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「……好きじゃねーけど。公園でたまたま拾っただけ」
比嘉はその割には猫の気持ちいいところを抑えているようで、顎から頬にかけて揉みしだくように撫でながら言った。
「ふうん。そっか」
渡慶次が手を翳すと、気づいた猫は渡慶次の手にも尻尾を巻きつけてご機嫌を取った。
「……渡慶次だろ。3組の」
比嘉が低い声で言った。
「――――」
驚いて顔を上げた。
「――なんで俺のこと知ってるの?」
元の世界とは違い、自分はだいぶ地味な人間であるはずだ。
クラスも違う不良に顔と名前を憶えられている所以がわからない。
「マフラー……」
比嘉は、渡慶次が巻いているマフラーを指さして言った。
「bluelistのだろ」
近年20代の男子学生に人気が高いファッションブランドの名前を口にしながら、比嘉がパーカーの襟元で口を隠す。
「ずっとかっけーって思ってたから。お前のファッションとか、髪型とか、スニーカーとか」
「……!?」
渡慶次はあまりの衝撃に比嘉を振り返り、
「ふっ……」
そして吹き出した。
「な……なんだよ?」
比嘉がいぶかし気にこちらを睨む。
「いや。ギャップ萌えだな、って思って」
「……はあ?意味わかんね」
比嘉が少し恥ずかしそうに口をとがらせる。
「いいだろ別に。オシャレなやつだなーって、ずっと気になってたんだよ」
「…………」
自分と比嘉は、相性が悪いのだと思っていた。
何かきっかけがあったわけでもなく、
ただ、自然と馬が合わないのだと思い込んでいた。
しかし、こんなふうに彼と普通に話せる道もあったのだ。
もしかしたら、玉城に向けた笑顔は、
並んで帰っていた照屋のポジションは、
自分でもあり得たのだ。
何かきっかけさえあれば――。
「とぼけんのもいい加減にしろよ!!」
そのとき、男の怒号が聞こえてきた。
「……?」
「………」
渡慶次と比嘉は見つめ合った。
そして声が聞こえてきた路地の向こう側へと視線を走らせた。
「お前が知らねーわけねえだろ!息子のくせに!」
角を曲がると、そこには体の大きな男子生徒がブロック塀を囲んでいた。
いや、違う。
塀に押し付けられるようにして誰かいる。
「そんなにとぼけるなら証拠をみせてやるよ」
上級生だろうか。渡慶次たちと同じ制服を着ている大きな男が、スマートフォンを取り出す。
「ほらこれ。俺のをしゃぶってるの、お前の母ちゃんだろ?」
硬直した渡慶次とは対照的に、隣にいた比嘉がピクリと動いた。
「なーそうだろ?ほら。ほら!ほら!!」
男が画面をスライドさせながら声を荒げる。
「お前の母ちゃん、若いなあ!?ちゃんと勃っちゃったよ、俺!」
男が叫ぶように言うと、周りの男が馬鹿にするように笑った。
――ああ。そうか。
世界線が変わっても、こいつの運命は変わらなかったんだな。
誰といても、誰がいなくても、こいつはこういう運命を歩むことになっていた。
それは誰にも抗えなかった。
――そうだろ。知念。
渡慶次はデカい男たちの間から見える青ざめた知念を見つめた。
「なに、目を反らしてんだよ。ほら見ろって。こんなでけー子供がいるなんて思えない魅惑的なおっぱい!」
画面を見せた男が笑い、両端で閉じ込めるように塀に手をついている男たちが、顔を背けようとひている知念の白い頬をつねる。
「……だから何ですか。先輩たちに何か迷惑をかけましたか。嫌だったなら断ればよかったでしょう」
知念はその手を払いながら男を睨み上げた。
「んだ、その態度」
男の声色が変わる。
「とぼけたあとは開き直りかよ。さすがソープ嬢の息子は肝っ玉が違うなぁ?」
男たちがまた笑う。
「よーし。それならこれを見てもまだ正気でいられるかなー?」
男は画面に指をスライドさせると、さらにそれを知念に翳した。
「ほら。本番禁止って言われたけど無理矢理抑え込んでヤッちゃったよ」
知念の大きな目が見開かれる。
「気持ちよかったぜぇ?お前の母ちゃんのマン―――」
その瞬間、男は2m後方に吹っ飛んだ。
「……比嘉……!」
今まで渡慶次の隣にいたはずの比嘉は、スマートフォンを翳していた一番背の高い男の腹を蹴り倒していた。
「なんだ、てめえ!!」
比嘉は知念の両サイドにいた男の胸倉を掴み上げると、そのまま側頭部をぶつけ合わせ、2人はその場に崩れ落ちた。
「このガキっ!」
「殺すぞ!」
少し離れていたところで笑っていた男たちが、比嘉に覆い被さる。
その影でどんな攻撃をしたかはわからない。
しかし次の瞬間、男たちは仰け反るようにバタバタと倒れた。
「……すげえ」
何かあれば、玉城が一歩前に出た。
誰かくれば、照屋が先に手を出した。
だからわからなかった。
比嘉はここまで強かったのか――。
「おいてめえ……」
知念の脇にいた男がムクリと立ち上がると、比嘉ではなく知念の首根っこを掴んだ。
「こいつがどうなってもいいのか?」
その手には黄色いカッターが握られていた。
「……チッ」
比嘉が動きを止める。
倒れたはずの男たちが、フラフラと起き上がる。
――だめだ。これじゃあ……
「う……うわああああああ!!!」
渡慶次は叫んだ。
「!?」
皆が振り返る中、渡慶次は猛突進すると、知念にナイフを翳していた男に突っこみ、ブロック塀に激突させた。
「知念!行くぞ!」
その細い腕を掴んだ。
「え?誰?」
「早くっ!」
渡慶次は走り出した。
背後ではまだ比嘉が繰り出すパンチだかキックだかの音が聞こえていた。
なぜ自分は、知念を連れて走っているのだろう。
なぜ自分は、比嘉を助けたのだろう。
こいつらに関わらないほうが、絶対にいいのに……!
渡慶次は、夕日に照らされながら、ただ走り続けた。