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「魔法が使えなくなった?」
俺はアヤちゃんの言葉を繰り返す。
聞いている俺の頭の中は『?』マークで埋まってた。
だって、魔法は技・術・だ。それが急に使えなくなるのは、例えば今まで自転車に乗れてたのに急に乗れなくなったりとか、逆上がりが出来てたのに急にできなくなったりとか……そういうのと一緒だ。
だから、急に使えなくなるなんてありえるのか……と思って俺は聞いたのだが、アヤちゃんは苦々しい顔で頷いた。
「……うん。あのね、そうなの。何をやっても、魔法が使えなくなっちゃったの」
「それって、いつくらいから?」
「先月くらいかな? 気がついたら、急になっちゃったの」
アヤちゃんにそう言われて、俺はちらりとレンジさんを見た。
レンジさんは少しだけ迷ったような目を見せてから、続けた。
「……言うような話でもないかと思って黙ってたんだけど、実はそうなんだ。アヤは魔法が使えなくなったというよりも、糸が練れなくなってるみたいでね」
「『絲術シジュツ』が上手くできないってことですか?」
「どうなんだろうね。実はアヤも2ヶ月前には『絲術シジュツ』が使えるようになってたんだ。だから魔法の練習に移ろうと言ってたし、事実その時に『絲術シジュツ』は使えてたんだよ」
レンジさんの言葉に俺は相槌を返した。
俺は忘れがちになるが他の祓魔師たちは6歳時点でまだ『絲術シジュツ』の練習をしているものだ。アヤちゃんもその例に漏れない。
そして、7歳の七五三を終えてから本格的に魔法の練習を始めるので、アヤちゃんは同学年の祓魔師たちと比べると1年リードしていたということになる。
しかし、そんなアヤちゃんが急に魔法が使えなくなったと。
なんでだ?
「でも、急に『導糸シルベイト』が使えなくなった。色々見てもらったんだけど誰も分からないみたいでね。合宿に来る共鳴の先生に見てもらおうと思ってさ」
「あ、合宿にそういう先生が来るんですか?」
「そうそう。色んな先生が来るんだよ。俺と宗一郎もその中の1人だね。夏合宿はいろんな祓魔師見習いの子が来て、それに持ち回りでいろいろなことを教えるんだ。とはいっても、向こうの先生と日程が被るのは3日くらいかな」
「3日……」
思ったよりも期間短いな。
その間でアヤちゃんの体調を見てもらいながら、俺は俺で『共鳴』を身につけるって相当難易度高い気がするんだけど。
まぁでも、冷静に考えてみれば普通の夏合宿だって1週間とか2週間のような気もするし、3日というのも現実的な数字と言えば数字かも知れない。いや、普通の合宿で2週間は長いか? 経験が無さすぎてよく分からん。
なんて、俺が日程について色々と考えているとレンジさんは肩をすくめた。
「とは言っても、慣例的に十の家の子は参加しないことになってるんだけど」
「え? 何でですか」
「魔力量だよ」
十の家、というのはつまり俺たち家や、アヤちゃんの家のことだ。
睦月、如月、弥生……とにもかくにも、そういう祓魔師の中でも歴史の長い家が十もある。そして、その十の家を統括するのが『神在月かみありづき』家のアカネさんというわけだ。最近会ってないけど、元気しているだろうか。
「十の家は、基本的に祓魔師の中でも優秀な人と結婚して子供を作るから、その子供も優秀になりがちだ。そうして魔力量の多い子供が、普通の子の中に混じったらどうなるか……。言わなくても分かるだろう。“魔”がそれを狙ってくるんだよ」
「ま、待って。レンジさん! 質問!」
「はい、イツキくん」
学校のように指定された俺はちらりと、視線を奥にやった。
俺は桃花さんと談笑している母親。
そして、座った状態でヒナのジャングルジムと化している父親を見る。
レンジさんの話を聞いて、気になるところが2つ出てきた。
