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「でね・・・・
本当にみゆきがかわいそうで・・ 」
「そうなんだ・・・ 」
ユリアはソファーにあぐらをかいて
座っていた
片手にはカチカチのハーゲンダッツを手に
それが溶けるのを待っている
電話の向こうに心配そうな
良ちゃんの声がする
風邪のせいか彼の声は
くぐもって聞き取り辛い
深夜も1時というのに彼は気持ち良く
自分の話に耳を傾けてくれる
ほんの数日前までは
良ちゃんとの関係は風前の灯火だった
でも最近の彼の変わりように
今のユリアは全面の信頼を彼によせ
何でも話せるようになっていた
ユリアが犯人に体当たりをし
銃口を向けられた時の事を語ったら
彼は息を飲んで聞き入った
心から心配そうに言った
「ユリア・・・約束してくれ
もう今後は一切そんな無茶はしないって・・」
「そうね・・・
今思えばなんて無謀な事を
したのかしらって思うわ 」
彼と共感を出来る限り分かち合いたい
ユリアは素直に彼に答えた
「いいかい?
君は親友を思ってした行動だと思う
それはとても勇敢なことだし
誰でも出来ることじゃない
君はすばらしい女性だよ・・・・」
「ありがとう・・・良ちゃん・・・ 」
ユリアの心がポッと温かくなった
「しかしテレビのドラマなんかじゃ
それでジ・エンドで終わるけど
現実はそうじゃないんだ・・・ 」
「それはどういうこと? 」
ユリアは心配になって聞いた
「犯罪を犯す人間は
大抵は罪悪感など持っていないんだ・・・・
君は聡明だから人間の悪意と
いうものを分かっていない
彼らは自分達こそが正義だと
思っているんだ犯罪者は僕たちとまったく異なる価値観を持っている」
彼が一息つく
「だから彼らからしたら君の好意は
目標を邪魔されたとしか考えていない
ましてや犯罪が組織だっていたりしたら
君は目を付けられ・・・・
最悪は殺されるんだ・・・
奴らは自分に関わってくる人間を逆恨みし
傷つけることなんて何とも思わないんだよ・・・」
その話を聞いてゾッとした
良ちゃんの言う通りだ
幸いあの犯人は単独犯で今は留置場で
意気消沈しているらしいが
もし・・・
あたしに恨みでも持っていたら・・・
「急に怖くなってきたわ・・・ 」
「勘違いしないでほしい
君を怖がらせるつもりで
言ったんじゃないんだ
でも・・・
人を助けるためでも犯罪に関わるという事は
今言ったような可能性もあるんだと
思ってほしい 」
「そうね・・・
反省したわ・・・・ 」
「君のご家族や友達・・・・
君を愛する人達のためにも
君が健康で安全で過ごす事を
何より優先してほしい 」
愛する人達のため・・・・
その言葉にユリアは感動した
スマホを持つ手に力がこもる
「はい・・・
心配かけてごめんなさい・・・
これからは気をつけるわ・・・・
だから 軽率な私を許してね・・・・」
ユリアは心から敬愛を込めて言った
ジュンはベッドに腰掛けて
電気をつけずに自嘲気味に笑った
ジュンの声だと気付かれないように
スマホにハンドタオルを挟んでしゃべる
彼女は彼氏の前では
なんて素直でかわいくて従順なんだ・・・・
ジュンは今日自分を殺すと
脅した彼女を思い出して
ギャップに惹かれたどっちも魅力的だ
「それに・・・・
みゆきがすっかり
体調を崩してしまって・・・
今日もお見舞いに行ったの
タクミ君も毎日来てくれてるらしいのだけど
みゆきの落ち込み様がすごくて・・」
「彼らは今つらい時期だろうね・・・ 」
ジュンが同情して言った
「みゆきはあの時タクミ君が
助けてくれたなかったことに
将来の不安を感じているの・・・
ついていけないんじゃないかって・・・
今日もタクミ君のいない所で泣いていたわ
あたしなんとかしてあげたくて・・・
タクミ君にみゆきの気持ちを代弁して
あげようかなと思って・・・」
「それは止めた方がいいよ・・・ 」
「あら?・・・どうして? 」
「犯罪に巻き込まれるという事は
災害にあったも同然なんだ
今までの価値観や物事がひっくり変える
そういう時は時間というものが
解決してくれるんだ
僕たちがとやかく言う事ではないよ
それに・・・・ 」
「それに? 」
ユリアが続きを催促する
ジュンがキッパリ言った
「二人の仲がそれで終わるなら
それまでの二人だ 」
一瞬の間があいた・・・
キツイ口調に聞こえただろうか?
それとも彼氏じゃないって気付いた?
沈黙に不安になって
何か言おうとした時
ユリアがため息をついた
「あなたを心から尊敬するわ・・・・
本当にその通りね・・・
私・・・
すばらしい人とお付き合いを
しているのね・・・」
ジュンは一気に赤くなった
「そんなことないよ・・・・」
「よくわかりました・・・・
あなたの言う通りにします・・・」
ジュンは今すぐユリアを
抱きしめたくなった
彼女の声には信頼と尊敬がまじっていた
ああ・・・でも切ない
彼女は今は僕のことを
彼氏の良ちゃんだと思っている
これじゃ良ちゃんの点数を稼いでいるだけだ
ジュンは火照る額を
冷たいビールで冷やした
「あなたの話を聞いて・・・
今日の事も反省したわ・・・・
私・・・
今日事情聴取に行って・・・・
助けてくれた警官に失礼な事を言ってしまったの・・・」
ジュンは小さく笑った
「気にすることないよ
彼らは訓練を受けてるし
それで給料を貰ってるんだ 」
するとユリアが驚いたように言った
「まぁ・・・
そんな言い方をしてはいけないわ
彼らがいてくれるから
私達は日々安全に暮らしていけるのよ
彼らは尊敬に値する人達だわ
それに私を助けてくれた警官は
真剣に私を心配してくれて
親切にしてくれたのよ 」
その後ナンパされたのは最悪だったけど・・・・
その言葉をビールと一緒にユリアは飲み込んだ余計な事を良ちゃんに言うつもりはない
せっかく二人が上手くいきかけているんですもの
「・・・・君にぞっこんになりそうだよ・・
ユリア・・・・ 」
彼の声が艶めきだった
あらあら・・・
今のセリフの何が
彼にスイッチを入れたんだろう・・・
ドキンと期待に胸が弾んだ・・・
「もう我慢できない・・・・
服を脱いでユリア・・・・」
一変した熱を持っている彼の声に
体中が欲望で波打った
「脱いだわ・・・・ 」
「僕は君の脚に恋焦がれているんだ
君のふくらはぎや太腿にキスをする
何度も何度も・・・・
君が笑い転げるまでキスをする・・・ 」
ぞくりとユリアの脚に快感が広がった
思わず太腿をなでる
いかにも彼にそうされているかのように
「それから口を上に這わせていく
ゆっくりと・・・・ 」
「そんな事言われると感じちゃう・・」
「そして君の脚の間に落ち着く
君は潤ってなんともおいしそうだ・・・
最高の味だ
食べたくてたまらない 」
「いいわ・・・食べて・・・ 」
「君を押し倒したい 」
ため息まじりにセクシーに彼が誘う
「つかまえて 舐めなわして
抱きしめたい・・・・
君はたおやかで
柔らかく
なまめかしい・・・
温かくて締りが良い所に指を入れたい 」
ああっっ・・・・
彼の言葉攻めだけでいきそう・・・
良ちゃんがこんなに情熱的な人なんて信じられない
「今夜は口でしてほしい・・・・ 」
「こっちへきて・・・・ 」
二人とも息を飲んだ
ほんのわずかに手を動かすだけなのにひどく淫らだ
二人の喘ぎ声には今までより一層
愛と信頼が混ざっている
緊張感に満ちた
甘い時を過ごし
やがて二人は至福の絶頂を迎えた
息を荒げながらユリアが言った
ハァ・・・
「なんだか・・・・
あなたが時々見知らぬ
人のよう気がするわ・・・
どうしてかしら・・・ 」
ギクリとした
あまりに驚きすぎてジュンは
スマホを落としそうになった
精の後始末をしている手が硬直する
しまった・・・バレたか?
