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「一つ問うが、現時点でおぬしと相手の気持ちは同じ位置にあるのか?」

「気持ち?」

「真面目なおぬしのことじゃ、想い人のためなら命を捨てても構わないと考えることじゃろう。じゃが、その相手もすべてを捨てるほどおぬしを想ってくれているのか?」

「そ、れは……」

「違うのであれば、まずやることは相手に深く寄り添い、心を開かせることではないのか?」

「心を……開かせる」

「今、おぬしが不安を抱くのは、そもそも相手に自分の思いが届いていないと自覚しているからじゃ。違うか?」

「あ……」


指摘してやると無風はハッと瞠目した後、辛そうに眉根を顰めた。



「それともう一つ。もし万が一という状況になった時、今のおぬしに相手と自分の命、両方を守りきるだけの力はあるのか?」


愛ゆえの逐電は決して悪手ではない。無風とその相手がこれしか選ぶ道がないと納得したのならば認めてやるつもりでいる。

が、今の無風ではどう奮闘してもどちらか一人を救うのがやっとだ。

仙人が問うように真っ直ぐ見つめると、無風の視線が椿が落花するかのように地へ落ちた。

それが答えだろう。



「返す……言葉もありません……」

「現状が理解できたのであれば、それでよい。力不足を素直に受け入れられるところは、おぬしの美点じゃ」



誉めるが無風の視線は上がらない。



「顔を上げるのじゃ、無風。今のおぬしに落ち込んでる暇などないはずじゃぞ」

「白のお師匠様……?」

「おぬしは自覚した欠点を補うための努力ができる男じゃ。これまでも相性が合わぬと言われた難しい術を、いくつも会得してきたじゃろう? それらに比べれば、想い人のために誠意を尽くすことなぞ朝飯前のはず」



思い悩んで立ち止まるなど無風らしくない。そう語ってやると、無風は何かに気づいたかのように再び顔を上げた。

その表情に、もう憑き物は存在していなかった。



「私が間違っていたんですね。あの方と一緒になるのは無理なのだと最初から決めつけ、失う未来ばかり想像していましたがそうではない。努力によって得られる未来もあるんですね」

「そうじゃ、そうじゃ」


いつもの無風を取り戻したようだ。


「ありがとうございます、白のお師匠様。目が覚めました! 私はこれからも修行を積み、心も身体ももっともっと鍛えます。そしていつか邪君を超えます!」

「ん? 邪君?」


邪君とは、あの邪君か。


「……無風や、それは少々規模が大きすぎではないか?」


邪君は奸物ひしめく邪界の王。この国の誰よりも強くなければ座ることを許されない王座に君臨し続けている絶対王者だ。その王よりも強くなるなど、至難の業なんて簡単な言葉では済ませられないのは無風でも分かっているはず。



「いえ、邪君よりも強くならなければ、有事の際にあの方を守ることなんてできませんから!」

「そ、そうなのか……」



今、無風の頭の中で描かれている緊急事態は一体どんな状況なのだ。



「それと、これまでずっと性や年齢差の壁に怖気づき、尻込んでしまっていましたがもう迷いません。あの方に今以上の愛を伝え、大切にして、必ず心を開いていただきます!」

「ん? んん? 年齢差? 性別?」


無風の育ての主から、無風の恋慕の相手は妙齢の女性だと聞いていたが聞き間違いだったのだろうか。


──何かがおかしい。


ふと、仙人の心の中で警告が鳴った。

長年の人生経験が、今すぐ無風を止めろと怒鳴っている。

だけれど、今いち何と言って止めればいいのか掴み取れない。どうやらこの歳になっても、まだ修行が足りないらしい。


忸怩たる思いに馳せる仙人を余所に、意気揚々とした無風がくるりと背を向ける。



「では善は急げとも言いますし、早速私は蒼翠様の下へ行って参りますね!」


そう言うと、言葉どおり放たれた矢のごとき速さで無風は走り去っていった。


「…………………………へ?」



今、あの弟子はなんと言った。誰の下へ向かうと言った。耳では十二分に聞き取れたはずなのに、なぜか理解が追いつかない。

白龍族の女性を想っているはずの無風が、なぜ主の下へ向かうのか。

答えを求めようと、これまでの無風との会話を思い出す。すると、



「もしや最初から間違えていた……?」


この場合、先入観からの失態というべきか。いや、この誤った情報はもともと蒼翠から得たものなので、諸悪の根源はあの男だ。こちらは悪くない。うん、悪くない。


ともあれ。


それはそれはもう気持ちがいいぐらいスルッと出てきた答えに、仙人は得も言われぬ爽快感のようなものを覚えた。

しかし同時に、懸念と慚愧に堪えない思いが不安定に混ざり合った感覚も覚えたが。

とりあえずこれから先、あの二人がどうなるのかまったく想像ができないが、今言いたい言葉は一つだけ。


「ワシ、余計なことしたかのぉ?」


であった。

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