。俺の恋人は、1ヶ月に1度。正確には、満月の来る日に、俺を忘れる。
もっともっと正確に言おうか、満月の昇る日、夜の8時。俺と恋人との、1ヶ月が終わる。だから俺は、月なんて無くなってしまえと。何度思った事だろうか。
でも、11.59の間だけ、俺を思い出してくれるから。
「 ニキ ー、 今日飯どうする ? 」
あと3時間。また1ヶ月が終わってしまう。そして、関係構築が始まる。
飯を、食っている場合ではない。
また、2人で満月を見よう。
「 ちょっと来て 、 ぼびー 。 」
驚いたように目を見開く恋人を、俺は構わず外に連れ出した。もう死にたい。満月を見る度に何度も思った。彼の呪いであると共に、俺の呪いでもあった。最初に彼の記憶がなくなったのは、1年前の満月の日、病んだ俺をぼびーが外に連れ出してくれた日。俺が少し、自販機で飲み物を買っている隙に、ぼびーはどこかに拐われた。必死で、探して、探して。運動不足の足を無理やり動かして、上がる息を抑えながら走り回った。ぼびーがいたのは、路地裏。既に事が終わったのか、裸のぼびーがぐったりと倒れていて、殴られたらしくボロボロ。気絶していても、暗くても。目が腫れるほど泣いたのがよくわかった。ぼびーの後ろからは俺のじゃない誰かの白濁とした物が垂れていた。ぼびーを家に連れ帰る途中、少し目を覚ましたぼびーが言った。
『 月 … 、 綺麗 やね。 』
弱々しく満月を見上げたぼびーは、また眠りに入った。
家で、看病をする。病院に連れていこうか迷ったが、見たところ家でも大丈夫だったので、看病を続けた。
ぼびーが目を覚ましたのは 、2日後。ぼびーの起きて最初の言葉は、
『 … 誰、 … すか 』
ゾクッとした 恐怖に俺は襲われ ―――
「 なぁ 、 なんで無言やねん 」
「 あぁ、ごめんね 。 ちょっと 月 見たくて 。 」
あの日の、あのベンチに座る。ぼびーは、涙を流す俺の隣で無言で綺麗な満月を眺めていた。時折、俺の頭を撫でながら。
そして、ぽつりとつぶいた
『 お前 ん事 、俺 一生 好きや 。 』
思い出しただけで、 泣いてしまいそう。
あと、2時間。また、ぼびーではないぼびーになってしまう。帰ってきて欲しい
俺にするキレキレのツッコミも、少し怖い関西弁の毒舌も。呆れたように眉を下げるあの仕草も。笑う時に口を手で隠すのも。俺の事だけを、一生見てくれると誓ってくれたあの瞳も。似てるようで全部違う。顔も、声も。根本の性格も変わっていない。でも俺は、ぼびーだとは思えない。 ぼびーから、好きを聞いてない。毎日、毎日甘ったるく俺がすりついて、ウザがりながら俺も好きと、返してくれない。やっと、さん付けを外してくれたんだ。ぼびーは人見知りだから、前仲良かった!と言っても疎外感が外れない。
『 あ、 ニキ …さん。 ご飯って どうしたら、 』
なんて。 言われてしまう。 俺の中でぼびーは、愛している恋人だ。でもぼびーからしたら俺は、他人。これほど辛いことがあるだろうか、やっと、…。なんて。毎回言っているような気がする。てか、そもそも、
「 ほんと、 どうしたんよ。 もうすぐ12時やで 、笑 今日は 月が 綺麗 なんやから
せっかくだし見ようや 」
「 あぁ、 確かに 、笑 」
これほど憎らしいものを俺は知らない。
月が、綺麗だ。月明かりと、電灯に照らされるぼびーの方が、綺麗だけど。昔これを言ったら、ぼびーは照れくさそうに頬を赤らめた。
「 俺、 また忘れとった ? 」
「 ぼびー 笑 、 久しぶり 、 」