「……でも、僕の母さんは『第一階位』だよ?」
まず1つ目がこれだ。
自分の母親を優秀じゃないなんて言いたくはないのだが、現実的に俺の母親は第一階位。言ってしまえば一般人みたいなものだ。
『優れた』祓魔師というのをどうやって評価するのか分からないが、流石に第一階位を優れたとは言えない……と、思う。多分。
しかし、父親の方は第五階位だ。
優秀な祓魔師が優秀な祓魔師と結婚するのであれば、うちの両親はおかしいだろうと思ってレンジさんに聞いてみたら、レンジさんは笑い出した。
「宗一郎は例外だよ。あいつは同世代の誰よりも強くて、誰よりも結果を残した祓魔師だ。楓さんはそんな宗一郎が結婚したいと言った相手だよ? 誰かが文句はつけれるはずもないんだ」
「そうなんだ……」
あれか。
ナンバーワン営業マンが、ド遅刻しても会社の飲み会とかで大暴れしても、結果が出てるから上司が何も言えなくなるやつか。前世の中小企業の社長からそういう愚痴を結構聞いたぞ。
というわけで出てきた疑問の1つは解決した。
でも、もう1つ疑問が残っている。
「だとしても、合宿に僕とアヤちゃんは参加しても大丈夫なの?」
ヒナはそもそも血が繋がってないという話をよそに置いておいても第二階位。とても平均的な階位だ。多分、合宿に参加しても問題ないだろう。
でも、アヤちゃんは第三階位。俺にいたっては第七階位である。
魔力量が多い場所にモンスターが来るのであれば、アヤちゃんはともかく俺が行くのはマズい気がするんだけど。
「うん、問題ない。アヤは体調を見てもらうってのもあるんだけど……そもそもアヤの魔力はいま身体の外に出てこないんだ」
「……え?」
出てこないって、魔力は何もしないと勝手に身体の外に出るものなんじゃないの……?
むしろ、魔力が身体の外に漏れないように制御する技術が『廻術カイジュツ』でしょ……?
と、『?』を解決するためにレンジさんに聞いたのに、新しい情報に俺の頭は再び『?』で埋まった。
「『絲術シジュツ』では外に出てこない。『廻術カイジュツ』を使って身体の中で魔力が動くわけでもない。不思議なんだよ。魔力が凍ってるみたいなんだ」
「魔力って凍るの?」
「『形質変化』をすれば」
「固まっちゃったのに、アヤちゃんの体調は大丈夫なの?」
「問題ないよ。魔力は命の力……。勝手に漏れたり、減ったりしない分、むしろ体調は良いからね。病気とかもなりにくいんじゃないかな」
そんなポジティブな解釈することある?
でもまぁ、レンジさんの言ってることは一理ある。
一理あるのだが、アヤちゃんの魔力は原因不明の何かによって身体の内にロックされているという事実は変わらない。
……なんでだ?
いや、誰も理由が分からないからレンジさんもアヤちゃんも困っているんだろうけども。
「それに、イツキくんも合宿に来て大丈夫だよ。君、俺たちより魔力を身体の中に抑え込むのが上手いだろ?」
「そう……ですか?」
「あぁ。『廻術カイジュツ』の練度が高い。イツキくんの身体から漏れてる魔力量は『第一階位』から『第二階位』レベルだ」
レンジさんに言われて嬉しい反面、ほっとする安心も覚えた。
俺が魔力を抑え込む『廻術カイジュツ』を練習したのは何よりも、俺の魔力が身体の外に漏れることでモンスターに狙われるのを避けるためである。
どんなに魔法が使えるようになったとしても、どんなに身体を鍛えたとしても四六時中モンスターに襲われていたらどんな人間だって死んでしまう。
だから俺がやるべきことはモンスターに狙われないようにすることだった。
そう思えば『廻術カイジュツ』の練習にも力が入るというものである。
そう褒められて、ちょっと嬉しくなった俺をレンジさんは笑顔で誘った。
「だから、イツキくんもおいでよ。夏合宿」
「ぜひ!」
というわけで、俺の夏休みの予定が人生で初めて埋まった。