バチンッ。
「――なんだ……!?」
渡慶次は真っ暗になった廊下を見渡した。
ゲームの世界から抜け出した?
手探りで壁を触る。
違う。
まだ学校の中だ。
何が起こった……?
『!!!!! FEVER TIME !!!!!』
突然太い男の声が響き渡り、軽快な音楽が始まった。
『Fu~~~!!!!』
いつの間にか取り付けられた電飾で、廊下が7色に光る。
♪lifting up your skirt yourself
fuck yeah, I noticed it
snuggle you so hard and
reached your inside,and touch it♪
これは……。
パーティー。
誕生日パーティーだ。
やはり自分の予感は当たっていた。
「比嘉……やったのか……!!」
渡慶次は右手でガッツポーズを作った。
それならばこっちもどんどん進めなければいけない。
舞ちゃんの誕生日会には、観客が必要なのだから。
3階の最後の教室に【霊安室】の紙を貼ると、渡慶次は一気に西側の階段から下り始めた。
♪You denied me, but I can feel you
so fucking dripping wet♪
いつかどこかで聞いたことのあるようなポップスが流れ続けている。
きっとこの音楽で、知念も上間も一気に計画を進める。
時間がかかる自分が一番急がないと……!
「……っ!!」
2階と1階の間の踊り場。
その下に影が見える。
渡慶次は慌てて方向転換すると、2階に飛び出した。
幸い放送室の前には誰もいなかった。
しかし新垣が貼っていた【霊安室】の紙は剥がされている。
――ナイス。知念。
作戦通りだ。
足音を立てないように特別室に【霊安室】の紙を貼り、滑り込む。
スタン、スタン、スタン、スタン。
鳴り響くポップスの中でかろうじて聞こえる粒のそろった革靴の足音。
この音はピエロではない。
ハイヒールを履いている女教師でもない。
もちろん舞ちゃんでもない。
やはりドクター……?
渡慶次は耳を澄ませながら、その足音の行方に集中した。
まだ階段を上がっていく。3階に行くのか……?
3階の教室には全て【霊安室】の紙が貼られている。
つまりは廊下を通過したドクターはそのまま階段を下りてくる。
その前に1階の教室の全てに紙を貼って、ドクターを2階に追い詰める。
――ダッシュで行けば何とかなる……!
渡慶次は走り出した。
1階の教室という教室に【霊安室】のカードを貼っていく。
3階を素通りして、東側の階段を下りてくるだろうドクターが、2階に行くか1階に行くかはわからない。
そろそろ放送でティーチャーを呼び出してもいい頃ではあるが、知念は難航しているのだろうか。
1年6組に紙を貼りつけた渡慶次は、思わず口を開けた。
「しまった。忘れてた……」
目の前には、渡り廊下が続いていた。
ドクターが渡り廊下を通って、昇降口や体育館に行ってしまえば、大幅な時間のロス。
その間に他のキャラたちが放送室に集まってしまったら、そこに控えている知念やピエロを連れてくる予定の上間が危ない。
――こっちに行かせてはいけない。でもどうする……!
渡慶次は七色の電球に照らされた廊下を見回した。
「……あ」
そこには、防火シャッターのスイッチがあった。
◆◆◆◆
『!!!!! FEVER TIME !!!!!』
突然暗くなったと思ったら、太い男の声が響き渡った。
「……なに……!?」
上間は飛び上がるほど驚きながら、東側の階段を見回した。
先程までは非常灯の暗い灯りしかなかったのに七色の電球が取り付けられ、ピカピカとクリスマスイルミネーションのように転倒している。
『Fu~~~!!!!』
――これがもしかして、渡慶次くんが言ってた誕生日パーティー?
きっとそうだ。そうに違いない。
上間は小さな拳を握りしめた。
それならば自分もすぐに行動に出なければいけない。
渡慶次がドクターを追い詰め、知念が放送でティーチャーを呼び出すまでに、早く……!
上間は階段から飛び出すと、2階の廊下に立った。
「ピエロさんっ!!」
大声で叫ぶ。
電飾とよく似合うピエロが、光の中で振り返る。
「風船がほしいなっ!」
『…………』
振り返ったピエロは足を止めた。
――今だ……!
上間は走りながらバケツを両手で持つと、走り出した。
「ああああああっ!!!」
声を上げながら自分を奮い立たせる。
ここで怖気づいてはダメだ。
帰る。
帰るんだ、元の世界に!
そして――
『……上間……』
――アイツとのことも、ちゃんとやり直すんだ。
人は、変わってしまう。
――誰かのせいで。
でも人は、変わることができる。
――誰かのおかげで。
渡慶次だって、変えて見せる。
だって。
だってアイツは、
本当は、
人の痛みがわかる人間だから……!!