先ほどまで天国にいたような
高揚感が一気に放水を浴びたように冷えた
途端に額には冷や汗が噴き出る
「そうかな・・・・
ゴホンッ・・・・ゴホンッ・・・
アレルギーがひどくなってきたようだ」
あわてて咳をしてごまかした
「まぁ!大丈夫?
体が冷えたかしら?
風邪って言ってなかった? 」
「あー・・・
どっちかわからないんだ
もうそろそろ切った方がいいかも・・・
君も明日仕事だろう?」
「ええ そうね
明日は道頓堀で韓国アーティストが
路上ライブするの だから店頭で
クレープを焼くんだけど・・・」
心配そうな彼女の声に
思わず顔がにやける
「君の料理・・・・
食べてみたいな・・・・ 」
彼女が驚いたように言った
「あら!
じゃぁこの間のクラブハウスサンドは
お気に召さなかった?
その前のデートの時の
ロリポップドーナツは? 」
「あ?いっいや・・・
とっても美味しかったよ!
君のパンは最高だ! 」
「・・・サンドイッチとドーナツよ?」
ユリアが怪訝そうに言った
これ以上しゃべるとまずい
ジュンは激しく咳き込んだ
ゴホンッゴホンッ
「どうやら頭もボーっとしてきた
今すぐ薬を飲まないと・・・・
もう切るよ ユリア 」
「ああ・・・そうね
長話をしてごめんなさい
それじゃ また電話するわ 」
ジュンは切れた電話の通和音を聞いて
大きく安心のため息をついた
ユリアがジュンの仕事に対して尊敬の念を
受けていると聞いた時の高揚感と
事態をこれほどまで深刻にひきずってしまった事への罪悪感に身悶えた
次に話をしてしまえばこちらが
しっぽを出しかねない領域まで
もはや自分は踏み込んでいる
もう限界だ!
もうハッキリ自覚している
自分はユリアにメロメロだ
これは認めよう
ユリアが欲しい
ベッドに引き入れて激しく
何時間でも攻めたてたい
そんなことになったらおそらく自分は
朝までユリアの中に侵入して離さないだろう
もうやめろと彼女に蹴とばされるまで
クンニは止められそうにない
完璧にユリアの虜だ
こうなったら良ちゃんと決闘でもして
ユリアを拉致しようか
今の電話で自分は
嫌われているのではないと自覚した
彼女はセックスもしていない
彼氏との愛を律儀に貫いているのだ
それならまだ自分にもチャンスがあるという事になる
しかしいくら出張とはいえ
彼女に電話の1本もかけてこないなんて
どんな彼氏だ良ちゃんってヤツは?
いずれにしてもこんな状態は
健康と精神に良くない
ジュンは違う意味で睡眠不足になりそうだと頭を抱えた
火照った体を冷やすため
真冬だというのに冷たいシャワーを浴びた
:*゚..:。:.
ユリアは明るい笑顔を顏に張り付けて
目の前にいる
ウサギの帽子にウサギのトレーナーの
中学生二人組にクレープを渡していた
二人はしきりに帽子の端をひっぱって
ウサギの耳をぴょんぴょん跳ねさせている
とてもかわいい
「はい!こっちがバナナチョコで
こっちがイチゴカスタード 」
「ありがとう!」
「ありがとう!」
双子ルックの中学生が嬉しそうに
クレープを受け取る
「もうすぐ韓国のアイドルが来るんですか~?」
横でチェンさんが愛想よく聞く
「6時からそこでライブするの!」
「6時からそこでライブするの!」
双子中学生は声を合わせて道頓堀の
向こう側のアメリカ村を指さした
「楽しんでね~」
ユリアとチェンは
ぴょんぴょんと同じ方向に同時に
飛んでスキップしている
彼女達に手を振った
もう少しだ!
がんばろうと自分に声援を送る
レストランの店頭のクレープ販売は
良い調子で売り上げを上げていた
目標300枚と設定して
朝から焼き続けているが
ここへ来て客あしは遠のいた
しかしあと100枚は売らないと
原価割れになる・・・
御堂筋は夕方の韓国アーティストの
路上ライブを一目見ようと
若い子達でごった返している
トッピング役を担当しているチェンが
ユリアに言った
「生クリームもう1リットル泡立てて
きましょうか?
