〜27日目〜
(長いです。8600文字)
カチコチと時計の針の音が響く。
まふゆが家に来て、とりあえずお茶とお菓子を用意して、それから会話がない。周りに置いてあるものを見て、話題を探す。
「く、クッションとか持って帰る?」
「いらないよ、なんで」
「安眠グッズ?」
「…………いらないよ」
「ちょっと迷ってるじゃない」
「お母さんに何言われるか分からないし」
「確かに」
じゃあもしお母さんが許したなら、持って帰るのかな、なんて。とりあえず私はお茶を口に含む。
「あー、あの黄色い猫のやつはダメだからね。愛莉とお揃いだから」
「だから持って帰らないって」
「ぬ、盗むかも?」
「それが絵名の突拍子もないところ、だよ」
だって、家に呼んだのに会話もない、なんて。誘おうと思い立ったはいいけど、私は結構無計画だった。
そういえば、トランプが机の引き出しのどこかにあったか。
「トランプでもやろっか。探しておくからお気に入りのクッションでも見つけておいて」
「持って帰らないよ」
しかし、私が探すのに時間がかかると思ったのか、立ち上がって色々物色するまふゆ。
私も一段目の引き出しを開けて──
「まふゆ、もう引かないで」
「真剣勝負でしょ」
「私の枚数見る!?」
トランプが見つかったので、二人で真剣衰弱をした。私は四ペアに対してまふゆは数えれないくらい揃えてる。トランプは全部で何枚あったか。引き算をしたほうがペアを数えるのが早い。
結局選ばれたクッションは黄色い猫のやつだった。膝の上に乗せて、ぎゅっと持っている。
「全部取れるけど、取っていい?」
「どーせ、全部取っても負けるし。好きにしなさいよ」
「わかった」
引っかかりもなく、すらすらと揃えられていくトランプ。机の上に置かれたものは全て綺麗に表向きになった。
「また負けた……」
「絵名は何が得意なの?」
「う、うるさいわね!」
スピードでも勝負したが、結果は惨敗。私にハンデと称したオリジナルルールを追加しても勝てなかった。枚数は私のほうが少ないし、重ねて出せるのは私だけだし、ジョーカーは私がもらえるし。なのに勝てない。弓道部で鍛え上げられた筋肉が、素早い動きを作り出しているのだろう、多分。
「絵名」
「何よ」
「……眠い」
「眠いの?」
「少し」
はしゃいだら眠くなる。完全に幼い子供だ。普段から部活、勉強、サークルと忙しそうだし理由はわかる。
「ねえ、絵名。眠い」
「え、寝るってこと?」
「絵名……」
「あー、はいはい」
ここに来てまで、まさか。やっぱり子供。やってることが完全に子供。よくよく考えたら恥ずかしい私達のしてること。
まふゆは私の膝の上にクッションを乗せて、寝転がった。手を突かれたので、手を開いて差し出すとそれを両手で握った。やはり子供だ。
「おやすみ、絵名」
「ん、おやすみ。結局家にまで来て寝ちゃうなんてね」
まふゆは目を閉じた。
頭を撫でる。母性本能、それがくすぐられる気がした。昔より丸くなったように感じるのは、気の所為じゃないんだろう。だって、こんなに可愛い顔して眠っているのだから。
***
風の切れるような強い音。雨の打ち付けられる強い音。私の目を覚ましたのは、そんな酷い自然音の中。
まふゆが寝てしまって、私もスマホを触っていたら眠くなってきて、目を瞑ったのだ。時間を見ると、時刻は午後五時。
窓が閉められる音がして、そちらを向く。まふゆが閉めたのだ。
「起きてたんだ……」
「今さっきだけど。今何時?」
「五時。あ、まふゆ家大丈夫だっけ」
「もう帰ろうと思う」
「ごめん。玄関まで送るよ」
門限が近付いていたのだろう。直ぐに荷物を手短にまとめて、玄関へ。
「風強いね、ごめん」
「寝ちゃったのは私だし仕方ないよ」
廊下に出て歩く。まふゆを見送ろうと先に玄関の扉に近づいた。そんなところで、その扉がガチャリと開く。
「くっそ、雨も風もやべえな。風呂空いてるか?」
「あっ、おかえり彰人」
「は、絵名……んんっ、ああ、こんにちは。朝比奈さん、でしたっけ」
