告白したとき、誰に断られたか」
「……鈴木太郎でしょ? 彼は無関係じゃない?」
「違う。彼は断ったけど――俺は見てた。桐山が、涙をこらえて帰るのを。あの時から、ずっと、俺の中で彼女は“特別”だった」
真子の表情が、少し変わった。
「ふぅん……そういう目で見てたんだ。じゃあ、利用する価値はあるわね」
「利用って……」
「違うの? 自分が“桐山を救うヒーロー”にでもなれるって?」
「俺はただ……あいつの“ごっこ”を壊したい。あんな、ふざけた関係――認められるわけがないだろ」
真子はくすくすと笑いながら立ち上がり、聡の肩に手を置いた。
「だったら、手を貸してあげる。あの子、今きっと不安定だから。少し優しくされれば、すぐに揺らぐ。女の子なんてそんなものよ」
「俺は本気だ」
「そう、本気。――でもそれが一番、残酷なのよね」
__________________________________________________________
その頃。
グラウンドの片隅で、櫻井透真と真理亜はベンチに並んで座っていた。
「……なんか、こうしてると普通のカップルみたいだね」
「いや、普通だろ。俺ら、もう“ごっこ”じゃないんだから」
「……ほんとに、いいの?」
「何が?」
「みんなにバレたし、たぶん学校中に広まってる。きっと、透真くんも噂される」
透真は軽く笑って、真理亜の髪に触れた。
「俺のことを好きな子はいっぱいいる。でも、俺が好きなのはお前だけ。それがわかってれば、それでいい」
その一言に、真理亜の心がまたあたたかくなった。
(本当に……夢みたい。こんな風に、透真くんと向き合える日が来るなんて)
でも、その夢は――
すぐに悪夢に変わっていく。
__________________________________________________________
翌日。
「おい、桐山。ちょっといいか?」
放課後の教室で、山取 聡が真理亜の前に立っていた。
「え……山取くん?」
「……少しだけ、時間くれない?」
彼の声はやさしかった。けれど、その優しさにはどこか計算された匂いがあった。
場所は、学校の裏庭。
生徒がほとんど通らない、古い花壇の前。
「……この前の写真、見たよ。大変だったな」
「う、うん……」
「俺さ。あのとき、見てたんだよ。お前が太郎に振られて帰るとき。涙、こらえててさ――俺、何もできなかった」
「……うん」
「でも、今ならできる」
そう言って、聡はポケットから、真理亜と透真が一緒にいる写真を取り出した。
それは、誰かに撮られたもの。明らかに盗撮。
「これ、誰が……?」
「俺じゃない。でも、誰かがお前の“幸せ”を邪魔しようとしてる。……だから俺が、守るよ」
その言葉のあと、彼はそっと真理亜の手を握った。
「もし辛くなったら、俺のとこに来い。お前が壊れる前に、俺が全部壊してやる」
その手はあたたかいはずなのに、真理亜の背中に冷たいものが走った。
(なんで……? この手を、振り払えない)
__________________________________________________________
【片想いごっこノート】
・6月21日(金)
見かけた回数:3回
目が合った回数:1回
だけど今日、心がザワついた
“本気”は、誰かの嫉妬を呼ぶものだった
「恋って、誰かの幸せを照らすぶん、誰かの闇を深くするのかもしれない」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!