だいぶ減りました 」
「そうねお願い」
「ユリア姉さん
ウエイトレスの制服似合いますね」
ニッコリしてチェンが言う
「まぁ!そうかしらありがとう!」
「若く見えます 」
「チェンさんその言葉は年頃の
女性には言わないものなのよ 」
ユリアが笑いをこめて言った
「褒め言葉でヤンスよ~♪ 」
チェンがステンレスのボールを
持って店の中に入って行った
メルヘンが好きなこの店のオーナーが選んだメイドの制服は巾着袖にミニスカート
とレースフリフリのエプロン姿に
メイド帽は頭にちょこんと
乗せるだけでよかった
普段なら厨房長靴と
シェフの山高帽をかぶっているユリアが
死んでも着ない格好だが不思議と
仕事だと思うと開き直れる
やはり可愛い制服を着ると気分も浮き立つ
そして夕べの良ちゃんの電話で
激しく求められて崇めたてられたおかげで
ユリアはいつもの自分よりも艶っぽく
女らしい気分になっていた
夕べの電話を思い出すと
体がじわりと火照った
まったく良ちゃんと電話するたび
彼に好感を持てる
今自分は彼にラブラブだ
早く出張から帰ってきてほしいと思うと同時に夕べは彼との電話で愛の行為の最中に
なぜかユリアの頭の中でジュンが
良ちゃんを押しのけて割り込んできた
そして最後には彼の言葉を聞いているのに
なんとクライマックスをユリアの
頭の中ではジュンと迎えてしまったのだ
後ろめたい気持ちと
体調を崩していた彼に長々と深夜の
電話をするなんて少し思いやりが
足りなかったと反省した
「ハーイピンクのメイドちゃん♪
ストロベリーチョコチップは残っている? 」
その声にユリアの顔が明るくなって
胸を満たした
「あるわよ!チョコチップ最後の1個
残しておいたわよ!
思ったより早く来れたじゃない 」
佳子が満面の笑みで言った
「さぁ!あたしを太らせて!
今日は食べて、飲んで楽しむ日にしたの!
そして明日からは一週間は
野菜スティツク生活に決めたから 」
ユリアは笑った
あいかわらず佳子は楽しい
佳子の体を眺めても
彼女は細見の美人だ
ホイップクリームをふんだんに盛った
クレープを佳子に渡した
「これぐらいじゃあなたは大丈夫よ!」
「日頃の積み重ねがものを言うのよ」
「ねぇあたしこのカッコ大丈夫?
浮いてないかしら? 」
「ギリッてとこね!」
ピンクのメイド服を上から下まで
眺めながら佳子が笑った
そこへチェンさんも帰ってきて
クレープ屋台は賑やかになった
「寒くないの?」
「鉄板の前にいるから大丈夫」
「今日のあなた色っぽいわ
良ちゃんとのテレホンセックスの
おかげかしらね
それともマッチョな警官のおかげ? 」
マッチョな警官という言葉に
ドキリとした自分に腹が立った
「大人の会話デス!」
とチェンさんが顏を赤らめた
「ここにいたいけな乙女がいる前で
いかがわしい発言はひかえてほしいわ 」
ユリアが顏をしかめて言った
「わたし!もっと聞きたいデス! 」
チェンさんが息を弾ませ言った
ユリアは顏が赤くなるのを感じた
「やぁ!!かわいいなぁ~♪」
聞き覚えのある声にユリアはドキリとして
固まった
警察官の格好をしたジュンが
売り場の横から現れた
その後ろに同じく警察官のタツもいた
彼らは肩に大きな無線をつけている
「ゲッ!出た!」
ユリアが顏をしかめた
「あら~!あの時のおまわりさん!」
佳子が嬉しそうに言った
「いやはや!眩しいね!
君達のメイド姿に目がやられそうだ!」
タツがニコニコして
手で目を覆うマネをする
そしてタツは佳子の手を取って言った
「そして君の美しさは市の条例に違反している」
「あらん♪お上手 」
チェンと佳子はもうタツの魅力に
キャアキャア言ってる
ユリアはぐるりと目玉を回した
「いい匂いだ!クレープちょうだい! 」
ジュンが嬉しそうにユリアに言ったので
思わず笑ってしまった
「あなた達ちゃんと仕事してるの? 」
「夕方からここで韓国アーティストが
路上ライブするんだ!
それの交通整備してたらあら不思議!
メイドのコスプレをしてる君を
みつけたってわけさ」
ジュンは肩をすくめて言った
今朝からずっと考えていた
言い訳をスラスラ言えたことに
心からガッツポーズをした
夕べ彼女の電話を切ってから
今朝交通整備課に自ら出向いて
夕方の韓国アーティストの交通整備の
仕事を無理やりぶんどってきた
事情をタツに話すと彼はニヤニヤ笑って
おもしろがってついてきた
ジュンはユリアが気付くより先に
彼女を見つけた
その制服のかわいらしさに
たっぷり5分は見惚れた
笑顔でお客にクレープを売っている
自分にもああいった輝く笑みを向けてほしい
ウエイトレス姿の彼女は愛らしくて
彼氏の良ちゃんが彼女になぜ親密な関係を
求めないのか不思議でならなかった
「あなた達いつも一緒なのね 」
「もう5年になるよ
ジュン・タツコンビって言われてる」
「仲が良いのね」
「アイツとずいぶん事件を
解決してきたからね」
ユリアは売り場の端にいるタツを見た
佳子とタツの距離が異様に近い
「ねぇ 手錠見せて♪ 」
「いいよ そういうプレイが好き?」
「えっち 」
佳子が乙女の顔になって
タツといちゃいちゃしている
「女性にはかなり手が早いみたいね」
ホイップを泡立てながら
ユリアがあきれて言った
「人間だれでも欠点はあるさ 」
ジュンは肩をすくめた
よかった今日の彼女は当たりが柔らかい
途端にジュンの心が弾んだ
「その制服すごく似合ってるよ♪
めっちゃかわいい♪」
ジュンがユリアを熱く見つめる
途端に夕べの電話の妄想を思い出す
トンボを持つ手が震えてる
今自分の頭の中をジュンに見られたら
きっと彼は卒倒してしまうだろう
ユリアの頬が熱くなった
じーっとかぶりつきで彼に見られながら
クレープを焼く
「400円です!」
そっけない態度でクレープを渡す
驚いたことにジュンは二口でクレープを
平らげてしまった
「甘いね」
「クレープですから」
思わず笑ってしまう
不意に通りを見てみると
道行く人がジロジロこちらを窺っている
「ねぇ・・・
あなた達がいるとお客が来ないわ
営業妨害よ 」
ユリアは困った顏で言った
周りから見たらここで犯罪が
起きたかのようだ
ただでさえ二人とも180センチを超える
長身なのにこのハンサムな二人の警官は
異彩を放って圧倒的だ
いるだけで周りからものすごく
注目を集めている
「今日何時に終わるの? 」
ジュンがお構いなしに言う
彼に熱い目でユリアの体を眺め回される
背後で道行く人々のひそひそと
囁き声が聞こえる
「それを聞いたら退散するよ
あそこで発情してるヤツも連れて帰る 」
ジュンが指を差して言った
タツは今や手錠で佳子をからかうのに
忙しくしている
片腕を彼女に巻きつけ顎の下で
手錠を小刻みに動かし
佳子をコチョコチョとくすぐる
佳子は甘ったるい悲鳴を上げ
逃れようと無駄な努力をしていた
佳子の頬はピンク色に染まっている
ちょっとイチャつき過ぎじゃないの?
