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「今お前たちが見たのは夢でも幻でもない。かつて行われたラグナロクの場にお前たちの魂を飛ばしたのだ」
王宮の石畳にひざまずいたまま呆然となり、微動だにしない五人のエインフェリア達にヴィーザルが声をかけた。
「言葉を取り繕うつもりはない。我々アース神族は勝利することが出来なかったのだ」
天狼フェンリルを討ちとり、見事父の仇を討ちながらその功を誇ることもなく王は素直に認めた。
「スルトの炎から奇蹟的に生き延びたアース神族は余を含めてたった四人にすぎん。余の弟であるヴァ―リ、それにトールの息子であるモージとマグニ。それ以外は全て滅んだ」
ヴィーザルが遠い目をしながら言った。宇宙規模の戦を戦い、大いなる滅亡を潜り抜け、生き残った神に去来する思いとはどのようなものだろうか。重成達には想像も出来なかった。
「我らは力を合わせ、長い時間をかけて世界を再生させた。ようやく世界が安定したかと思えば、再びスルトめが現れる気配が生じたのだ」
そう語るヴィーザルの両目に憤激の光がある。意志の弱い者なら怖気を振るって逃げ出しただろう。だが重成達は神妙な面持ちでその光に耐え、王の言葉に耳を傾けた。
「お前たちが見た通り、スルトはこの世界を燃やし尽くす為に生まれた最悪の化物と言うしかない。正直に申せば、先のラグナロクではロキとその子であるフェンリルとヨルムンガンドを最大の脅威と見なし、スルトを甘く見てしまった。だが、今度こそは何を置いても奴を討ち取らねばならぬ。再び世界が灰燼に帰すようなことは絶対にあってはならぬのだ」
そこでヴィーザルは言葉を切り、重成達五人のエインフェリアをじっと見つめた。
「余の父であるオーディンもトールももはやいない。来るべき次のラグナロクではエインフェリアが我が軍の主力となるだろう。中でもお前たち五人はその要にならねばならぬ。そのことを肝に銘じて鍛錬に励むがよい」
神王の謁見を終え、王の間より退出した重成達はラグナロクの衝撃が未だ冷めやらず、無言で俯いていた。
特にスルトという炎の巨人の王の姿、異能は選ばれた勇者五人の心胆を寒からしめるに充分すぎる程であった。
神を屠り、星々を焼き尽くすような言語を絶する超絶的な力を持つ宇宙規模の怪物相手に、卑小な存在にすぎない自分たちに何が出来るのだろう。疑問を持たずにはいられなかった。
「臆しましたか?」
ブリュンヒルデがエインフェリア達に問いかけてきた。その表情から察するに、別に重成達を挑発する気も侮る気も無く、純粋に疑問に思い、確認したかっただけだろう。だがローランはそうは受け取らず、
「臆したかだと?この聖騎士ローランを侮辱するのか。許さんぞ」
憤激し、怒声を放った。
「別に強がることはないだろう。あんなとてつもない怪物が相手なんだ。怖がるのが当然じゃないか」
エドワードが言った。彼もローランを揶揄する気は無く、思うところを率直に言っただけだろう。
「怖いだと?怖ければさっさと逃げるがいい。臆病者に用など無いわ」
ローランがエドワードを凄まじい目つきで睨みながら吠えるように言った。
「だがどこに逃げる気だ?我らは既に死して地上を遠く離れた身だぞ。どこにも逃げる場などないだろう。例え敵が勝ち目のない化物相手でも、戦う以外ないではないか」
「ローラン殿の言う通りだ」
ローランの猛々しい激語に重成が静かに応じた。まさにその通りである。自分たちには戦う以外に選択肢が無い。そのことを今さらながら思い知らされた。
「だが、勝ち目のない敵に玉砕するのは私はもう経験済みだ。二度する気はない」
重成は穏やかに、だが静かに気迫を込めてブリュンヒルデに視線を向けた。
「来るべき戦では必ず勝利したい。その為には周到に用意し、策を練るべきだろう。貴方達アース神族はあのスルトという巨人に対して、何か具体的な策はあるのか?」
「いえ、具体的な策などというものはありません」