私がいたことで怪訝そうな顔をしていたが、まふゆの存在に気がついた途端、彰人は柔らかな表情になった。猫かぶりめ、と心の中で罵倒しておく。
「外は危ないので、風と雨が収まるまでまだ家にいたほうがいいですよ。段々勢いも強くなってるみたいだし、傘もひっくり返って大変だったので」
「外……」
彰人のその言葉に申し訳無さを感じる。するとリビングからお母さんの声が。
「絵名、台風朝までずっと続くみたいだし、まふゆちゃん泊めていきなさいよ。私から事情を話すから」
「え!? えっと」
「あ、お母さんから沢山メールが来てる。台風大丈夫かって。すごい心配してるみたい。場所も聞かれてるし、もしかしたら迎えに来るかも……」
「まふゆちゃんの家が良ければだけど、泊まっていかない? 危険かもしれないし」
「段々勢いは強くなってるので、なにか飛んでくるかもしれません。気をつけたほうがいいですよ」
突然、彰人はドアを少し開けた。
一気にビューっと吹き込む風、音。玄関の棚に置いてある物は倒れ、開いていた家の扉が音を立てて勢いよく閉まった。空いた隙間から外の様子が見え、強い雨の中外ではゴミ袋らしきものが飛んでいた。
彰人はすぐさまに玄関のドアを閉めた。が、数秒でかなり結構満身創痍だ。
「……やめたほうがいい」
「えっと……お邪魔させてもらうかもしれません」
「ちょ、彰人何してんの!?」
「はあ、しょうがねえだろ、確かめとかなきゃって思って、こうなるとか分かんないだろ!」
「まふゆちゃん、お母さんに連絡して事情を話そうと思うから、携帯貸してもらえるかな?」
「はい。どうぞ」
「彰人は早くお風呂に入っちゃいなさい」
「はーい」
「ねえ、この玄関のやつ誰が直すの?」
「それくらい絵名がやっときなさいよ」
「え〜……彰人が倒したのに」
靴を脱ぐ彰人を蹴りつつ、私は倒れた写真立てを直し、飛んでずれたテーブルクロスの位置も直す。
「絵名がお友達を連れてくるなんて久し振りだから。まふゆちゃんで合ってるのよね?」
「はい。絵名さんとはいつも仲良くして頂いて──」
そんな上辺の会話を遠くから私は聞く。全く、みんなして声色顔色変えるのはやめてほしい。
「つーかよ、なんでこんな天気になるまで気づかなかったんだよ」
「うっさいわね。理由があるのよ」
「理由って?」
「……ね」
「ね?」
「寝てたのよ……!」
「はあ、お前人呼んどいて寝てたのかよ!」
「こっちも事情があるの! ほら早く入ってよ、今日は人一人増えてるんだから!」
「お前が寝てなきゃよかった話じゃねえか!」
うるさいので、早くどこかに行ってほしくて風呂場へと背中を押すと、ゆっくりと彰人は歩き出した。手に濡れた布の感覚、服は色が変わるほどにびしょびしょに濡れている。外の様子が嫌でもわかる。あの最悪の天気の中よく帰って来れたものだ。
リビングに向かうと、まふゆがソファーに座りテレビを見ていた。
「あれ、お母さんは?」
「電話してる。泊まることになりそうだね」
「……うん」
まさか、こんなことになるなんて。
台風が近付いてきていると、ニュースでもやっていたっけ。でも、どうせ学校は休みにならないだろうと、適当に見ていた。休みになろうがなかろうが、サボることに抵抗はないから、休みたいときに休むんだけど。
「ごめんね、こんなことになるなんて」
「別にいいよ。予習とか復習ができないのは、大変だけど」
「うっ……それはほんとにごめん。予習復習か。毎日やっててほんと凄いわね」
「そうなんだ」
「毎日できるって、案外凄いことだから。誇ってもいいんだけどね。それが普通になってるなら尚更」
「……」
「まあ、私がその普通を壊しちゃったけど……。あ、テレビ何か見る?」
「……猫の番組とかってある?」
「え、やってるかな……」
まさかまふゆから見たい番組を提供されると思っていなかった。私も最近はテレビを見てないから、話題提供はありがたいが。猫は……。
「うーん、動物番組ならやってるけど」
「ならそれでいいよ」
「わかった」
二人ソファで並んで、テレビを見る。