「ああああああっ!!」
上間はピエロの顔に思い切り水をぶっかけた。
『…………』
ピエロが両手で顔を抑え込む。
ふらついた体から、いくつもの鉄球が重い音を立てて零れる。
『……ああ。メイクが落ちてしまったジャナイカ』
黒い涙を作っているアイライン。
真っ赤に滲んだ唇。
ドロドロに落ちたファンデーション。
ピエロは座り込んだ。
『もう……何するんダヨ』
そしてポケットからメイク道具を取り出した。
――今だ。
「ピエロさん……ごめんなさい。私ったらついうっかりして」
上間はピエロの隣に恐る恐るしゃがみ込んだ。
「もしよかったら、コレ、使って?」
上間の掌には、ファンデーションと赤いリップ、そして水色のアイシャドーが乗っていた。
◆◆◆◆
『!!!!! FEVER TIME !!!!!』
いつの間にか取り付けられた電飾で、放送室が七色に光った。
♪lifting up your skirt yourself
fuck yeah, I noticed it
snuggle you so hard and
reached your inside,and touch it
You denied me, but I can feel you
so fucking dripping wet♪
その軽快な音楽を聴きながら、皆が何事かとキョロキョロと見回す。
「へえ、驚いた。こんなシークレットイベントが合ったんだね。知らなかったな」
全く驚いているそぶりを見せない新垣は、椅子の上で足を組んだまま、大城に押さえつけられている知念を見下ろした。
「発動条件はなに?」
「――ゾンビの全滅」
知念は新垣を見上げながら言った。
「ふうん。なるほど」
新垣が笑う。
「確かに次々と増殖していくゾンビを全滅させるのって大変だもんね。しかも全滅させてもすぐにどこかに湧くしさ」
そう言いながら首を回している。
「あれ?ってことは時間ないんじゃない?どこかでまたゾンビが湧く前になんかしないといけないんでしょ?」
彼はニヤニヤと笑った。
「残り奴らは?クリアに向かってそれぞれ役割分担でも決めたの?」
どんどん言い当ててくる。
知念は無表情で新垣を見つめ続けた。
「じゃあ、知念の役割は何?まあここに来たってことは大体わかるけど」
新垣は知念をのぞき込む。
「ティーチャーの呼び出し、だよね?」
そう言いながら、脇にある放送用の卓上マイクとこんこんと指でつつく。
「どこに集めるの?ねえ?」
そう言いながら新垣は知念の髪の毛を掴み上げた。
「……ううッ」
大城に押さえつけられた体は動かない。
頭だけ引き上げられて、首に激痛が走る。
知念は新垣を睨み上げた。
「――教えてあげようか?」
「うん?」
「ここ」
知念がそう言った瞬間、新垣の拳が左頬に飛んできた。
「……ウガッ……!!」
身体を押さえつけられているために逃げ場のない衝撃が顎全体に伝わる。
「させるかよ、バーカ」
新垣はそう言いながら今度は知念の頭を上から踏み込んだ。
「ちょっと!暴力はやめてよ!」
前園が新垣の腕を掴むが、
「うるさい。離せ」
新垣は冷たく振り払った。
「………っ!」
前園は新垣を睨み上げた。
――あれ?
鼻血を出しながら、知念は前園を横目で見つめた。
――この人って、渡慶次を好きだったんじゃなかったっけ?
なんで……今、こんなに傷ついた顔をしてるんだろう。
――ああ、そうか。なるほどね。
知念は新垣と前園を見比べたあと、ペッと口の中にたまった血を吐いた。
「キミさ、馬鹿なの?」
話すたびに切れた口の端が傷む。
それでも知念は笑った。
「俺が渡慶次に協力なんてするわけないじゃん」
「はあ?」
新垣は知念を見下ろした。
「あいつを嵌めたんだよ。今頃ドクターと鉢合わせして、殺されてるんじゃない?」
「……自ら鉢合わせする馬鹿がいるわけないだろ」
新垣が目を細める。
「それが鉢合わせるんだな。あいつに呪いをかけたから」
知念はフフフと笑った。
「カラーカードっていうのがあってさ。それを見たらドクターは治療せずにいられないんだ」
「……」
「彼にそれをお守りと称して持たせてやった。黒は一番重傷者の色だから。ドクターは何よりも優先して治療するはずだよ」
新垣は黙った。
知念の話の真偽を考えているのだろう。
しかし彼が信じる信じないは関係ない。
重要なのは――
「――――」
知念は黙ってこちらの話を聞いている彼女を視界の端で確認した。
――前園だ。
「今からこの部屋に舞ちゃんが来るよ」
知念の言葉に、新垣は目を見開いた。
「舞ちゃんって?」
遠巻きで見ていた3嶺が互いの顔を見合わせる。
「このゲームで最恐最悪の敵キャラ。触った人間を人形に変えて殺す女の子だよ」
知念の言葉に、前園を含めた女子が震えあがる。
「舞ちゃんの苦手なキャラは、知ってるよね」
知念は新垣を見つめた。
「ティーチャー……」
「そ。ティーチャーを一時的に呼んで、舞ちゃんを遠ざけた方がよくない?」
「…………」
「じゃないと新垣、死ぬよ?」
その言葉に前園がビクリと反応する。
「なんで俺なんだよ。俺は舞ちゃんの攻略法も知ってるぜ?」
新垣が顔を引きつらせる。
「実は、このドールズ☆ナイトは俺の親父が作ったゲームなんだ」
知念は新垣を見ながら、前園に向かっていった。
「舞ちゃんは8歳で死んだ俺の姉だよ」
「な……!適当なこと言うなよ……!」
新垣もこれには動揺を隠せないらしく、イスから立ち上がった。
「本当だよ。だから舞ちゃんは、俺の言うことは聞く。今この状況で、俺を殴った新垣を、きっと許さないだろうね」
知念はクククと笑った。
「――騙されるかよ……!」
新垣が叫ぶ。
「ティーチャー、呼んどいたほうがいいのに。馬鹿だね、君は」
知念は視線を新垣から外した。
「あの世で後悔しなよ」
その瞬間、視界の端で彼女が動いた。
「――あ、おい!」
新垣が振り返った時にはすでに前園は卓上マイクを握っていた。
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