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「兄さんが悲しんでたよ」
「……何が?」
リタが首を傾げる。本当にわかってないんだ……なんて呆れたような、テセウスに同情するような、そんな笑みをこぼす。
「君とスキンシップが取れないって肩を落としてた。」
可笑しいように笑うニュートにリタは眉を寄せる。
「きっと兄さんは君に触れたいんだろうね。」
笑いの波が過ぎ去ったニュートは眉を下げてリタに問いかける。
「…今まで私たちは触れ合ったことなんて無いわ。」
「うっそ……、」
「本当。キスは愚か、ハグも手を繋ぐことも頭を撫でられる事も無かった。テセウスがそれを求めても私が拒んだのよ。」
ニュートは有り得ないと言った顔でリタを見つめた。
「……ふふ、そんなに可笑しい?」
「そりゃ…勿論、だって、婚約者……でしょ?」
ニュートはあたふたした様子のまま目を泳がせながらリタに聞く。次はリタが笑う番だった。
「あはは!そうね、確かにそうだわ。私たちは婚約者。でもテセウスの心は誰かさんに取られた儘みたい。私には勝てないその愛の大きさに白旗を上げただけよ。」
「誰かさん……?」
「…そのうち分かるわ。」
ニュートはきょとん、と首を傾げる。リタは魔法省の廊下を見つめてはそう零した。
「ニュート!!!!!」
突然の大声に肩を跳ねさせる。リタは ね?なんて笑いかけた。
「…兄さん……大声出すの辞めて…」
「お前が帰ったなんて知らされてなかったからな!あぁ、良かった、お前の顔が見れて良かった……」
テセウスがニュートの頬を挟み鼻先を触れ合わせる。ニュートはきゅっ、と目を瞑りされるがままだ。
「テセウス…辞めて……」
「ニュート、会いたかった。」
「分かったから、」
むず痒くなったニュートはテセウスの胸をグイグイと押し返す。数秒の攻防の後テセウスが離れニュートは眉を寄せたままテセウスから1歩距離を置く。
「リタ、ただいま。」
「……おかえりなさい。」
テセウスが優しい笑みをリタに向けた。その顔を見たニュートはつきり、と胸に刺されるような痛みが走った。訳の分からぬ痛みにさらに1歩後ろに下がる。
「今日は早く終わる、良かったらディナーでもどうだ?」
「…うーん、今日はニュートも帰ってるし…2人で行くのはどう?」
「……リタ…、」
「今日は私が忙しくて。…あ、でもテセウスと話したいことがあるの、少し着いてきて。」
リタが半ば無理矢理テセウスの腕を引いて歩き始める。ニュートはぽかんとしたままその様子を眺める。
「ニュート、少し待っててちょうだい。すぐ終わらせるわ。」
「あ…えっと……分かった……、」
何も分からないまま適当に頷けばリタは満足そうに歩幅を大きくした。テセウスは困惑を滲ませた顔でニュートを睨む。助けろ、と言わんばかりに。ニュートはそんなテセウスに肩を竦めて見せるだけで、したことと言えば愛用のトランクのグリップを持ち直したくらいだった。
「テセウス、」
「何だ?」
「私との婚約を破棄して欲しいの。」
「……は?」
「分かるわ、その…そうなるのも。」
「どうしたんだリタ、何か、何か言われたのか?」
「ううん、違う。ただ、ただ私が……貴方の目線の先が誰かわかっているから…」
「……」
「私を愛してくれたのも分かるの、でも…貴方の目線の先にはいつも私じゃなく彼がいた。彼の方が愛していたし彼も貴方を愛していた。私はそれに勝てそうにないの。だから、だから貴方との婚約を破棄して、今すぐに彼に…ニュートに想いを伝えて来て。」
「ま、待て、それは……!」
「私が引いてあげたのよ、!ニュートを幸せに出来るのは貴方だけなの……。分かってるわよね?」
「……リタ…」
「ほら、早く行きなさいよ、ニュートは気まぐれなんだから、もうここに居ないかも。」
テセウスははっ、と息を飲むと部屋から飛出て魔法省を走って行った。愛しの弟の元へ向かって。
「……お互い素直じゃないのね。」
リタはそんな兄弟を見てはぁ、とため息を着くと走って行く背中を見詰めた。
「……ニュート、」
「あぁ、あれ、?リタは……?」
帰ってきてくれたことに胸を撫で下ろしてしまった自分を誤魔化すようにテセウスの背後に視線をやり、リタの心配をするとテセウスは大股でこちらに近付き、顎を掬った。
「テセ…ウス……?」
「ニュート、僕は……」
「ま、って、待って、テセウス。」
駄目だと思った。彼には婚約者が居て、そして何より僕らは同性、ましてや兄弟である。兄弟がそれ以上を求むなんて良くないことなのだ。
「ニュート、リタとは話を付けてきた。彼女からの頼みでもあるんだ。」
「……」
「さっきの言葉の続き、言ってもいいか?」
「………」
ニュートはだんまりを決め込んだ。それが肯定を意味する沈黙だったのはテセウスには分かっていたのだろう。優しく笑っては顎を掬われていた手を頬に滑らせゆっくりと言葉を紡いだ。
「ニュート、僕は君のことが大好きだ。愛してる。」
聞いてしまった。堤防に罅が入り、その隙間から水が溢れ、耐えられなくなって堤防ごと崩れる…。津波のように押し寄せたテセウスへの想いに視界を歪ませた。
「僕もっ…テセウスが……すき、っ、」
俯いて呼吸を可笑しくしながらそう吐露すればテセウスが可笑しそうに笑った気配がする。そして再び顎を掬われては触れるだけの軽いキスをした後、腰に手を回し抱き寄せられる。ここまでされるがままのニュートはせめてもの仕返しにテセウスの背に腕を回した。
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