「わからないわ
あと100枚はクレープを売らないと 」
途端にツンとしてユリアが言った
やれやれ ガードが固くなった
僕が君の絶頂の声を知ってると言ったら
クレープの鉄板を叩きつけられるだろうなと
ジュンは思った
T字型のトンボをくるくる回す
彼女の指の動きに見入りながら
その指が電話の時はどこにあったかを
思い浮かべて股間が硬くなった
「ちょっと!
命を助けてくれたヒーローに
冷たすぎるんじゃない? 」
佳子がユリアをたしなめた
「もっと言ってやってよ 」
ジュンが面白そうに言った
「あとクレープ100枚全部買うよ
いくらだい? 」
「お金にものを言わす人って嫌いなの」
彼女は手ごわい
それでも少なくとも彼女の注意を
引くことには成功した
「じゃぁ
ここに100人客を連れてきたら
デートしてくれる? 」
「もし本当にそんなことが出来たら
私の方からディナーをごちそうするわ
できるものならやってごらんなさいよ」
彼女は笑った
白くて輝く歯を見せて
ジュンは思わず彼女を引き寄せて
キスをしたくなったが
それは良ちゃんも周囲の人間も
許してはくれないだろう
なにより彼女の炸裂パンチが飛んでくる
そこに二人の無線が同時に鳴った
緊急出動が入ってジュンは名残惜しそうに
タツを引きつれて嵐のように去って行った
ほっとしたのもつかの間
そこからは圧巻の光景が広がった
二人が去って暫くして
どこからかワラワラと大勢の警官が
溢れて来てユリアのクレープ屋台に並び出した
「ジュンが言ってたクレープ屋はここかい?」
「おれはチョコバナナ 」
「俺はアップルシナモン」
「ジュンのおごりだそうだ
署に持ち帰りで
チョコバナナ30枚頼む 」
「こっちの派出所には10枚だ!」
ユリアとチェンは途端に忙しくなった
そこへ佳子も手伝った
たった数分で大阪府内の警察官全員分の
クレープが行き渡ったのではないかと
思うほどだった
「信じられない!全部売り切れまシタ!!」
1時間後チェンが興奮して叫んだ
「あの警官あなたに本気よ!」
佳子も頬を赤くして言った
「あたしがやれるもんならやってみろと
煽ったからムキになっただけよ 」
ユリアは全身疲労する体を鞭打って
そっけなく答えた
しかし心は売り切った達成感とジュンへの
感動でときめいていた
トンボを回していた腕がしびれている
「あのマッチョ警官
彼ってすっごくいいわ!
それなのにあなたの態度ときたら!
どうしてあんなに冷たくできるの? 」
と佳子
「あのおまわりさん
可哀そうデシた! 」
チェンも眉を寄せて言った
「命を助けてくれた上に
今日の売上貢献もしてくれたのよ!!
いい?ユリア!
あなた彼にお礼をしないと人でなしよ!
彼のあなたを見る目つきったら
大型犬がよだれをたらして
ご主人様にちぎれそうな
ぐらいしっぽを振ってるじゃない!
後はあなたがリードを引けばいいだけなのに! 」
「絶対そうデス! 」
ユリアは二人に睨まれた
:*゚..:。:.
「約束どおり明日の夜
ディナーをおごらせてもらうわ 」
受話器の向こうからユリアの声が聞こえた
「やった!あした迎えに行くよ 」
ジュンは声を弾ませて言った
ジュンのデスクには
ユリアの店のクレープが山積みになっていた
「うえっ・・・もう食えねぇ・・ 」
隣のデスクでタツがクレープの包み紙に
埋もれてつぶやいた
ジュンは署にかかってきたユリアからの
電話を切って大きくガッツポーズをした
これには署内でどっと笑いが起こり
続いてジュンの技量について
クレープを頬張っている
数人の同僚警官から卑猥な野次が贈られた
「よう!ジュン!
ワンダーウーマンとの
初体験は気を付けろよ!血が出るぞ 」
さらに爆発処理班の警官達が
クレープ片手に笑いと野次を飛ばす
みんな事件を解決したばかりで
おかしなテンションを醸し出している
そして全員顏に煤がついている
ジュンが言い返す
「ご忠告ありがとうよ!
だが へらず口をやめないと
あんたが血を見るぞ 」
ジュンの威勢の良い声が署内に響く
これにもどっと歓声がわいた
そこへ取り締まりを終えた
婦人警官が数人やってきた
「失礼しま~す
クレープがもらえるって聞いて来たんだけど
ここかしら? 」
タツが機嫌よく相手する
「どうぞ♪どうぞ♪
ジュンのおごりだよ何味がいい?」
「ハーイ!ジュン!
あなたものすごい美人を追い回しているんですって?
犯罪だけはお断りよ
警察の淫らな不祥事ほどマスコミの
大好物ってないんだから! 」
クレープを片手にした熟練の
婦人警官達に順番に肩やら頭やら
ポンポンと叩かれる
最後の警官はジュンのお尻をポンッと
やって帰って行った
「セクハラですよ!」
ジュンは顏をしかめて言った
「みんなお前が可愛いんだよ 」
タツやその他
同僚警官がゲラゲラと笑いながら言った
何とでも言うがいい
とにかくユリアとデートするという
目標まで来れた
ジュンは財布の中身は寂しくなったが
今日のみんなの貢献のおかげで
ユリアに会える高揚感を味わって頬が緩んだ
:*゚..:。:.
翌日ユリアは夕方5時少し前にレストランを出て自宅に戻りさっとシャワーを
済ませた
仕事を早めに上がるのは今週になって
2度目だと思うと多少は気が引けたが
体に残る厨房臭も気になるし
今夜のジュンとのディナーの事を考えると
これ以上落ち着いて仕事など
していられなかった
昨日のクレープ屋台に並ぶ紺色の
制服に身を包んだ警官の列・・・
あの堂々たる行列にユリア達は度胆を抜き
本当に感動した
朝倉淳・・・・
屈託のない笑みと見栄えのするハンサムな顏
誰からも好かれ
何をしても憎めない性格
ユリアは知り合ったばかりなのに
自分に平常心を奪ったうえに信念や
価値観までぐらつかせるなんて
その上ジュンの個性はたくましい
肉体と同じくらい強烈だ
ああ・・ダメダメ!
