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「……海老原 恵那です。よろしく」
長く厳しい残暑も終わり、朝晩が少しずつ肌寒くなり始めた十月の初め、とある田舎町にある高校に、都会から一人の少女が転校して来た。
茶色混じりのウェーブががった長い髪、長い睫毛とパッチリ二重の目鼻立ちが整った小さい顔、肌は白く、華奢でスタイルの良いモデル体型。
身長も低めで、どこか儚げ。男子からすれば、守ってあげたくなるような美人より可愛いが似合う彼女の名前は恵那。
実は恵那は『えなりん』の愛称で親しまれていた【CANDY POP】というアイドルグループのセンターを務めていて、デビュー当時から注目されていた人気アイドルだ。
メディアで観る彼女は笑顔が可愛く、明るく元気……という印象なのだが、担任の隣で立っている彼女は覇気が無く、笑顔すら窺えない。
これにはクラスメイトたちも皆困惑気味だった。
「ねぇねぇ、何かさ、思ってたのと違くない?」
「うん、ホントに!」
「あれが本性? それとも、私たちみたいな田舎の人間とは仲良くなれない、的な?」
「ねー。何か、感じ悪いよね」
朝のHRが終わり担任が教室から出て行くや否や、周りの生徒たちはヒソヒソと恵那について話を始めた。
窓際の一番後ろの席を割り当てられた恵那はそんな周りの様子を気にする事も無く、机に肘をついて、ボーッと窓の外を眺めていたのだけれど、そんなすました態度が周りの反感を買ってしまったようだ。
そんな中、
「ねぇねぇ、えなりん」
「今日の放課後、俺らが町案内してあげるよ」
「つーか、困った事があったら何でも言ってよ」
好奇心からか、クラスの男子生徒数人が恵那の席を取り囲むと、口々に声を掛けていく。
明らかに好奇心と下心見え見えの男子たちに嫌気が差した恵那は、
「……そういうの、必要無いから。それと、名前で呼ぶのは構わないけど、『えなりん』っていうのは止めて。私は今は、アイドルでも何でもないし、その呼び方は嫌いなの」
冷ややか瞳で男子生徒たちを見つめながら、素っ気なく言い放った。
これには近寄っていた男子たちも面白く無かったようで、
「そうかよ」
「何かガッカリだな。テレビで観るのと全然違うし」
「アイドルの時はぶりっ子かよ」
「つまんねぇの」
文句を垂れながら恵那の元から去って行き、それを見ていた他のクラスメイトたちは、
「えー、何か性格悪い」
「ネットに書き込んじゃおうかな」
「いや、休養中だし、グループも解散間近でもう落ち目だし、必要無くない?」
「それもそうだな」
聞こえるように悪意のある言葉を並べたてて噂をしていた。
(何よ、何も知らないくせに……)
周りの噂話には、うんざりしていた恵那。
けれどこんなの、今に始まった事では無い。
転校前に居た学校でも、アイドル活動をしていても、グループ内でも、常に付きまとっていた事。
可愛いと持て囃し、勝手に理想像を作り上げては、それが少しでも崩れると悪意のある言葉を投げつけてくる。
同じくアイドルをやっている人たちからは、調子に乗っていると罵られ、挙げ句の果てには裏で枕営業をしているだの、酷い噂を散々立て続けられていた。
(……えなりん、なんて呼んで勝手にチヤホヤしてたのは、アンタらみたいなヤツらのせいじゃん……)
アイドルとしての【海老原 恵那】は、愛嬌があって笑顔が可愛い天使のような女の子。
けれど、それは全てファンたちの理想が作り上げた偽物の恵那。
実際の【海老原 恵那】は、毒舌で冷めていて理由も無く笑顔を振りまいたりはしない。
(ホント、馬鹿みたい)
結局どこへ行っても『芸能人』、『アイドル』としての自分が付き纏ってくると再確認した恵那は、周りのくだらない声をシャットダウンする為に、イヤホンを取り出して音楽を聴き始めていた。