ちらりと横目で様子を伺う。動物関連の映像が沢山流れている。しかし、衝撃映像、と言われたものもまふゆの前では無に帰す。何一つとして変化のない表情。興味はなさそうだ。
しかし、猫の映像だけは違った。
「あ」
「何、猫好きなの?」
「絵名に似てるから」
「……えー」
一応ライバルなんだが、そんなに似てるか。
ちょっと前のめりになって映像を見るまふゆ。気のせいだろうか、目は輝いている。あれ、もしかして私猫に負けてる……。
「前から思ってたけど、どの辺が似てるの?」
「あ、今の。棚に登れないところとか」
「太ってる、って言いたいわけ?」
「いや、鈍臭い?」
「はあ!?」
少し首を傾げ考え込むまふゆ。
「難しいな。絵名は鈍臭いわけではないかも」
「そうよね」
「そこら辺の小石に躓いてそうだけど」
「失礼すぎない?」
「クレープのクリームとか付けてそう」
「私をなんだと思ってるの」
「あざとい?」
「あんた、今から家帰りなさいよ!」
風の音や雨の音はさっきよりもかなり強い。ついでに雷も落ちてきている。天気は最悪だ。
「もう泊まるって連絡いれてもらってるし、こんな天気だし無理だね」
「まあね、そうだけどね、確かにね……。結構凄いことになってる、電気とかって大丈夫なのかな」
「心配?」
「そりゃあまあ……」
すると、まふゆは私の手を握ってきた。
「な、何?」
「……わからない。でも、大丈夫だと思うよ?」
「あ、ありがとう……」
まふゆなりの心配の仕方、なんだろうか。本人はその行動に対して気にしてはなさそうだが。普通そんな励まし方、する?
「絵名〜風呂空いたぞ〜」
「はーい。まふゆから入る?」
「あ、絵名、もうご飯だから手洗ってきなさい。洗面所まで案内してあげて。彰人はこれ運んで」
「へーい」
本当だ、カレーのいい匂いがする。
お母さん、人参入れてくるんだよね。人参の味しないとか言うけど、普通に味残ってるから。今日はまふゆにあげよう。
手を洗ってリビングに戻ると、見たくないあいつの顔が見えた。固まる私を他所に、まふゆはお母さんに話しかけられ、携帯を渡されていた。
私は彰人を引っ張って話しかけた。
「ねえ。ちょっと、ちょっと彰人」
「……なんだよ」
「なんだよじゃないわよ。なんであいつがいるのよ」
食卓にいるのは父親。どうして今日に限っているのだろうか。
「絵名の友達の顔が見たいんだってよ」
「はあ、ふざけてるの……?」
「まあ気になったんだよ、許してやれそのくらい」
「そのくらいって……」
「どうかしたの、絵名。何かあった?」
「あ、まふゆ、これは、別に……」
「気にしないでください。……ほら絵名、今日だけは我慢しろよ」
呆れた目で見てくる。確かにまふゆもいる時にわがままは言えないけど、嫌なものは嫌なんだ。
他の人の目もあるから、いい子モードのまふゆ。本当のことを知っているとはいえ、この姿は頼りになりそうだな、と他人行儀のように思った。
「……ああ、なるほどね」
「まふゆ?」
「大丈夫だよ、」
私の手を取って、持ち上げて、両手で包み込むようにして言った。
「私がいるから。ね?」
そして、とびきりの笑顔で。
「あっ、ああうん。そうだね」
「……まあ、良い友達持ったんだな」
「あはは。そんなところ……かも?」
ちょっと安心そうにしながら、照れ笑いする彰人。こっちだって恥ずかしい。席に座ろうと彰人が目をそらし、離れたその瞬間、まふゆは表情を変えた。
「……あんた、何言ってるの?」
「なんだろう、義務感?」
「いい子モードだからあんなこと言ったの? ていうか、まふゆって手を握る癖あるよね。別にいいけどさ」
そして今もまだ離してない。握ったら離さない厄介な癖。
「かもしれない」
「かもしれないじゃなくて、ほら。あるの。ご飯食べよ」
私が歩くと、同時にまふゆも歩き出す。手は無理に離さない限り離れそうに無いので、とりあえず握り返しておいた。
席は隣に。座ったところで手は漸く離れた。そして家族に見つからないよう、まふゆのお皿に人参を乗せて、それなりに会話をした。人参のせいでまふゆの目は怖かった。