あたしには良ちゃんがいるのよ!
今日はお友達として
昨日のクレープの売り上げ貢献の
お礼としてお食事をおごるだけなんだから・・・
ユリアはそう自分に言い聞かせ
ドレッサーの前で衣装を選んでいた
ベッドに無造作に放り投げている
服の一つは体全身をすっぽり覆う
タートルニットとフレアスカート丈は
足首まであり色は無難なベージュだ
もう一つは肩から上がシースルーの
ブラックで品の良いタイトミニワンピース
セクシーで体の線はバッチリ出る
もちろんお友達とお食事をするのだから
タートルニットとフレアスカートを選ぶべきだ
今日は暖かいし・・・・
それにどこに食事にいくか分からないし・・・
なぜか自分に言い訳をしながら
ブラックのタイトミニワンピースを着る
綺麗に巻いた肩までの髪が
エレガントなブラックの
ミニワンピースに映えた
胸もこのワンピースの構造の
おかげでこんもり高い位置に収まっている
シースルーの袖の部分は肌の白さを
際立たせてくれた
ユリアは満足して口紅を引き
ダウンコートを羽織った
いったい何に満足しているのか
自分に聞きながら・・・・
オートロックのマンションを出ると
前の道路にジュンが待っていた
ガンメタのスポーツカーにもたれて
こちらを見て笑っている
「やぁ!綺麗だね」
ジュンはシルバーのVネックのニットに
白のデニム
その上には黒いカシミアのコートを着ている
コートのせいで体格の良さや
髪と瞳の黒さが際立ち
信じられない程素敵に見えた
ユリアがびっくりして目を見張ったので
ジュンが笑って言った
「どうやら僕が年がら年じゅうパトカーに
乗っていると思ってた? 」
実際ユリアはそう思っていた
「なんか・・・
バッドマンが乗りそうな車ね・・・」
「スカイラインGTRだよ
速い車が好きなんだ
ハイっこれ 」
するとジュンは今まで背中に回していた
片方の手を前にさし出した
瑞々しいピンクと紫のガーベラの
ブーケが握られている
ユリアは嬉しさに息をのんで花を受け取った
「まぁ!ジュン!なんてきれいなの!」
「君のほうがきれいだよ! 」
ユリアは噴き出した
「そのセリフはクサイわっっ!」
そう言っても顏は嬉しさで輝いている
「ちぇ・・・
君はむずかしいな・・・
じゃぁこれでどうだ? 」
そう言ってユリアに差し出したのは
チュッパチャップス一個だった
「前にタツが君にこれをあげたら
君は笑った 」
それを覚えていてくれたことに
感動したのかおかしいのかで
またユリアは笑った
「ああやっぱり君にはこれだ」
その言葉に何故かユリアは大爆笑し
すっかり機嫌を良くしたジュンも
上機嫌で二人は車に乗り込んだ
「お腹はすいてる?
僕の行きたい所でいいかい?
南港に素敵なレストランがあるんだ
少しドライブすることになるけど 」
「ええあなたに任せるわ 」
ユリアは何も言うことを思いつかないまま
手を組み唾を飲みジュンを見つめた
ジュンはカーナビから流れてくる音楽に
合わせて鼻歌を歌いながら滑らかに
車を走らせている
今更ながら車の運転も抜群だ
横顔は自信に満ちた雰囲気を
醸し出している
阪神高速の夜景も二人のムードに加わって
ジュンがレストランの駐車場にみごとな
ハンドルさばきで停車する頃には
すっかりユリアの心臓は早鐘を打っていた
「SASAKI」というレストランは
木造の店だった
玄関の自動ドアが開くと目の前には
日本の障子や屏風で飾られた
華やかな空間が広がっていた
ジュンは受付カウンターにいる
アジア系男性に予約である旨を告げた
それを見たユリアは今夜の食事をわざわざ
予約してくれたジュンの
紳士なふるまいに感動した
ジュンはユリアをエスコートし
彼女の腰に軽く手を置いて
レストランの中へ案内した
「素敵な所だわ!」
ユリアが言った
「もっと素敵なことがあるんだ」
ジュンが笑った
案内された二人の席は
なんとユリアの店の厨房の3倍はある
ガラス張りのオープンキッチンが
上から一望に見下ろせるものだった
大人数のコックが所狭しと行きかい
次々と料理を作りだしている
それを上から見下ろしていると
まるで小さい頃に映画で見た
お菓子工場の妖精達があくせく働いている様に見える
そしてよだれが出そうな
匂いが店内に漂っている
高級店だということはハッキリわかるが
目をむくほど高額ではない
妙な緊張感は無く
ただおいしい食事を楽しみ
リラックスした夜を過ごす場所・・・・
「ここは内装は代々日本のお城が
コンセプトなんだだけど料理は・・・・」
「イタリアンなのね!!」
ユリアが目を輝かせてジュンを見て言った
「ああっ!
私が目指しているのはまさにこれよっ!
素晴らしいわ!ジュン!
連れて来てくれてありがとう! 」
子供の様に目を輝かせカウンターの
ガラス越しに厨房を伺っている
「よかった 君はこういうのが
好きなんじゃないかなと思ったんだ」
ジュンもユリアの感動が移ったかのように
満面の笑みを浮かべた
さらに彼は奥のカウンターの入り口に
正面を向け壁を背にして座るのを
ユリアは見逃さなかった
ここからなら店内を一望に見渡せる
面白いわね
ジュンは根っからの警察官なんだわと
ユリアは微笑ましく思った
ジュンは胸がしめつけられるような感じに囚われ喜びに輝くユリアを
うっとりと見つめた
今夜の彼女の装いは先日のウエイトレスよりも結婚式の妖精風ドレスよりも
さらにあでやかだ
子供の様に目を輝かせカウンターの
ガラス越しに厨房を伺っている
ぷっくりと尖らせ気味になまめかしく
艶やかな唇をしている
ジュンの視線はひとりでに
ユリアに吸い付いた
終始夢見ごこちで彼女から目が離せず
オーダーはすべてユリアに任せた
ユリアは食べたことが無い物を
食べたいと数種類の料理をオーダーした
ユリアがスライスしたローストビーフを
口に運び歓喜の悦びに浸った
ジュンはそんなユリアを見ながら
微笑んで蟹の身の塊を口の中に詰め込んだ
チーズもルッコラの野菜も驚くほどに美味しかったきっと現地から直で輸送
されてきてるに違いない
バケットは外がパリパリで中は
ふんわりしてガーリックが効いている
「スタッフドマッシュルームは
ベーコンとチーズの量が物を言うの 」
そう言ってユリアは口に放りこんだ
「ん~♪なにこれ最高!」
さらに二人はアーティーチョークの
オーブン焼きも注文した
レモン風味のバターソースが相性抜群だった
デザートのティラミスもこれまた最高だ
容器の深皿も素敵で鮮やかな渦状の
模様はここのパティシエの腕が
試される見事なものだった
こういう所にもこの店のセンスを感じる
鼻をくすぐるココアの匂いにうっとりする
二人は微笑みながらティラミスを頬張った
ユリアはカウンターに置かれている
名刺をバックに入れた
また来ることになるだろう
ここは自分のお気に入りの
お店になるに違いない
いつかこんなお店を持てたら
素晴らしいだろうとユリアは夢を抱いた
「君はどうしてイタリアンシェフに
なろうと思ったの? 」
唐突なジュンの質問に普段の警戒は解かれ
彼と打ち解けて語り合いたくなった
「・・恥かしい話・・・
ウチは両親が仲が悪くて・・・
私が中学に上がる頃には共働きの母は
父の食事を一切作らなくなったの・・・・」
「それで君はお父さんっ子で
お父さんの食事を作っていたんだね 」
ジュンがそう言うと
ユリアは顏を輝かせた
「まぁ!どうしてわかったの?