毎月、1分間。俺の知る、俺を知るぼびーと話せる。毎月毎月、窶れていく俺を見るとぼびーは眉を下げる。まるで、俺に謝罪をするように。 でも、そんなことよりとぼびーは口を開いて、毎回同じことを言う
「 俺は、 本能レベルに、 誰よりも。お前ん事 愛しとる。 死なんでな、 ニキ 。 」
「 俺も 愛してるよ。 」
そう言って、口付けをし合う。 そして、目をつぶって。ぼびーは12時になったら2日間の眠りにつく。次は、どうやって仲良くなろうか。
―――
2日間の間に、俺は。 一日で片付けを、2日目は自傷と睡眠を繰り返す。俺の手首は、傷だらけ。昔、これをやったら。ぼびーに悲しそうに見詰められ、抱き締められた。だからやめてた。でも、もう、いないから。
自由だ、嬉しいな。なんて。思えない。思っていたら俺は自分を殺す。どれだけ死にたくても、お前はまだ俺の世界に存在してるから。 『置いていくなよ』彼の口癖を守って。。
「 … 、? 誰 、 」
「 … 、 ぼびー、 起きた ? 俺、お前の… 」
ここで、恋人、言えたらなにかが変わるのだろうか。分からない。でも困惑して欲しくない。それより、否定して欲しくない。万が一、違います!とでと言われたら俺は死んでしまうだろうから。
「 友達だよ 、笑 」
――――――
「 ぼびー 、 月 、 見に行こうか」
スマホを弄っていたぼびーに話しかける。ちら、っとこっちを見た後にぼびーは断りを入れる
「 今無理ー 。 」
初めて、仲良くなれなかった。否定、暴言。浴びせられる1ヶ月が過ぎ、俺は恋人どころか、家政夫まで成り下がって。
むかしのぼびーなら、料理も作ってくれて、一緒に遊んでくれて、お風呂だって、…
してくれたのに。つき、みれないのか。と少し残念に思った、でも。どうせ忘れられるんだ。11.59前に、はじめて1人で家を出た。
あの公園で、1人。 ベンチで満月を眺めた。
12.30、かな。ぼびーはもう、寝てしまっているんだろう。
――― 11.59。 しろせんせーside
久しぶりに、目を開けた感覚がする。
家の中だ、 インスタを開いている。女とのDMが見える。ニキはどうしたんだろう、いつもなら絶対に隣にいる。周りを見渡しても、誰も居なくて。捨てられた。そんな考えが浮かび、1分の時間で部屋を探す。誰もいない。でも、ちょっと前までニキがいた痕跡がある。出ていってしまったのか、伝えたかったのに。
「 本能レベルで愛しとる。 ずっと 」
疲れた。もうすぐか。 ソファで寝転がる。少し目をつぶっても、強い眠気は来ない。ふと時計を見る。
―――12.13
理解が追いつかない。にきのはなしだと、俺は…。
、 もしかして、克服した 、治ったんじゃないかと。 ぼろぼろと涙が込上げる。ニキと話したい、ニキ似合いたい。抱きつきたい、今までキスしか出来なかった分、俺からしたら数分、でも、確かに感覚は遠い。だから、その分、色んなことをしたい。ふつふつと、喜びと、期待が胸を踊らせる。昔あったプライドなんて、無い。恥ずかしいとか、あんまり湧かない。窶れていくにきをみて、飯を作ってやりたかった。俺のためだろう、部屋はすごく綺麗だ。でも、ニキの部屋を見た。俺との写真が一面に貼ってあり、血だらけ、適当に散らばった服。転がったモンスターとカップ麺。ついたままのパソコンには記憶喪失に関しての記事。毎月の俺の、経過日記
それでも、メイクをする場所だけはとても綺麗で。異臭はしたし、目がチカチカする部屋だった。今すぐ怒って、抱き締めて。ぼろぼろであろう手首を撫でてあげたい。
今の俺が外に出るのは、きっと危ないから。家でニキの帰りを待つ。すると、突然酷い音が鳴った
――― キキ ゛ ー っ、 !
