「エルライフィルアル・フォン・アインツベルン。と言ったか?第五次聖杯戦争でアインツベルン家は消滅した…と聞いているが」
片手にワインの入ったグラスを持ちながら、高価なソファに堂々と座っているこの男こそ、魔術協会から派遣された人物。魔術に関してはトップクラスであり、剣術は上から数えた方が早いほどの実力者。しかし、気に入らない者の周りの会社などを全て買収して地位を莫大に下げると言うやり方が汚い最悪な性格の持ち主。
そんな彼が私の元に出向いた理由はただ1つ。この聖杯戦争に参加する為だ。
本来であれば我がアインツベルン家は第五次聖杯戦争終結後に家系が途絶え、歴史から消え去るはずだった。だが、神の悪戯かそれとも天の優しさなのか分からないが私、エルライフィルアル・フォン・アインツベルンは生きている。
そのアインツベルン家の一人である私に使い魔(サーヴァント)召喚時に必要な触媒を提供して貰おうとしている様だ。
「時計塔内の情報は少し遅れているのですね。確かに、第五次聖杯戦争にてアインツベルン家は消滅しました。が、何の因果か再びアインツベルン家の一人である私がこの地に顕現したと言う事です」
「顕現?それはどう言う事だ。まるでポッと出てきたような言い方だな。生身の、ましてや大の大人が自然と湧き出る訳が無いだろう」
眉間に皺を寄せて私に敵意と不安を向ける。無理もない、私ですらその事実に戸惑っている。
「もし私が聖杯と何か関係があって、この聖杯戦争に勝つ為に―――そうですね、”聖杯から生み出された存在”だとしたらどうします?それこそ有り得ない事ですけどね」
「………そうだな。そもそも聖杯と言う情報不定の不純物が存在する時点で何が起きてもおかしくは無い。だがまぁ、その時は誠心誠意を以て貴方を殺しましょう」
「それは、楽しみですね」
グラスに残っていたワインをグイッと飲み干して男はグラスを傾ける。何も入っていない筈のグラスから大量の魔石や硬貨が現れ、それを私に差し出す。
“魔石や硬貨との交換で触媒を寄越せ”と言う事だろう。正直、魔石は沢山持っていた方が戦いには有利である。
「それで、貴方はどのような使い魔を求めているのですか?最後まで忠誠を誓う礼儀正しい使い魔、それとも自分勝手で話を一切聞かないが実力はずば抜けている使い魔、それとも全てを視て失望し過去の自分を殺そうと目論む使い魔、それとも怒り狂いながらも戦士としての誓いは忘れない使い魔、それとも―――」
「私が欲しいのは”ランサー”のサーヴァントだ。聞き分けが良いが、単騎でも戦える程の強さを持つ奴が良い」
少しだけ怒りが籠っている言い方。”御託はいいから早く寄越せ”と言いたいのだろう。お望み通り渡してあげますとも。
「――――――そうですか、後日そちらに使いを向かわせます。それと、帰る際には”ライダー陣営”に気を付けなさい」
腰を上げ、手の中にある魔石を収納箱まで運びつつ私は男に警告を示す。”ライダー陣営”、この聖杯戦争で一番厄介で一番苦戦する相手。出来れば敵対したくないのは山々だが、なんでもそのマスターは正体不明で情報不足。コミュニケーションの取りようが無い。
「ライダー?召喚は今夜の2時だと教えてくれたのは貴方でしょう」
「えぇ、召喚儀式は今夜の2時。しかし、今回の聖杯戦争は第五次聖杯戦争とは違う。全く別物の戦い。故に不完全な部分が多いのです」
「例えば、”ライダー陣営”の様に召喚儀式の時間外での召喚や本来”参加出来ないはずの魔術師の介入”など。様々な欠陥が見つかっているのです」
男は顎に手を当てて困った表情を浮かべる。それもその筈、いざ挑もうとした戦争が欠陥だからけの何が起こるか分からないと知れば動揺してもおかしくない。
少し悩んだ末出した男の答えは、
「―――それでも、私はこの聖杯戦争を勝ち抜いてやろう。いつか貴方をも殺して、聖杯を手にするのはこの私です」
予想通り、何とも読みやすい思考。楽で助かります。
机に置きっぱなしにしていたグラスを再び持ち上げ、男はこの場を後にする。高級専門店で購入したであろう靴の音が広く豪華な客室で反響する。
男に渡した触媒は”ホルマリン漬けにされた蠅”。それは壁に止まっていた蠅を壁を傷つけることなく全て槍で突き落とした人物を召喚するのに必要なモノ。
彼の精神は脆く弱い、それ故に聖杯戦争で速攻脱落するだろう。だから、その前に別の誰かがその地位を奪う。同じ場所から来た、彼が。
「でも、殺すならここから離れた場所でやって欲しいってのが本音。なんたって私の友人に汚いモノを見せる訳には行かないもの」
微かに外から声が聞こえる。命乞いをする様な、相手を呪い殺すかのような声が。
その声は銃声と共に鳴り止む。マスターの資格を持つ人物を殺すことで自らの手に令呪を宿し、マスターになる事も可能である。だが、残虐で最低な行為として魔術協会はそれをルール違反と認定している。
しかし、それは魔術協会が決めた掟(ルール)。
この聖杯戦争の監督役は私、エルライフィルアル・フォン・アインツベルンが率いる組織『ユグドミラ』が執り行う。つまり、此度の聖杯戦争の掟は全て―――
「私が決める権利がありますの」
使い魔召喚儀式の時間、深夜2時。時計の針がピッタリ重なるその前に、詠唱を始める。それは一騎当千、万夫不当の英霊達を呼び出す為の詞。
「―――告げる」
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
触媒として奉られているのは1本の錆だらけの日本刀。身元不明の日本刀の為、どの時代の召喚される英霊が召喚されるか分からない。運試しと行きましょう。
右手の甲に現れている赤色の紋章、令呪が光を灯す。それが意味しているモノは英霊が召喚に”答えている”という事。
魔石を使った赤い魔法陣から白い煙と強い風が舞い上がる。時間は決められていた時間、深夜2時ピッタリ。このまま詠唱の最終段階まで一気に進める。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」
爆発に似た音と同時に部屋全体が煙に包まれる。令呪が自らの居場所を英霊に伝えるかのように光を放ち続けている。そして、現にその光を肉眼で捉えて目の前の人物が私に声を掛ける。
「なんとまぁ、可愛らしい魔術師さん何でしょうか。サーヴァント、セイバー………あれ?セイバーじゃなくてバーサーカーになってる」
「あれまぁ、でも仕方が無い事ですわね……どうかよろしくお願いしますね?」
「マスター」
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