リーアンは叔父との会話を済ますと、早足で国会の裏門にむかった。
立ち並ぶ警備兵たちに会釈し、半開きになっていた鉄製の門を抜ける。
幅の広い道路を渡ると、広大な中央公園に入っていった。
バラやカエデの木立をぬけて、噴水のある広場に着く。
リーアンはひとけのないベンチに腰掛けた。
ハンカチで汗をふき、乱れた息を整える。
噴水からまろやかな水音が響く。
「こんにちは、リーアン殿ですね?」
小柄な男が声をかけてきた。目がぎょろりと光っている。
リーアンは機械的に会釈した。
「君は、内省の?」
「ええ。王宮内省のフロスです。御伝言にまいりました」
「いよいよ、か」
リーアンは目を閉じ、身体を反らせて深呼吸した。
「さあ、その伝言とやらを、聞かせてもらおう」
「目覚められた王子は、ついさきほど診療所にむかいました。まもなく祈りの治療を受けることになるでしょう」
「つまり、これで、王宮に、王と王子、共に不在となる時間が作られた、と」
「そうです」
「なんらかの間違いの可能性は?」
「側近のメリルがスケジュールを打診してきています。間違いはございません。あわせて、これが目標地点の地図です」
「変更はあるのか?」
「私にはわかりません、ご自分でご確認ください」
リーアンが紙を開くと、王宮を真上から描いた地図。
二箇所、強い筆跡でチェックがついていた。
中央王宮の歓迎ホール上。
そして王子の間のある東の塔。
「フロスと言ったね。君は、メリルのことをよく知っているのかい?」
「はい」
迷いのない返事。
それだけで、すべての意味は通じた。
リーアンは、その男の横顔に、一抹のすがすがしさのようなものを感じた。
「君は、このあとは?」
「自害させていただく所存です」
「なに? ここでか? 役割を終えたということか?」
「いずれにしても病は進んでおります」
小男は白いシャツのそでを引き上げ、腕に広がった凹凸の深い紋様をリーアンに見せた。
「おい、これは……」
「汚れた私の、はかない腕にしては、もったいないほどに美しい『花』です」
「腕だけか?」
リーアンの問いに、小男は冷たい笑みを浮かべて首を横に振った。
「すでにほぼ全身に」
「龍人の里に行けばなんとかなるかもしれない」
「私は王宮の者。ほかに行くつもりはございません。母なるプハーヨの流れに身をまかせる自由を、どうかお許しください。事後の疑いに関しては、すべて私の身に。役に立つかわかりませんが、よかったらこれを」
小男は、上着を脱いで、リーアンに渡した。
リーアンは、その仕立てのよい上着を受けとると、木々の先に見えるゆったりとした流れに目をやった。
首都キュビーネの中心を流れる豊かな川、みなが『母なるプヨーハ』と呼ぶ。
「フロス……どうか君に、スーサ神の加護があらんことを」
「お心づかい、痛み入ります」
「君たちの決意、決して無駄にはしない」
「ご成功、心よりお祈りいたしております」
リーアンは青い初夏の空を見上げた。
「それにしても、君の『最期の話し相手』が、私だったとしたら、もうしわけなかったな」
「とんでもございません。スーサリアのよき未来、それだけが、私の心からの願いでございます」
「内省のフロス、君の名は忘れない」
「さて、時間もございません。リーアン様、どうぞお先に。私は、いましばらくここに……」
「ありがとう。スーサリアの未来のために」
「スーサリアの未来のために」
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