まさにそうなの!
父は私の料理をとても褒めてくれたわ
特にパスタやピザとかをね 」
ニッコリ笑って彼がカウンターに肘をつくと
腕や首の美しい筋肉がいっせいに連動した
思わずそれに見とれてしまったユリアは
視線をわざとそらした
「それで?続けて 」
「高1の夏休みには父と二人で
イタリアに旅行に行ったの
母と姉は付いてこなかったわ
興味がなかったみたい
ガイドブックで有名なお店を父と二人で
食べ歩きしてね・・・ 」
「素敵な体験だね 」
「それからすぐに父は癌で
亡くなったけど・・・
その時に父と食べたお店の味が
忘れられなくて
高校を出てすぐにシェフの道に入ったの」
そう言ってユリアはアイスコーヒーの
ストローを指でもて遊んだ
心に懐かしい父の笑顔が浮かんだ
「お父さんも天国で君の今の活躍を誇りに思っているよ」
ジュンもコーヒーを飲みながら言った
その言葉は思いやりが溢れていた
心が温かくなり思わず目頭が熱くなる
姉も母もこんな言葉は
投げかけてくれたことはない
ジュンはこんなおしゃれで上品なレストランでも完璧にくつろいでいた
楽しい会話を軽い調子で続けられる
品よく都会的な
彼のそばにいて冷静さを
保つのが難しくなってきた
「あの・・・貴方は?
どうして警察官になろうと思ったの? 」
照れを隠すように聞いた
「僕も・・・恥ずかしい話・・・
高校の時に少しヤンチャしてね・・・
僕を街中のゲームセンターから
高校にもどしてくれたのは
町の警察官だったんだ 」
「まぁ・・・・素敵だわ!」
ジュンは小さく笑ったえくぼがかわいい
「素敵かどうかは分からないけど・・・
でも何の取り得もないろくでなしの僕を
真剣に怒ってくれて向き合ってくれた
あの紺色の制服の人を見てて・・・・
こんな職業も悪くないなって・・・
そして気が付いたら警察養成学校で
ビシバシにしごかれてた 」
「それはすごいわ!なんて行動的! 」
ユリアが笑った
だれかとこんな風に自分の事を分かち合うなんて・・・
ユリアは心に温かいものを感じていた
彼が屈託のない笑みを向けてくる
これは卑怯だ見惚れてしまうじゃないの
するとジュンがユリアの手を優しくとった
途端にユリアは荒れている
自分の手が気になりだした
「あ・・・あの・・・
私はシェフだからネイルアートとか
女の子らしいことはあまり出来ないの・・
ピアスも香水も駄目でしょう?
本当は佳子みたいに綺麗な爪に憧れるんだけど・・ 」
「君の手は綺麗だよ・・・
がんばってる手だ・・・・ 」
手のひらにジュンの熱い息がかかる
「それに僕は手相が読めるんだ
君の運勢を見てみよう・・・
どれどれ・・・・ 」
さらに手を強く握られ一番近い
カウンターのライトの光に照らされる
ユリアは鼓動がドキドキするのを感じた
ジュンにこうして手のひらを
読まれているとまるで本当に自分の心を
見透かされているようで落ち着かなくなった
「ジュン・・・・手を離して 」
「まだ・・・うーん・・・おや?
ちょっとこれを見てくれ 」
「え?何? 」
ユリアが顔を近づけた
ジュンの怪訝な顔に心配になって言った
「お願いよ!じらさないで!
何が見えたの? 」
ジュンを小突いて催促する
ジュンは真剣な顔つきで重々しく言った
「そうだね・・・
まだ結果を話すべき時じゃないな
君を怖がらせたくないからね 」
ユリアは噴き出した
「もう!嘘ばっかり!