***
個人的に地獄のようだった晩御飯が終わった。あいつは居座るだけで何も話さなかったけど、お母さんと彰人とまふゆの会話が凄い嫌だった。あの何考えてるのか分からない猫かぶり空間。
ベッドに腰掛け、まふゆを見上げる。
「お風呂入る?」
「絵名からでいいよ」
「あんたは客でしょ……。先入りなさい」
変に気を遣っちゃって。まあいいんだが。
「あ、そういえばごめんね」
「……何、もう気にしなくていいのに」
「いや、その、ご飯の時のやつ。味分からないのに言わせたみたいで」
まふゆはちょっと驚いたような顔をする。
家族に気を遣ってか、美味しいと感想を言っていたからもやもやした。人参以外は確かに美味しいけれど。
「そんなこと気にしてたの?」
「そりゃちょっとは気にするわよ。事情知ってるんだし」
「大丈夫だよ。美味しい気がしたから」
「味、分かったの?」
「ううん。分からなかったけど、美味しいと思ったよ」
「なにそれ……」
自分の頬が緩んだ。最近のまふゆは可愛げがあるものだ。こんな風に言葉を返してくれるなんて想像もできなかった。
「じゃ、早いところお風呂入っちゃおっか。まふゆすぐ寝ちゃうし〜」
「奏と瑞希に連絡した?」
「なら、ついでに私からまふゆの分も伝えておくよ。まあ台風だから、そもそも活動もなさそうだけど」
「ありがとう。じゃあお風呂借りるね」
「あっ、着替え。まふゆの服どうしよう。それも洗濯したほうがいいよね」
「袋さえ貸してもらえれば持って帰るけど」
「いやいや……」
そういえば、夜は私の服を着ることになるのか。下着、まふゆは私よりも──
「絵名、どうかしたの?」
「いや何でもないけど、スタイルいいよねって話」
身長は近いのに、着る服は結構変わりそう。
***
私もお風呂を入り終え、自室に戻ると本を読んでいたまふゆ。それも教科書。
「げ、あんた正気?」
「ごめん、勝手に読んでた」
「そこじゃなくて、その勉強精神よ」
ちなみに数学。暇な時間があれば勉強って。
「これ、絵名の匂いがするね」
「は!?」
服は持っていたオーバーサイズのパーカーを貸した。あと動きやすいハーフパンツを履かせた。そりゃ私の服だし、匂いくらいはするだろうけど。
「絵名に包まれてるみたい」
「そんな嬉しそうな顔して言わないで」
──嬉しそう?
怪訝な顔をして聞いてきたまふゆだった。なんかそんな感じがしたからつい口走ってしまった。でも普通に嬉しそうな表情をしてたし……。いや普通に恥ずかしい。
それより、首からタオルをかけているまふゆ。髪の毛も乾いてきてはいるが……。
「……髪の毛乾かした?」
「いや、まだ」
「結局まだ乾かしてないの?」
お風呂を上がったばかりのまふゆにドライヤーを使えと言ったが、時間がかかるから少し乾いてからにすると答えられた。しかし、まだ乾かしてないとは。
「うん、読んでたら。結構時間経ってたんだね」
「なら私がやってあげるわよ。ドライヤー持ってきてあげるから、椅子に座ってて。あ、コンセント届きそうなところにしてよ」
「自分でやれるのに……」
そんな言葉は聞こえない。
ドライヤーをかけながら、髪を梳かす。他の人の髪を乾かすのは、何だかんだ初めてな気がする。結ぶのもそうだけど、他の人の髪を触るのはちょっと未知の感覚。
「まふゆ、髪の毛長いよね。洗うの大変そう」
「何か言った?」
「ごめん、まふゆの声小さいから聞こえない!」
ドライヤー中に話すものでもないか。黙って乾かしておこう。
しかし、まふゆは体を捻り、ドライヤーに手を伸ばして電源をオフにした。
「ちょ、急に動かないでよ」
「何か言った?」
「え、ああ、まふゆの髪って長いから洗うの大変そうって。ただそれだけ」
これだけの為に止める必要はなかったのだが。
「それだけ?」
「まふゆが止めてきたんでしょ?」
「聞こえないって言うから、返事が大切なのかと思った」
「ごめんごめん、普通に声が小さくて聞こえなかっただけ」
いつも返事しろ、って言うから気にしたのかな。これは私が悪い。いつもはまふゆが悪い。
「絵名は髪短いよね」
