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蒼翠は寝台の上に座り、枕を抱えながら唇を尖らせた。


「信じられない……なんでだ? どうしてだ?」

「どうして、と言われましても……」


湯浴みを終えたばかりで濡れている蒼翠の髪を丁寧に拭きながら、無風が困り顔を浮かべる。


「ならず者から助けるなんて、これ以上最高な出逢いはないはずなのに、なぜもっと親交を深めてこないんだ?」



蒼翠が不満を撒き散らしているのには、理由があった。

先日訪れた彩李(さいり)の町で隣陽(りんよう)を見つけ、これぞ天の計らいだと喜んで無風を行かせたのに、なんとこの男は用を済ませた途端にさっさと帰ってきてしまったのだ。


しかも、信じられないのはそれだけではない。もしや女性を相手にするのは初めてでうまく会話を繋げられなかったのかもと、あれから何度も理由をつけては彩李に連れていったのにまったく隣陽に会いにいこうとしない。



「お前本当に男か? あんな可愛らしい女性を目の前にして、なぜ興味を示さないんだ」

「確かに可愛らしい方ではありましたが、愛らしさは蒼翠様のほうが上です」

「三十をとうに超えた男に愛らしいはないだろう、愛らしいは……じゃなくて! 話を逸らすな! ……ったく。お前もそろそろ色恋を知ってもいい頃。邪界での相手探しは難しいのだから、せっかくの機会を無駄にするべきではなかったと思うぞ」



邪界で無風に近づく黒龍族の女はいない。たまに無知な少女が無風の美麗な顔に惹かれて思いを寄せることはあるが、大体が親から「あの第八皇子の側仕えなんて!」と大目玉を食らって終わる。

無風には隣陽という運命の相手がいるため邪界でモテようがモテまいが関係ないのだが、本人的には周囲に懇意の女性が一人もいないこの状況は憂いでしかないはず。であるのに焦る様子がまったく見られないなんておかしい。



「私はまだ修行中の身ですので、色事は時期尚早です」



蒼翠の髪を拭き終わった無風が、黄楊櫛と香油を手に取り梳き始める。


「そうか? 別に修行中でも必要な相手なら俺は許すぞ?」



隣陽はとてもよくできた女性だ。早くに親を失い、苦労を重ねながら育ってきたため彼女なら、無風の中にある孤独を誰よりも理解できる。つまり、相手としてこれ以上相応しい存在はいないということ。葵衣だってドラマを見ていた時「彼女にするならこういう子がいいな」と夢見たぐらいなのだから、そんな女性を気にしない理由が分からない。



「無風、もしやお前……」

「……なんでしょう」

「男として自信がないのか?」




相手に不足がないのであれば原因は無風にあると考えた蒼翠が、思いついた問題を口にしてみる。すると、すぐに長過ぎる溜息が背後から聞こえてきた。



「なんだ、その呆れを存分に含んだ溜息は。お前、今、俺のことちょっと頭の中でバカにしただろう?」

「そんなことは絶対にしません。ですが……そうですね、もし私が男としての自信がないと言ったらどうしますか?」

「どうするって……」

「蒼翠様が魅力的な男がどんなものかを教えてくださいますか?」

「男の魅力? うっ……まぁ必要なら師として……可能な範囲でなら……」



頷きながらも葵衣の時の恋愛経験を思い出し、脳裏に一瞬不安が過った。

まずい。自分も彼女がいたのは高校時代の数ヶ月だけだ。


――いや、でもこちとら泣く子も黙る中国ドラマオタクだぞ。魅力的な男ならたくさんテレビで見てきたから心配なんてない。


どんな男性キャラクターが女性キャラクターの心を掴んできたかなんて、少し記憶を辿れば簡単に出てくる。



まず中国ドラマにおける重要な要素といえば顔面偏差値だが、これは無風なら無条件でクリアだ。

中国の俳優陣は、恐ろしいほどに顔がいい。その凄さは、雑誌のグラビアがそのままのクオリティで動いてると勘違いしてしまうぐらいで、いつ見てもため息ばかりでてしまうし、しかもそのクラスの顔面が脇役クラスにも適応されているので画面は常に大輪の花揃いだ。また体型にも恵まれていて、男性俳優なんて身長百八十センチ超えが当然になっているほど。

その中でも大人の無風役を演じた俳優はとくに群を抜いていて、さながら水墨画から出てきたかのような美しく涼しげな様相ともてあますような長い四肢は、四千年に一人の逸材、もしくは中国国宝級のイケメンとまで称されたぐらいだ。


蒼翠役を演じた俳優も中世的で美しいと高い評価を受けていたが、葵衣だった時はずっと、自分にない男らしさを持つ無風のほうに強い憧れを抱いていた。

と、余計なことまで思い出してしまったが、とりあえず容姿に関しては問題はない。性格も、誰よりも誠実で心優しい無風ならばどこに出しても恥ずかしくないから大丈夫。となれば、教えるべきことは。



「お前に必要なのは、押しの強さだな」

「押しの強さ、ですか?」

「いいか、女性というものは一見警戒が強そうに見えるが、実は押しに弱い。見目のよいお前だったら、そっと近づいて耳元で甘い言葉を囁きかけるだけでもかなり効果あるぞ」

「近づいて耳元で甘い言葉を……」

「そうだ。できるか?」

「……こうでしょうか? ――――蒼翠様」



突然背後から耳元で柔らかく囁かれ、蒼翠は「うわぁっ」と驚き双肩を大きく揺らした。

中国ドラマの最終回で殺されないために必要な15のこと

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