私の手を握りたいだけでしょ!」
「バレたか 」
そう言うとジュンは
ユリアの手首にキスをした
途端にキスされた手首が熱を帯びた
「・・・私達・・・お友達でしょう?」
「君を友達だなんて思った事ないよ 」
ジュンは目を閉じさらにユリアの手の平に
キスをする
頬が熱くなる・・・
今日一日で沢山知ってしまった
ジュンの優しさといたずらっぽい性格・・・
がっしりとして美しく
おいしそうな体に落胆した
ニットを脱がしてこの逞しい筋肉を
じっくり眺めたい・・・・
そして全身に舌を這わせたい・・・
はっとして思いとどまった
「・・・私には彼氏がいるの・・・
だからお友達以上の付き合いは出来ないわ・・」
何故か自分のセリフに心が痛んだ
ここはいったん大人しく引き下がるか・・・
彼女は怖がっている・・・
ジュンははやる気持ちを押し殺して
ユリアの手を離して言った
「そうだね・・・・
そろそろ出ようか・・・・ 」
ユリアは会計で財布を出して支払おうとしたが
いつの間にかジュンがカードで
すべて支払いを済ませていた
きっとさっきトイレだと言って席を外した時だ
ユリアは生まれてこの方
これほどスマートに男性に
食事をおごってもらったことはなかった
ジュンのあまりにも紳士的な振る舞いに
ユリアは感動して先ほど友達だと言って
彼を傷つけたのではないかと心配になった
それから二人は地元の難波に戻って
ジュンが勧めるマジック・バーに行った
カウンター越しにマジシャンが
いきなり口からトランプを
雪崩のように吐き出し二人を歓迎した
あまりにも驚いたユリアは
悲鳴を上げてジュンに抱き着いた
ジュンは大笑いをしてユリアを
しっかり受け止めた
それからも色々なマジックを披露され
陽気なマジシャンから炎やら鳩やらが
飛び出るたびユリアは奇声をあげて
ジュンにしがみついた
ジュンも幅の広い肩を
カウンターの背にゆったりとあずけ
ユリアが椅子から転げ落ちないように
彼女側の腕を椅子の背に置いている
なのでユリアはジュンの腕の中に
すっぽり収まる形になっていた
「スペードのAがないわっっ」
ユリアは興奮して言った
すっかりマジシャンのトリックに夢中に
なっている今度こそは種明かしをしてやると意気込んでいる
マジシャンは陽気に言う
「カードは彼氏さんの服の中にありますよ~♪ 」
「うそっ!!ずっと見ていたのに!信じられない!ジュン!じっとして!」
「うわっ!ユリアっ!くすぐったい 」
ユリアは興奮してジュンのニットの裾から両手を入れて体中をまさぐり始めた
ジュンは驚いて体をビクンッと引きつらせた
「どこにもないわよっ! 」
ユリアが楽しそうにジュンの体に手を這わせるジュンが息を飲みこむ
「よ~く探してね~♪
前も後ろも♪おしりも♪
見つけたらドリンク1杯サービスよ~♪」
マジシャンは面白おかしくユリアを呷る
ジュンは体をそらし顏を真っ赤にしている
ユリアもどさくさに紛れて
ここぞとばかりに彼の体を探索する
温かく盛り上がった胸筋に手のひらで
乳首をかすめる
ジュンが小刻みに震える
意外と感じやすいんだ・・・
「ユリア!!もういいかげんにしてっっ」
お尻のわれめに手を添えた時に
赤くなったジュンが
たまらずそう言って身をよじった
「あったわ!! 」
ユリアがガッツポーズをし
スペードのAのカードを高くかかげた
周りから拍手がわき出る
ジュンはぐったりとカウンターにうつ伏せになって息を荒らげていた
他のマジシャンも加わって
楽しそうにサービスドリンクで
ユリアは彼らと乾杯を繰り返している
それを見ながらジュンは股間の一物が
落ち着くまで暫くは
うつ伏せの体制を余儀なくされた
「大丈夫? 」
ユリアがクスクス笑う
「いたずらされた女性の気分だ」
ジュンも拗ねて言った
そしてまた二人で笑った
男性とこんなに楽しい夜を
過ごしたのは初めてだった
ユリアは一年分笑ったかもしれないと思うほどジュンはおもしろくて素敵だった
マンションの近くのコインパーキングに車を止めて送るというジュンと二人で
遊歩道を歩いた
二人はおしゃべりをして笑いあい
どこかの時点で手と手が絡み・・・・
離れなくなっていた
ぬくもりがぬくもりを求める
ユリアの手は大きなジュンの手のひらに
すっぽりと包まれている
それは安心感と喜びでぞくぞくしている
こまったことが起きていた
性的魅力はさておきユリアはジュンを
人として好きになりかけていた
笑い方も
言葉の返し方も
切れの良いつっこみのセンスも
頭が良くて、率直で、
気取らず話がおもしろい
もっと朝倉淳という人間を知りたいと思わされていた
マンションの前で二人は歩調をゆるめ
立ち止まった
「結局私は今日は一銭も使ってないわ 」
ユリアは言った
「次のデートは君がおごってよ 」
「じゃぁ次もあるってことなのね」
ジュンがにやりとして言った
「次の次の次も僕がおごったら
ずっと君と一緒にいられる 安いものだ」
艶っぽい声
「ジュン・・・・・ 」
「君に名前を呼ばれるのが好きだ・・」
ジュンが言葉を重ねる
「声が好きだ
しゃべり方が好きだ
君が笑ったら僕はスライムみたいに
ドロドロにとけてしまう」
ユリアの鼓動は早鐘のようになった
やっとのことで言葉を振り絞った
「お願い・・・
困らせないで・・・・
私には・・・・ 」
「わかってる・・・・・ 」
千切れ雲から満月がのぞきまた隠れた
その間二人はゆったり見つめ合った
やがてジュンが小さくため息をついて
首を振った
「今日はこれで帰るよ・・・
あと1分でも君といたら完璧な紳士の
フリが出来なくなる」
紳士のフリなんかしないで・・・・
思わず出そうになった言葉を
ユリアは飲み込んだ
「紳士のフリをしていたの? 」
ユリアが聞いた
ジュンがマンションの階段を2段降りた
ユリアと目線の高さが同じになった
「君に会った時からずっと・・・・
本当は月に向かって吠えたいし
ゴリラのように君に向かってドラミングしたい」
ユリアが思わず笑って言った
「それじゃぁ
私からのお礼を受け取って」
ユリアは両手をジュンの頬に添え
そっとキスをした
そっとふれるだけの
しとやかに
心をこめて・・・・
その時衝撃が走った
ジュンの息の香りも
下唇の柔らかさも肌の熱もがっしりして
いるのに輪郭のきれいな骨格も
髭は綺麗に剃られなめらかで
肌さわりがここちよい
たった一度とびきりのキスを
するだけでよかった
ずっと思い描いていたようなキスをすれば
このわけのわからない渇きは癒されるはず
そうしたら手を放して
彼を帰らせてあげればいい・・・
本当に良い考えだと思った
後はジュンがおとなしく
受け身でいてくれれば上手くいくはず・・・・
ところがジュンはおとなしくしてくれなかった
!!
途端にジュンに強く唇を吸われた
吸って
からめて
舐めまわされた
彼はミントの味がし
優雅な背骨にそって手を下しながら
腰を引き寄せウエストをぎゅっとつかまれた
さらにジュンが舌を差し込んできた
とてつもなくなめらかでおいしい舌が
荒々しくユリアの口の中を動く
興奮がユリアの体の中を走り抜け
彼のうめくような息遣いが耳の中で
大きく鳴り響いた
甘く、貪るような激しいキスに
女の本能が全開で花開き応えようとしている
5秒もすると彼の方が
経験豊富であることがはっきりした
数分が永遠のようだった
思考が麻痺寸前で押しとどめた
ユリアはポカポカとキスに夢中になっている
ジュンの肩を叩いた
ようやくジュンに解放された時は
息を荒げ恥ずかしくて
彼の顔を見れなかった
ジュンはうっとりと頬を染めて
まだ目を閉じていた
「天国のようなキスだ・・・ 」
「お・・・おやすみなさい・・・」
そう言ってその場にジュンを残したまま
ユリアは逃げ足でマンションの
オートロックの向こうに消えた
:*゚..:。:.
