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母は現在、スーパーの店員として働いている。仕事の内容は主にレジと陳列係。二つのことをしていて、かなり慌ただしい仕事だ。
レジは接客業で、お客様に笑顔で対応しないといけないし、クレーマーにも対応しなければいけない。また陳列は正しい場所に商品を並べて、無くなりそうな商品をメモしなければいけない。
しかし母親はお客様の笑顔と達成感が得られることを生きがいにしており、仕事は充実しているらしい。
「ただいま!」
母は玄関の戸を開けて、閉めた。いつものように明るい声で言ったのだが、誰の声もしない。あたりは静かで、この家にはあたかも誰もいなかったような静寂が訪れる。
「優斗!真央!トミさん!いるんでしょ?」
靴を脱いで、真っ暗な廊下を歩く。木の軋む音だけが響いた。一番近くの襖を開けると、優斗が座っている。自分のカバンから取り出したと思われるワークの問題を解いていた。しかも薄暗い中で。
母は鼻息を荒くして、蛍光灯の明かりをつける。そこにはずっとニコニコと微笑む優斗がいた。薄気味悪い笑顔だ。母は怖くなって一歩後ろに歩みを進めたが、実の息子のことだ。何か嬉しいことがあったに違いない。
「優斗、いるなら返事しなさいよ。今日、なんか嬉しかったことでもあったの?」
「……」
優斗は無言を貫く。まるで聞こえていないかのように。
段々と怖くなってきた母は、足がガタガタと震えてきた。冷や汗を掻いてしまう。でも高校生は一人でいたい時もあるのだろうからと言い聞かせたら、落ち着いてきた。何か悩み事でもあるのだろうか。
「何かあったの?お母さんに話してみなさいよ」
「別に……何もないよ」
「そ、そう……?」
しかしずっとニコニコとした表情で、ワークの問題を解いていた。恐怖を感じて真っ青な顔をした母は、そのまま廊下に急いで出た。
あれは本当の息子じゃない!!そう確信した。産まれた時からずっと一緒にいるので、体臭が違うのだって明らか。
彼が悩み事を抱えた場合、話をしたがるか、もしくは頭を掻いたりして誤魔化す。今回はそれがない。
ましてや息子は勉強なんか大嫌い。ずっと笑顔なのはなぜだろうか。不気味で、気持ち悪い……。本当の息子はどこへ行ったのだろうか?
ただそうは言っていられないので、台所でご飯を作ることにした。流石に飢えさせるわけにはいかない。
今日はたまたま早く帰って来られた。仕事が思ったより少なかったからだ。そういう時は自分が作ることになっている。遅いとトミさんという婆さんが代わりに作る。
野菜を洗って切り、鍋に入れて醤油風味の味付けをした。鍋の蓋をしてグツグツ煮込んでいる間に、もうすでに切られている魚をコンロに入れて焼く。
その間、優斗に妹の真央がいなくなったことに言及することにした。襖越しに。
「真央はどこへいったか知らない」
「知らない」
「トミさんは?」
「知らない」
「そう!分かったわよ。警察に相談して、捜査願い出すわね」
「捜査願い?なにそれ?知らないな」
「二人が行方不明なのよ!探さなきゃ!」
ふざけて答えてくる様に怒りを感じた母は、怒鳴り散らした。我慢できず襖を開けたが、そこには誰もいなかった。灯りがつけっぱなしになっている。
「優斗?どこへ行ったの?」
「僕ならここだよ」
地獄から響くような低い声が近くから聞こえて、そちらに視線を合わせた。
「ひっ!」
母の近くにいつの間にか立っていた。この襖の奥から聞こえてきたはずなのに、なぜここにいるのだろうか。分からない。化け物……?
「あ、あなたは誰なの!?優斗を返して」
「何を言ってるの?僕は優斗だよ」
「でも……ずっと笑顔だし……」
「……」
優斗と思われる化け物は、笑顔のまま無言を貫いた。それに少し恐怖を感じた母は、一歩ずつ下がる。その後ろは玄関になっていて、もう進む道がない。彼もこちらに迫ってくる。ギシギシと床が軋む音を立てながら。母は一人冷や汗を掻く。
「あ、あなたでしょ!真央とトミさんを盗……」
そう言いかけた瞬間、少年の目が猫の目のように黄色く光り、身体全体から黒いオーラを放ってきた。その瞳を見た母の茶色の瞳も黄色く光る。そして黒いオーラを消して黄色い瞳が黒に戻ると、彼女は何事もなかったように台所へ向かう。
「ふふ、今日は優斗の好きなポトフよ」
母の顔から恐怖は無くなり、いつもの優しげな表情に戻った。
「本当?ありがとう!」
「勉強、頑張りなさいよ」
「うん!頑張るよ!ところで……」
一瞬表情を無くしてから、まだ笑顔に戻る。少し間を置いて、母の背中に問いかける。
「僕って一人っ子だよね?」
「ええ、そうよ。私と父の直樹と、優斗の三人よ」
「だよね、僕母さんのこと大好きだよ。食べちゃいたいくらい」
その言葉を聞いて、母はクスクス笑う。
「私なんか食べられないわよ」
「……」
優斗はずっと微笑んでいるだけ。それ以上、何も言わなかった。影がうっすらと彼の顔にかかる。
優斗が勉強をしている最中に、魚が焼き終わったようだ。コンロから三人分の魚を取り出した。よく焼けている。その頃、ちょうど扉が開き父が帰ってきた。
「夕飯か、うまそうだな……ところで、優斗しかいないのか?真央とトミさんは?」
「あら、優斗が唯一の息子よ。忘れたの?」
「えっ……そんなわけ……」
次の瞬間、父は黒いオーラに包まれた。海の中で溺れている時のように息苦しげにもがいていたが、やっと落ち着く。
そして、母の言っていたことに頷いた。
「そうだな、優斗が俺らの唯一息子さ」
こうして二人は行方不明の妹と婆さんを忘れ、平和に暮らし始めた。