「アァァァアアアアア!!」
魔物の咆哮が響く。
その身体は霧のような不定形から次第に固まり、やがて人の形を取る──いや、取ろうと”もがいて”いるように見えた。
「……こいつ、本当に萌香の旦那なのか?」
サブが警戒しながら剣を構える。
「知らん。」
みりんが吐き捨てるように言った。
「けど、確実に”人”やったことはある。」
「……ッ!」
萌香はその場に立ち尽くしていた。
魔物は、かつての夫の姿を取り戻そうとしているのか──それとも、単に”獲物を欺くため”の擬態なのか?
「萌香。」
みりんが低い声で呼ぶ。
「決めぇや。」
「……え?」
「そいつが旦那やったとして、助けるんか? それとも、”片付ける”んか?」
「……っ!」
萌香は震える唇を噛み締めた。
「私……そんなの……!」
決められるはずがない。
だって、彼は──
「……モカ……」
魔物は、ぎこちなく腕を伸ばした。
まるで萌香に”触れたい”とでも言うように。
「ア……イ……」
「……え?」
「アイ……シ……テ……」
「ッ!!!」
萌香は息を呑んだ。
「……嘘、でしょ……?」
かつて、夫が何度も囁いてくれた言葉。それが、今この場で、こんな形で、こんな存在から聞こえてくるなんて──
「ふざけないで!!!」
萌香の叫びと同時に、彼女の手には一本の短剣が握られていた。
「そんな……そんなの……!」
涙が滲む。
「あなたがそんな風になるはずがない……! 私が知ってるあなたは……!」
叫びながらも、短剣を持つ手が震えている。
「……萌香。」
サブが口を開く。
「今のそいつは、お前の知ってる旦那じゃない。」
「そんなの……わかってる!!」
「だったら──」
「でも……!」
魔物は一歩、また一歩と萌香に近づく。
「……ダン……ナ……」
「やめて!!」
萌香は目を瞑り、短剣を振りかざした。
──ズブッ。
鈍い音が響く。
「……え?」
萌香が恐る恐る目を開けると──
そこには、自分の短剣を胸に受けた魔物が、微かに微笑んでいるように見えた。
「ア……リ……ガ……トウ……」
ボロボロと崩れ、霧となって消えていく魔物。
その最後の言葉を、萌香は震えながら聞いていた。
「……っ……!」
短剣を握る手に、強く力を込める。
──これで良かったの?
答えは、誰にもわからなかった。
ただ、アバロン・オブ・ラグナロクの空だけが、静かに闇を湛えていた。
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