「そう。だから楽だね、すぐ乾くし。まあ結ばないから、朝ちゃんと寝癖とか整えなきゃいけないけど」
「今は編み込みしてないんだね」
「お風呂上がりだしね。まふゆからしたら確かに珍しいか」
「絵名、顔寄せて」
「え?」
「いいから」
私が顔を寄せると、まふゆは手を伸ばしてきて私の髪を撫でた。
「……まふゆ?」
くるくると髪の毛を巻いたり、梳かして広げたり、少し遊んでから掬い上げて、耳にかけた。
「……まあ、いいや」
「何が?」
そう言うと正面を向いたので、これ以上話すことはないようだった。私も私で、そこまで気になることではなかったので、またドライヤーのスイッチをオンにした。
***
それから少し話して、歯も磨いて。結構まふゆと充実した一日を過ごしてしまった。髪の毛を梳かすのは楽しかったし、またやりたいかもしれない。
「で、正気なの」
「嫌なの?」
「いやだって狭いから……ほら」
「私は気にしないけど、絵名は嫌なの?」
「そうじゃなくて。その流石に、」
もう夜の十一時。そのためもう寝ることにした。いつもなら寝る時間じゃないけど、このまま起きていると勉強させられそうになったから。
寝るまではいい。しかしまふゆに一緒に寝ようと提案され、私が床で寝る提案は却下され、一緒に寝ないかと問われている。
「ダブルベッドでもない、このベッドで二人で寝るのは、恥ずかしい、から?」
「二人で寝るのが恥ずかしいの?」
「距離とか近いし?」
「寝るだけだよ?」
「そうですね、寝るだけですね、そうですね!」
そうだ、寝るだけだ。それ以外になんにもない。寝ればいいのだ目を閉じればいいのだ、あくまで寝るだけ、そう、その行為が恥ずかしいわけない。距離が近くたって目を瞑れば何もわからないじゃないか。ああそうだ何も関係ない。
「じゃあ、電気消すからね。ほら、布団入って」
「うん」
私は電気を消す。そして深呼吸してからベッドへ脚をかける。
「……ほ、本当に一緒の布団で寝るの?」
「嫌?」
「別に。そうじゃないって言ってるじゃん……」
私は布団へ潜り込む。いつもより狭いスペース。素足が当たって狭さを実感する。まふゆの足冷たいし。
枕は一つしかないので、まふゆは気に入ったらしい猫のクッションを使っている。
「絵名、手」
「ええ……いいけど」
手を差し出す。それを握る。慣れてきた一連の行動。
「こっちの方が安心するから」
「そう、だよね、なら、うん。いいけど」
幼い。悪夢見て不安になるくらいだし。頑張ってきた反動だったりするのかもだけど……。
「あの……さ。別に、これからいつでも握ってもらっていいから」
「……いつでも?」
「不安な時とか、まあ私が困ることはないからほんとにいつでもいいけど、何も言わず、その、勝手に手を取ってもらっていいから」
「……じゃあ、そうする」
「うん、そうして」
カチコチと時計の針の音が響く。
「……絵名、おやすみ」
「うん。おやすみ」
そう言って、まふゆは目を瞑った。手はしっかり顔の前で握られている。少しだけまふゆの顔を観察する。やっぱり顔がいいなと、再認識。眠ってれば余計なこと言わないのに、とか思ったりする。でも、最近のまふゆにはそんなイメージは薄くて、子供というイメージが強くなってる。私も子供だけど、まふゆの方が幼いんだよね。
「もう、寝た?」
返事はない。寝付きは早そうだし、寝ていても違和感はない。私も目を瞑る。しかしまふゆ並みに早く寝ることはできない。
数分の時が過ぎる。そうして眠って──
いける、はずもなく。寝られない。いやだってこんな状況なのだから簡単に寝られるはずがないだろう。ついまふゆの前ではカッコつけたことを言ってしまったが、あれはただの強がり。まふゆはどうなっているんだ。恥ずかしくならないのか。どうしてこの狭い布団に二人寝て、しかも手を繋いでいるのに何も気にしないんだ。
「……絵名、ありがとう」
──え?
髪を撫でられ、そう言われた。どうしてこんな時に感謝をするのか、お陰で心臓の音はもっと大きくなる。
そうして、私は更に寝られなくなってしまった。