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◆◆◆◆
(……ちょっと、わかんない。え?なんで、俺……)
「そうだ。弁当箱は?」
「あるよ。俺の車に」
「車は?」
「展示場」
「……チッ」
「いいだろ、俺にしか使わないんだから」
「明日の弁当作ってやろうと思ったのに」
(なんで俺は、こんな特等席で、好きな人のイチャラブを見なきゃいけないんだ……)
由樹は後部座席に凭れると、運転席に座る佳織と助手席に座る篠崎に気づかれないようにため息を吐いた。
とポケットに入れていた携帯電話が震える。
『わかった。気を付けてね』
見てみると、千晶からだった。
店にいるうちに、
『篠崎さんの彼女の家に泊めてもらうことになった』
とメールしていたのだ。
千晶は今、何を思っているだろう。
「明日、早く起きてもらうからね。私早出だから」
「へーへー。にしても狭いな、お前の車は」
「文句言うなら買ってくれてもいいのよ?」
「何が欲しいんだよ」
(やっぱり………迎えに来てもらえばよかったかな)
「え、買ってくれるの?」
「そのうちな」
「やった!じゃあ、結婚式前に頼むわね!籍入れちゃったら名義関係がいろいろ面倒だから!」
「……わかったよ」
(……今、何て言った?)
「じゃあ、次の休み、ディーラー行こ!ディーラー!」
「面倒だな。勝手に選んでこいよ、金だけ出してやるから」
「もう。愛がないわね!」
(結婚……。結婚するんだ、篠崎さん)
由樹は誰にも気づかれないように笑った。
(そっか。ならもう言う必要もない。振られる必要もない。これ、あれだ。ジ・エンド。強制終了~)
一瞬、千晶にメールでそう送ろうかと思った。
しかし、千晶のことを思い浮かべると、なんだか泣いてしまいそうで、またそっと携帯電話をポケットに戻した。
(良かったじゃん。無駄な告白する手間も省けて。篠崎さんに気を使わせたりすることもなくて。Win-Winだわ、これ)
顔を上げる。そこには、普段会社では見せない表情で笑う、いつもより幼く見える上司がいた。
「あ、すみません」
シャワーを浴び、頭を拭きながら、客用の布団に正座した由樹に、佳織はミネラルウォーターのペットボトルを手渡した。
「冷蔵庫にあるものだったら、何でも食べてもいいし、飲んでいいから」
言いながら微笑む彼女は、ゾクッとさせる色っぽさがあり、普段女性に何も感じない由樹も少しだけ胸がざわついた。
(まあ、あの篠崎さんの結婚するほどの女性だからな……)
シャワールームからは、お湯が篠崎の身体を、肌を、跳ねる音が聞こえてくる。
その音を聞いていたらまた切なくなって目を伏せた由樹を、佳織は見下ろしたまま立っていた。
「……何か?」
視線に気づき、由樹が見上げると、彼女はふっと笑った。
「………ぶかぶかね」
「え?」
「服」
「……あ」
今まで何も考える余裕はなかったが、借りたTシャツも短パンも、よく考えれば、篠崎の物だ。
途端に顔が熱くなる。
「あらら。りんごちゃんになっちゃった」
佳織が楽しそうにしゃがむ。
上目遣いに見つめられ、由樹は思わず顔を引いた。
(……?なんだろう。この威圧感……)
「ねえ。私、こういう勘、鋭いんだけど」
(………あ。やばい。これ、きっとバレてる。どっちだ?どっちがバレたんだ?ゲイってこと?それとも篠崎さんのことが好きだってこと?)
「新谷君、だっけ?あなたってさ」
(……………「違います!」だ!間髪入れずに「違います!」と否定しろ!!俺!!)
「もしかして………」
(「違います!」「違います!」)
「童貞な――――」
「違います!!」
被せ気味に否定した由樹に、佳織は一回瞬きをした。
由樹はますます赤く染めて彼女の左右の目を交互に見つめた。
(あ。予想と違った……。あ、でも、ま、いっか。童貞ではないし!「違います」し!)
「て…へえ?そう」
佳織の長くきれいな指が、由樹の膝を立てた足の付け根に伸びてくる。
「なら、確かめてみても、いい?」