「おいおい、これはどういう状況だよ」
部屋の中に踏み込んだ俺が最初に発したのは、そんな間抜けなセリフだった。
薄暗い照明の下、ベッドの上には裸の男女。女は俺の恋人。そして男は、俺の親友。
なるほど、そういうことか。
俺の恋人と俺の親友が、俺の知らないところで、俺の知らない関係を築いていたらしい。
「……あれ?」
と、そんな俺にようやく気づいたのか、二人は慌てて距離を取る。いや、今さら距離を取られても困るのだけれど。
「ち、違うの!」
「違うって、どういう意味だ?」
俺はポケットの中の象牙のナイフを握りしめながら、冷静に尋ねる。
「違うんだってば! これは、その……その場の流れっていうか……」
「流れで浮気するのか、お前は。川か? 急流か?」
「そ、そうじゃなくて……!」
「いや、そうだろ。まさかとは思うが、津波か? いや、滝か? そんなに抗えないレベルの流れだったのか?」
「違うってば!」
「違うなら何だ? 俺の目の前にあるこれは何なんだ? トリックアートか? 角度を変えたら、実は何もなかったりするのか?」
彼女は言葉に詰まり、震えた唇を噛む。
親友の方に目を向けると、彼は布団をたぐり寄せながら、気まずそうに視線を逸らした。
「……悪い」
「悪いって、お前」
俺は乾いた笑いを漏らす。
「悪いのはわかるよ。そりゃそうだ。むしろ、『俺は悪くない』とか言い出したら逆にすごいよ。信念を感じるよ。でも、お前、今まで俺とメシ食いながら、彼女の話とか普通に聞いてたよな?」
「……」
「どんな気持ちだった? 俺が『昨日デート行ってさー』とか言ったとき、お前の中では『※その後、俺とセックスしました』ってテロップ流れてたのか?」
「そ、そんなことは……」
「じゃあ何だ? 友情とは? 信頼とは? お前は、どこに行ったんだ? もしかして、どこかの川に流されてたのか? 急流に?」
親友は何も言わない。ただ、布団を握りしめて俯いている。
俺は、ポケットのナイフを取り出した。
「なあ、お前のこと、ルルーシュって呼んでたよな」
「え……?」
彼女の顔が、引きつる。
「知ってたぜ。お前がベッドの中でこいつをルルーシュって呼んでるの」
「……っ!」
「俺がルルーシュだと思ってたんだけどなぁ」
俺は親友に目を向ける。
「で、お前がルルーシュってことか?」
「待てよ……拓真……」
「待たねぇよ」
ナイフを振り下ろす。あまりにもスムーズに、何の抵抗もなく、刃は親友の胸へと沈み込んだ。
「がっ……!」
男が苦しげに喉を鳴らす。彼女が悲鳴を上げる。俺の手には、赤い液体が滴るナイフ。
「なあ、ルルーシュ」
俺は静かに呟く。
「お前が悪いんだよ」
外では雨が降り続いている。まるで、すべてを洗い流そうとするかのように。