「いや、それはちょっとおおおお!!」
シャワーを終え脱衣所のドアを開くと、新谷の悲鳴が聞こえてきた。
「いいじゃない。減るもんじゃないんだから!」
続いて佳織の声も聞こえてくる。
「確かめるったって、どう確かめるつもりなんですかあああ!」
新谷の声はもう泣きそうだ。
「私レベルになるとわかんのよ、感触と勃ち方で!」
「う、嘘だあああああ!」
(……あいつ)
篠崎はタオルで髪の毛の水滴を拭きながら客間に入った。
新谷が真っ赤な顔で佳織に押し倒されている。
「こら!!佳織!!」
今まで何万回と発したことのある単語を浴びせた。
「新谷に触んな!嫁入り前の女が!」
言いながら、下手したら新谷よりも背の高い佳織を引きはがす。
「だって、この子、童貞だって認めないんだもん!」
佳織が笑いながら篠崎を見上げる。
「童貞じゃ、ないんですぅ……」
布団に転がりながら枕で顔と身体を隠そうとしている新谷を見て、笑いが込み上げてくる。
「童貞じゃねえよ。こいつお前より何倍も可愛い彼女いんだから!」
「ええ?可愛い彼女?」
驚いた佳織が、また新谷に覆いかぶさらんばかりに顔を突き出す。
「絶対騙されてるわよ、新谷君!女っつうのはみんな狼なんだから、気をつけなきゃだめよ!自分の体は自分で守らないと!」
「お前が言ってんなよ!こら!」
佳織を引っ張り立たせると、新谷の前にでんと座り、シッシと手を振った。
「アホなことしてないで、さっさとシャワー浴びてクソして寝ろ!」
「あら、失礼しちゃうわね!レディに対して!」
「誰がレディだ!痴女だろ、どう見ても!」
佳織は乱れた髪をかきあげると、ふんと鼻を鳴らして腰に手を当てた。
「じゃあ、新谷君、ごゆっくりー」
声を掛けると、まだ枕で顔を覆っている新谷はコクンコクンと頷いた。
ドアが閉まる。
篠崎は、どうやら男だけではなく女にも襲われ体質である部下を見下ろした。
「お前も難儀なヤツだな……」
頭を撫でると、新谷はそっと枕から顔を上げて、潤ませた目でこちらを見上げた。
「……ソレだよ、ソレ。お前も悪いんだぞ」
「何が、ですか」
先ほど叫んだからか、かすれた声で新谷が言う。
「だから。そういうとこだよ………」
言いながら立ち上がると、篠崎は部屋の電気を消した。
「ちょっ!!」
常夜灯の光で照らされた新谷が、目を見開いている。
「なんで、ここで寝るんですか?!」
ほとんど悲鳴に近いような声を出す。
「なんでって。客間はここしかないし、布団一組しかねえんだよ」
「………!!!」
縮こまった身体を見ているとなんだかイラついてきた。
「襲ったりしねーから騒ぐな!」
言いながら敷き布団に新谷を転がす。
(……あ、これ、体勢的にやばいな)
なんだかんだ押し倒す格好になり、暗闇でもわかるほど赤面した部下を見下ろす。
「………!!お、俺に遠慮せず、佳織さんと寝ていいんですよ!?」
「はぁ?」
「俺、一人で寝れますからああああ!何なら、一晩中耳塞いでますからああああ!」
両手で顔を覆っている新谷を見下ろす。
(何言ってんだ、こいつ……)
呆れて身体を離し、横に座る。
「どこの世界に兄妹で寝る30代がいるんだよ」
「…………」
じたばたしていた新谷の動きがピタッと止まる。
「お。電池切れか?」
笑うと、新谷が両手を開き、ムクリと起き上がった。
「妹、さん、ですか?」
「ん?ああ。ってか、なんだと思ったわけ?」
新谷はふっと白目をむき、そのまま後方に倒れた。
「お前って、全体的に漫画っぽいよな」
篠崎は込み上げる笑いをどうにか腹あたりに留めながら倒れた新谷の隣に寝転がった。
「……!!」
意識を取り戻した新谷がまた起き上がる。
「いや、それでも、一緒に寝るのは、ちょっと!」
その肩をぐいと掴み強制的に転がす。
「うっせえなあ。明日の朝、たたき起こされるんだから、黙って寝ろ!枕は譲ってやるから!」
言いながら自分は肘を折って頭を腕に乗せる。
これ以上じたばたと抵抗しないように新谷の胸にもう一つの腕を置くと、なんだか急速に眠気が襲ってきた。
(日曜の激務の後の飲み会だったから、当然か)
重たくなる瞼に抵抗せずに、眠りの世界へ落ちていく。
手から新谷のやけに早い心臓の鼓動を感じる。
(こいつ、脈早すぎじゃねえ?)
重い瞼を開ける。
新谷が眉間に皺を寄せながら力いっぱい目を瞑っていた。
その様が面白くてからかってやろうかと思ったが眠気の方が勝ち、篠崎は再び瞼を閉じると、今度はとても開けられなかった。
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