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ダイクウの本社までは、車ではなくタクシーで向かった。
そうでないと今にも火を吐きそうなくらい怒り狂っている自分は、何かとんでもない事故を起こしてしまいそうだった。
照明玄関から入ると、ショールームの受付の女性が少し怪訝な顔をした。
「開発部の坪沼課長をお願いできますか」
「…………」
千晶はバッグに入れて持ち帰るはずだった白衣を身に着けていた。
「入院中のご親戚のことで、急ぎご相談したいことがあるので」
言うと、受付の女性は大慌てで受話器を持ち上げた。
◇◇◇◇◇
わけもわからず小走りに出てきた坪沼は、千晶の顔を見ると、余計に眉間に皺を寄せた。
「ええと、どこかでお会いしたことがありましたっけ?親戚と言うのは、誰のことですか?」
その顔を見て、いつか由樹が「中学校の体育の先生に似ている」といった言葉を思い出す。
なるほど。
ゴリラ、そのものだ。
千晶はその大柄な男を見上げた。
身長はゆうに180センチはあるだろうか。体重も80キロ以上はありそうだ。
(こんな野獣みたいな男が……由樹を……)
千晶は坪沼に、多くの医者がするように、申し訳なさそうな笑顔を作った。
「ひどい怪我と精神的苦痛を受けて、今、うちに入院している彼の件でお話がありまして」
言うと、坪沼はますます首を捻りながら、千晶を見下ろした。
受付嬢も心配そうにこちらをちらちらと見ている。
「あの、僕は、坪沼ですけど……?」
「はい。存じてます。開発部の坪沼課長ですよね」
千晶は彼を睨み上げた。
「新谷由樹君の上司の……上司で合ってます?」
「…………」
坪沼の額の皺が大きく上下した。
そして体と顔の大きさにしては小さく素朴な目が、千晶を睨み落とした。
「……新谷君は今、非常に危険な状態です」
千晶は淡々と話した。
「つきましては、坪沼さんに内密にお話ししたいことがありまして」
金銭の強要とでも思ったのだろうか。坪沼は眉間に皺をよせ、汚いものを見るかのような目で千晶を見下ろした後、仕方なく、155センチしかない千晶の口に耳を寄せるべく、屈んだ。
「……二度と」
千晶はその小さな拳を握った。
「二度と、由樹に近づくな!!」
思い切り振り絞ると、それを大きな顔面の鼻先めがけて突き出した。
「………!」
気が付くと千晶は後ろから衝撃を受け、バランスを失って前に倒れていた。
フロアタイルに手を付き、驚いて振り返ると、そこにはパーカー姿の由樹が、肩で息をしながら、千晶を抱きしめていた。
「……千晶……!千晶!!」
昨日まではなかった瞳に力が戻っていた。
「こんなこと、しなくていいんだよ…!俺なんか別に……!」
「……何よそれ」
千晶はその手を振りほどくと、由樹の両肩を掴んだ。
「あんたがよくても、私が嫌なの!!」
「………………」
由樹の大きな目が、千晶の両目の間を揺れる。
「…………」
坪沼は二人を交互に見下ろした後、ふんと鼻を鳴らして、奥のドアに消えていった。
『………ダイクウの空気清浄機は、フィルターの掃除の必要がありません。本体背面にたまった埃をパワーブラシで自動でかき取ってくれます。あなたは、ダストボックスの中身を捨てるだけです』
ショールームには明るいテープの音が流れている。
「……由樹」
千晶は起き上がらないまま、座り込んだままの由樹の顔を両手で包み込んだ。
「私……あなたが、好きよ」
由樹は涙をたくさん貯めた顔で、小さく、しかし何度も頷いた。
「……俺も。俺もだよ。千晶………」
2人はショールームの真ん中で抱き合った。
18台もの空気清浄機が稼働する中、千晶は由樹の首筋に鼻を押し付けながら、その温かい匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。