ブリュンヒルデは率直に言った。将たる者は例え策がなくとも、有るふりをしなければならない。そうしなければ、士気が下がるからである。だがブリュンヒルデはそういったことにまるで無頓着である。それは重成たちを信頼しているからだろうか。それとも単に偽りや演技を嫌う潔癖な気性故だからだろうか。
「ですが、貴方達エインフェリアが持つ潜在的な力は無限に等しいと言っていいでしょう。厳しい鍛錬を積み、神格を高めれば、きっとその刃はスルトにも届き得るはずです。私はそう信じています」
「ご高説だね。流石は戦乙女の中でも最も神格が高いことが自慢のブリュンヒルデ様だけのことはある」
突如、ブリュンヒルデを揶揄する声が響いた。やや低いが女の声である。
見れば、王の間と宴が催される大広間をつなぐ廊下を、エインフェリア達を引き連れた戦乙女が歩いてこちらに向かって歩いて来た。
その戦乙女は鮮やかな赤い衣装を纏っており、その髪も同じ色である。
印象的なのはその初夏の万緑を思わせる緑色の瞳で、活力に満ち溢れていた。
戦乙女には人間的な意味での年齢などは無いのかも知れないが、印象としては十八、九歳ぐらいに見えるブリュンヒルデよりも若干幼く、十六歳ぐらいを思わせる顔立ちである。
ブリュンヒルデに向けられるその視線には激しい敵意が込められていた。
「フロック・・・・」
常に平静なブリュンヒルデの声色に困惑の色がにじみ出ていた。余程苦手な相手らしい。
「ヴィーザル様に直接お声をかけられたからって、調子に乗るんじゃないよ。あたしはあんたなんか絶対に認めないからね」
フロックと呼ばれた戦乙女が激しい剣幕で言った。神の眷属らしからぬ伝法な物言いである。
「フロック。何故貴方はそうまで私を敵視するのです。私が一体何をしたと言うのですか?」
「気に入らないんだよ。神気そのものは私とそう変わらないあんたが、何で常に特別扱いされるんだ?おかしいじゃないか!」
そう叫ぶフロックの言い分は重成にも分からなくはなかった。確かに、彼女が放つ神気はブリュンヒルデに遜色ないと言って良い。
「それは、私が最初に生まれた戦乙女だから・・・・」
「そこなんだよ。私だけじゃない。皆が疑問に思っているのは」
ブリュンヒルデの反論を制し、フロックが声を低めて言った。
「あんたが新しく生まれたというのは嘘なんじゃないか?いや、あんた自身もそう思い込んでいるだけで、本当は違うんじゃないか」
「・・・・何が言いたいのですか?」
「噂があるんだよ。あんたは実は前世で、つまり先のラグナロクで何か罪を犯し、牢獄に閉じ込められていたんじゃないかって。そして今世で記憶を消されてから再生された存在なんじゃないかってね」
そう言われた瞬間、ブリュンヒルデは驚愕の表情を浮かべ、そのまま凍り付いた。重成達はぎょっとして彼女を見つめたが、ほんの数秒で何事もなかったかのように元の平静な表情に戻った。
「何を愚かなことを。私が罪人だったなら、ヴィーザル様が重んじて下さるはずがないでしょう。根拠の無い戯言はお止めなさい」
ブリュンヒルデは自覚が無いのだろうか。先程の様子は明らかにおかしかった。何か洗脳か、精神を操作されている気配があると疑わねばならなかった。
「ふーん。まあ、いいさ」
フロックはにやりとしながら言った。どうやら噂は本当らしいと確信したのだろう。
「なんにせよ、このあたしに指図するような真似は許さないよ。それから、あんた達」
そう言って、重成達を睨み付けた。
「ブリュンヒルデに選ばれたからって、自分たちは他のエインフェリアとは違うだなんて思わないことだね」
「そうはいきません。彼らはエインフェリア達の要となるよう、先程ヴィーザル様より仰せつかったのです」
重成達が口を開く前に、ブリュンヒルデが断固たる口調で言った。
「はん!笑わせるな。そんな奴らより、私が選んだ勇者達の方が強いに決まってるじゃないか」
フロックはそう言って誇らしげな表情で後ろに控えた五人のエインフェリアに視線を送った。