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グループのイベントが終わり、メンバーたちはそれぞれ解散していった。
明かりを落とした控え室には、二人だけが残っていた。
疲労感を隠せない愁斗は窓際の椅子に腰掛けて、夜景をぼんやりと眺めている。疲れているはずなのに、心地よい余韻が愁斗の表情に微かな満足感を浮かべていた。
「しゅーと、ちゃんと食べてる?」
ソファに座ったまま弟を見つめ、声をかける。
「食べてるよ。何兄貴みたいなこと言ってんの」
振り返った愁斗は茶化すように言って笑顔を見せる。その笑顔に、自然と口角を上がった。弟の笑顔を見るたび、体中にエネルギーが湧いてくる気がする。
「おい、兄貴だろ」
わざと怒ったような口調で返すと、愁斗はクスクスと笑いながら肩をすくめる。弟は最近、兄をいじるのがお気に入りらしい。
俺は立ち上がり、愁斗のすぐ側まで近づいた。
その距離が縮まるたび、ふわりと漂う弟の香水の香りに、無意識に喉を鳴らした。
「香水、新しい?」
「うん、また買っちゃった」
「この匂い好き、俺」
自然に言葉を交わす。いつも通りの会話のはずだった。
__
沈黙が訪れる。
窓から差し込む街の灯りが、控え室の壁を淡く照らしている。愁斗は少し目を細め、夜景を再び見つめた。その横顔をじっと見つめる。
どれだけ長い間見ていても、見飽きることはなかった。
「しゅーと」
「ん?」
「疲れてない?」
「しつこいな、大丈夫だってば。」
愁斗は振り返り、呆れたように見つめてくる。けれど、その瞳には確かな信頼が宿っていた。
その表情を見るたび、自分の胸の奥で何かが疼くのを感じてしまう。
___それは、兄弟の絆だけでは説明がつかない感情だった。
「俺さ、」
ゆっくりと、愁斗の目をまっすぐに見つめる。言葉を選びながら、声を落とす。
「これ以上、お前の近くにいると……何するか分かんないんだ」
愁斗が目を見開く。
「何言ってんの、ひで」
動揺を隠すように笑いながら言った。
しかし、その笑みもどこかぎこちない。言葉に込められた確かな重みを、感じ取っているのだろう。
「俺だって、自分で分からない。でも、お前のそばにいるとなんか……頭の中がぐちゃぐちゃになって……」
「ひで……」
目をそらすことなく、愁斗を見つめ続けた。
その眼差しに込められた感情を理解した様子の愁斗は、何を言うべきか分からなくなっていたようだった。
「……そっか」
しばらくして、愁斗はゆっくりと頷いた。そして小さく笑った。
「分かった。俺が悪いんだ」
「何言ってんの、お前」
「だって、俺がひでに近すぎるって話でしょ?」
「違う!」
俺は声を荒げて否定した。
それから息をつき、頭をかきむしる。
「違うんだよ…お前が悪いわけじゃない。ただ、俺が……俺が、お前の全部に……振り回されるんだ」
「振り回されるって、どういう意味?」
「どういう意味って、お前……」
拳を強く握りしめた。もう隠しきれない。自分が抱える、このどうしようもない感情を。
「お前が……お前が笑うだけで全部どうでも良くなるくらい嬉しくて。お前が落ち込んでたら、俺が代わってやりたくて。お前と近づくと、安心するのに苦しくて…………こんなに近くに居るのに、どうにもならないことがつらい……っ」
今まで必死に守ってきたものを全て壊した。
自分の手で。こんなにも簡単に。
「ひで」
「何だよ」
「大丈夫だよ。俺、ひでに何されても」
愁斗が頬に手を触れてくる。その手の温かさに、息を飲んだ。
「……どうしてお前は、こんな時でも優しいんだよ」
震える声で独り言のように呟き、自分よりもひと回り小さい体に縋り付いた。哀しくも、愁斗の体温が、胸の中までじんわりと染み込んでいく。
「そんなの、ひでが優しいからだよ」
愁斗は俺を見上げて、柔らかくはにかんだ。
「だから、俺もそうなれる。それだけだよ」
違う、俺はそんな人間じゃない。
優しい兄貴みたいな顔をして、こんなに優しくいじらしい弟に、醜い胸の内をぶつけてしまう様な、そんな狡い人間だ。
「…ひで」
愁斗は俺の名前を小さく呼びながら、腕の中にさらに深く身を委ねる。
自分の腕で埋もれる弟の髪に口づけを落とした。そして額、鼻筋、頬と、ゆっくりと唇を這わせていく。最後に唇に触れたとき、愁斗は小さく囁いた。
「ひで……俺、ずっとひでのそばにいるよ」
「お前、なんてこと言うんだよ…」
「だから、泣かないで」
__止まれなかった。首筋に鎖骨に、何度も何度もキスを落とす。頼りなく仕舞われたシャツの裾から手のひらをすべりこませ、手触りの良い背中を背骨に沿って尾てい骨まで優しく撫でた。
「…んっ、くすぐったい…っ」
身を捩って切なく笑う弟が、狂おしいほど愛おしくて、紅くぽってりとした唇に噛み付いた。
__
胸に紅く咲いた花に口付けを落とすと、愁斗の肩がピクンと震えた。
「…気持ちいの?」
目線を上げると、耳まで真っ赤にした愁斗が目を潤ませていた。
「わ、わかんな………アッ、それ、だめっ」
答えを待つ余裕すらなくて、ピンと主張したそこに舌を這わせた。
「それっ…だめぇ…っ」
「だめじゃないでしょ、そんな可愛い声出して」
その反応が可愛くて、舌で可愛がりすぎてしまったそこは、俺を煽るように真っ赤にふやけていた。
____
「ん…っ」
優しくソファに転がし、手首を押さえつける。普段ごつい腕時計やアクセサリーで飾られている弟の腕は、泣きたくなるくらい頼りなくて、か弱かった。
「……愁斗のこと、壊しそう」
全身を桃色に火照らせた愁斗は、浅い呼吸のまま声を震わせた俺を見上げる。
「だから、言ったでしょ。おれ、ひでになら何されてもいいんだよ」
そう言って赤い鼻のままふにゃりと笑顔をみせた弟に、俺はどうしようもなく欲情した。
「壊して、おれのこと」
____
「しゅーと、」
「あ…ひでっ…もう……っ」
突く度に跳ねる細い体と、心地よい声。
今この瞬間が、世界1番幸せで、世界で1番不幸だった。
心の中で何度も何度も繰り返し謝っていた。
____神様、天罰なら僕に与えてください。
全てを包み込んでくれる弟の笑顔に甘えてしまう弱い僕に。
控え室の窓から漏れる街の光は、2人を隠すかのように、だけど確かにそこに存在すると天に教えるように、薄暗い光で照らしていた。