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次の日、上間は宣言通り、水泳部のバスに乗って、1週間の遠征に行ってしまった。
『合宿所についた』
そうLAINが来たのは、放課後になってからだった。
『頑張れよ』
送ると、
『あんだけ無茶させといて、よく言うw』
という返事と、怒りのスタンプが送られてきた。
「なーにニヤついてんの?」
学生鞄を持った新垣が、渡慶次の前の席に座った。
「何でもないよ」
渡慶次は慌てて机の上に散らばった5時間目の教科書を鞄に突っ込んだ。
「今から俺たちカラオケ行くけど、雅斗も行かない?
「…………」
新垣の向こう側には、どうみても渡慶次を歓迎していない様子のクラスメイトたちがこちらを見ている。
――この世界線の新垣は、どうして俺に執着するんだろう……。
他意なく渡慶次を誘ってくる新垣を見上げた。
渡慶次が生きてきたクラスでは、自分で言うのもなんだが渡慶次が全てだった。
渡慶次の横に並べば1軍確定だったし、渡慶次に嫌われればジエンドだった。
だからこそ他の男子生徒たちも寄ってきていたし、そんな渡慶次だからこそ女子にもモテた。
しかしこの世界線の自分は、モテるどころか女子には蔑まれ、男子には馬鹿にされ、とても付き合うメリットがあるようには思えない。
『本当は、お前のことなんて大嫌いだったよ……!』
新垣はハッキリとそう言った。
それなのにこの世界の彼はどうだ。
なぜ自分と一緒にいてくれる?
なぜ自分を誘ってくれる?
「えっと……。今日はいいや。歌とか好きじゃないし」
渡慶次が答えると、クラスメイト達はホッとしたようだった。
「――そっか。まあみんなと遊ぶきっかけにでもなればと思ったんだけど」
新垣は少し寂しそうに笑うと、滑り落ちてきた学生鞄を肩に背負い直した。
「じゃ、明日また学校で」
「ああ」
渡慶次が頷くと、彼はクラスメイト達と教室を出て行った。
◇◇◇◇
――きっかけ……か。
渡慶次は校門を出ると、晴天だった昨日とは打って変わって雲行きの怪しくなってきた空を睨みながら歩き始めた。
億千万のきっかけの上に今日の自分がある。
24人がこの世から欠けたこの世界線では、
自分がカーストの頂点に上がるきっかけがなかった。
そして新垣に嫌われるきっかけもなかった。
それだけだ。
新垣はクラスメイトとうまくやりながらも、渡慶次とも仲良くしてくれる。
知念は地味ながらも、プライベートまで共にする友達がいる。
前園も叶わぬ恋に努力をすることもないし、
大城も誰にも気兼ねなく早弁ができる。
――なんだこれ。全員勝ち組じゃん……!
そのとき、
ピロン。
スマートフォンの通知音が鳴った。
『授業終わった?』
上間からだった。
『もう会いたくなっちゃった』
そのLAINとともに、水着姿の上間の写真が送られてくる。
「――ふっ」
渡慶次は微笑んだ。
返信するのは家に着いてからにしようと画面を閉じかけた時、
ディスプレイが真っ黒になった。
「――え」
画面をタップする。
すると、その黒い画面の真ん中に赤い文字が浮き上がった。
「……は?」
黒い画面の余白に、目を見開いた自分の顔が写る。
「戻る」ボタンを押しても、電源ボタンを押しても変わらない。
NOを選択しようにも、YESともNOとも画面には選択肢が浮かび上がってこない。
「……しねーよ!」
渡慶次は画面に叫んだ。
「しねーに決まってんだろ……!!」
「うるせーよ」
「!?」
「猫が逃げんだろうが」
振り返るとそこには、路地にしゃがみ込んだ比嘉が睨んでいた。
「比嘉……!」
渡慶次は思わず後退った。
「ああ?てめえ……何で俺の名前を知ってやがる」
比嘉は質問した癖に興味はないらしく、視線を下に戻した。
そこには比嘉の大きな手にまとわりつくように甘える、小さな子猫がいた。
「――――」
――通り過ぎるのが正解だ。
元の世界では渡慶次と比嘉は相性が悪かった。
何かきっかけがあったわけでもない。
ただ、自然とそうだった。
彼と接点を持っても、何もいいことはない。
「――――」
しかしなぜだろう。
渡慶次は、俯いた黒髪の彼から目が離せなかった。
いつも脇にいた照屋の姿はない。
いつも隣で笑っていた玉城もいない。
そして――
登下校も昼休みも授業中でさえ、ニヤニヤと笑っていた比嘉の笑顔は、
そこにはなかった。
「――猫、好きなの?」
気が付くと渡慶次は、比嘉の隣にしゃがみ込んでいた。