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人間が出しうる声の範囲はおよそ4オクターブに渡る。
しかし個人においてはその中の2オクターブ程度に区切られ、その声域によってパートが分けられる。
子供の声は一般的に大人よりも高く音域も狭い。成長と共に低音の音域が広がっていく。
四部合唱の場合は、
女性の高声であり一番高いパートのソプラノ、
次に女性の低声であるアルト、
男性の高声であるテノール、
男性の低音であるバスと続く。
久次は、瑞野をグランドピアノの前に立たせ、中嶋と交代した。
「ピアノで弾いた音を、アーで出してみろ」
皆が舞台から注目している。
瑞野は照れくさそうにこちらを睨んだ。
……さ…。
初めはどこからいこう。
試しにC3。
それから白鍵だけで下に4つ下がったファがF2。この音が楽に出ればバスだが、彼の場合はおそらくない。
テノールの音域。
C3から1つ下がったB2から始めるか。
鍵盤を弾く。
瑞野が嫌々そうに目を細めながら声を出す。
やはりきつそうだ。
一気にキーを5個上げてみる。G3。ソの音だ。
「――――♪」
このくらいになると、だいぶ楽そうだ。
さらに5つD4。高いレだ。
「――――♪」
うん。出るな。やはりテノールだ。
久次は軽く頷いた。
――いや、待てよ。
試しに……。
C5。
一気に2オクターブ上げてみる。
「――――♪」
「え……」皆が口を開く。
おお、出るか。
女子でもアルトの子は出ないキーを楽そうに出した彼に、皆が目を見開く。
徐々に上げていく。
C5、D5………
「~~~~♪」
E5……。
「~~~♪」
「……驚いた。ソプラノばりの高音だ……」
久次は真っ赤な顔をしている瑞野を見下ろした。
もちろん地声ではない。
彼の中で意識はしていないだろうが裏声になっている。
それでも男の裏声は、ここまで高い音は出ない。
普通なら……。
「一応確認するんだけど、お前、声変わりは終わってるんだよな?」
言うと彼は、
「失礼な!小学生でとっくに終わってるよ!」
かつてのヨーロッパでは教会内で女性が歌うことは禁じられていたため、男性が声変わりする前に去勢し、ボーイソプラノの声域を守る風習があった。
しかし……。
「去勢なんか……してないよな?」
「はぁ?!馬鹿なの!?」
今度こそ瑞野は顔を真っ赤にして怒った。
皆が笑いながら、それでも奨励の拍手をする。
なぜ拍手されているかがまだわかっていない瑞野は、頭を掻きながら居心地悪そうにしている。
久次が本格的に声楽に携わって10年。
ソプラノに相当する高音域を歌える男性、
カウンターテナーに出会うのは、初めてだった。