強い車のブレーキ音。
――― どん ゛ ッ 、 ゛
鈍い音。 事故だと、ぱっと思った。これは近い、とても。人手が必要かと、 外に出て見て、音のした方向に向かった。
――― 12.20 ニキ side
そろそろ、寒くなってきた。家に帰るか、1ヶ月に1度のチャンスを無駄にしたところで、また、自傷を繰り返そう。
叱ってくれる人なんて、誰もいないんだから。スタスタと、歩いて。信号が青になったから進む。やけに眩しい。 電灯の光だけにしては、とても。 ぱ、っと左を見る。
車が、お れ に つ っ こ ん で く る 。
ま ぶ し い、 に げ な い と 、
ぼ び ー に 会いた …
――― どん ゛ ッ 、 ゛
。
――― 12.28 しろせんせー side
ニキだ、ニキが頭から血を流して。
分からない。車の運転手は、寝ていたようだ。とても焦っているから、俺は警察と救急に急いで連絡をした。にきにかけよって、俺は必死に声を出した
「 なぁ、! やっと 思い出したんや ぞ ! お い !!! ゛」
ニキは、 ゆっくり目を開けて 俺を みる。
「 … ぼ び … 、 すき ぃ、 …笑 」
苦しそうに笑って、 俺の手を握ってきた。いや、俺の手に手を添えてきた。綺麗な髪が、ぐちゃぐちゃに崩れ。綺麗で、大好きな顔には赤い液体が流れ。愛してる瞳は暗く雲が入って。かっこよかった手は、力が籠っていない。でも、これは返さなきゃ。
「 俺も すき 、 た だいま、 」
「 … 、おせ ー …よ、゛ おか、 ー り。 」
ゆっくり、ゆっくりと手を上げ、俺の頭を撫でる。そしてその手は、俺の俺の頬を辿り、地面に落ちた。
「 愛してる、 愛しとるって、 なぁ、 なぁ ゛! やっと、 やっと 、ぉ、 呪縛から … っ ゛ 、! 」
満月をみあげる。こんなに憎らしいものを、俺は知らなかった。
。―――
ニキは、死んだ。あのまま目を開けることはなく、 パッタリと。ニキの元気な声を聞く夢は叶わなかった。
ニキの元気な声を聞きたい、元気な姿を見たい。また愛してると言って欲しい。抱きしめて欲しい。一緒に暮らしたい、一緒に寝たい。1ヶ月に1度の頃から、ずっと思っていた。やっとそれができると、胸を踊らせていた。叶わぬ夢。とはこの事か。
ならいっそ、俺も消えてしまいたい。
慰謝料だの、保険金だの、何でも良かった。
―――
ニキが死んで、ちょうど1ヶ月。満月が綺麗に輝いている。枯れた涙が、また垂れる。
ニキはこの感覚を1年、過ごしたらしい。
なら、もう休んでよかったんか?いや、まだ、待って欲しかった。俺が、せっかく開放された。そしたらあいつは、逃げるように去っていった。追いかけろ、そういう意味だよな、ニキ。俺わかるよ。
ごめんなぁ、 ニキ。
「 が、 っ ゛ ひゅ、っ ぉ、 ゛ っ、 」
苦しい、苦しい、苦しい。苦しい。
俺の首を太い縄が締め付けてくる。足をバタバタとさせ、汗も、鼻水も涙も。もしかしたら、尿も。全て垂れ流して。俺は天に昇った。 最後にセックスをしたのが、クソみたいな奴らだと言うことが、1番耐えられない。
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コメント
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とんでもなく刺さりました、、、!!!にきしろの不穏系大好きなんです😭😭😭