彼女からキスをされた時
ピンク色の雲に覆われたようにジュンの
頭は真っ白になった
甘く かぐわしい春のような香り
きわめて女性的な香り・・・・
この爆弾には心の準備が出来ていなかった
信じられない程なめらかな舌の感覚・・・・
温かで潤っていた
ジュンはその感覚に圧倒され
いつまでも味わっていたかった
彼女の舌に舌をからませた時の小さな悲鳴
言葉にならない喘ぎ
そして体から力が抜けた
いつの間にか肩を叩かれている事に気づき
腕を緩めると
ああ・・・・
またしても取り逃がしてしまった・・・
やっと近づいて来てくれたのに・・・
彼女も間違いなく自分に惹かれている
自分も息が上がっている
あんな落雷にあったようなキスをされて
引き下がれるわけがない
ジュンは狼男のように吠えたくなり
月を見上げた
:*゚..:。:.
あたしどうしちゃったの?
ユリアは大きく息を吸い乱れた呼吸を整えた
ボーっとリビングに電気も点けず
その場にたたずんだ
なんて大胆なことをしてしまったのだろうと
思うと顔が赤くなる
ジュンは私の事をどう思っただろう・・・・
ジュンは折れるぐらいきつく
私を抱きしめた
そしてあの・・・あんなキス
一変してジュンの激しい貪るようなキスに
正直いってびっくりした
男性とキスをしてあんなに激しく
情熱が燃え上がったことはなかった
彼のそばにいると興奮がさざ波のように
体中を駆け巡る
舌を吸われた途端
情熱が花火のように爆発した・・・・
彼は危険だ・・・・
これ以上一緒にいるともっとその先まで
知りたくなる・・・
ああっダメよ!ユリア
浮気心の芽は小さいうちに
摘み取ってしまわなければ・・・
父と母のようになってしまうわよ!!
ユリアは大きくため息をついた
もうジュンとは会わない方がいい
だって彼は会ったその日に声をかけてきた
きっと今までも同じように沢山の
女の子と色々してきたに違いない
身元もはっきりしていないって・・・
警察官だけど
とにかく!
彼に深入りしていはいけないわ
そうだ!
私は良ちゃんとのロマンスを育てるべきだ
そうユリアは自分自身に言い聞かせた
その時
誰かが外で叫んでいる声がした
一度・・・・二度・・・・
声が聞こえた
そしてあろうことか
自分の名前を呼ばれている・・・・
ユリアはハッとして
窓に駆けよりベランダに出て外を眺めた
途端に襲いかかる外の冷たい空気に
ぶるっと身震いする
見下すと
街灯のそばに誰かが立っているのが見えた
驚きのあまり目を見張った
心臓がドキドキする
ジュンだ!
ジュンが路上に立ち
こちらを見上げて笑っている
「そこが君の部屋かい?ユリア!」
「ジュン!そんな所で何をしているの? 」
驚いたことに答える代りに
ジュンは歌い出した
曲はGReeeeNの「キセキ」だった
その声は素敵で豊かによく響いた
甘く・・・
訴えかけるような歌声・・・・
意外と上手いじゃない
って何考えてるのっっ!!
「ジュン!!やめて!! 」
思わず叫んだ
不意に隣の窓が空きベランダに
マンションの住人のキャバ嬢が顏を出した
「いったい何の騒ぎ?あら!イケメン! 」
「ジュンっ!!!」
ユリアは懇願した
別の窓が開いた
すぐ下のベランダにサラリーマン風の住人が
顏を出した
「なんだ?知り合いですか? 」
グレーのスウェットを着ている
「ジュン!やめて!!何してるのよ!!」
ユリアは叫んだ
「君の気を引こうとしてるのさ!!」
「あら!あたしの気も引いたわよ♪」
隣のキャバ嬢が口をはさんだ
ピンクのローブに髪には黄色のカーラーを
ふんだんに巻いている
「ジュン!あなたアホなの?」
ユリアは怒りにまかせて叫んだ
「君がアホが好きなら僕はそれになるよユリア!」
ジュンはニッコリ笑って言った
コイツはヤバいヤツなのかもしれない
咄嗟にユリアは思った
「あの~・・・
迷惑なようでしたら
警察を呼びましょうか? 」
下のベランダのサラリーマン風の男が
ユリアに言った
「無駄よ」
ユリアは目をぐるりと回して言った
「他の歌も歌って!」
キャバ嬢が叫んだ
「ちょっと!煽らないで!近所迷惑よ!」
ユリアがきつく言った
ユリアは降りていこうか迷った
これ以上ジュンが騒ぐようなら
そうするしかない
その時またジュンが叫んだ
「僕はあきらめないよ!ユリア!
君が大好きだ!!
ぼくと付き合ってくれ!! 」
「あなたとは付き合えないわ! 」
そう叫んだものの今度は心が
これ以上無いぐらいズキンと痛んだ
初めての感覚にユリアは動揺した
「今夜は君のキスを夢見るよ!」
ユリアは気が動転して何も考えられなかった
ジュンは最後は満面の笑みを浮かべ
夜の闇に消えて言った
「やれやれ これでやっと眠れる! 」
そう吐き捨ててピシャリと
下の住人の窓が閉まる音がした
ユリアの心臓は突発的な出来事に
冷や汗をかき
まだドキドキしている
「つきあってあげればいいのに~♪
彼あたしのお店に来てくれないかしら」
隣のキャバ嬢もそう捨て台詞を残して
ピシャリと窓を閉じた
出会ってから数日・・・
怒涛のスピードでジュンは私の心の中に
攻め入ってきた
ジュンは私の世界をひっくりかえす人だ
ジュンほど人並みはずれてセクシーで
魅力的であったとしても
ずっと会わなければ
いずれ頭から消し去ることもできる
先ほどのキスと身体が吹き飛ぶような
欲望はまったく予期していなかった
キスだけでいってしまいそうだった
まだ体にあの感覚が残り
拭い去ることができない
しかも彼は口だけであんなことが出来たのだ
体の他の部位を使われれば
どうなるのだろうと身震いする
それにあの甘い歌声・・・・
今夜はジュンで溺れそうに
なるのを最大限の理性で戦わなければ
ユリアはその夜はとうとう
良ちゃんに電話をすることが出来なかった