____カオリ(ゾンビ)がケンカしてて、俺は二人になんか言って、倒れた……というか、寝たんだっけか?
うーん、記憶が断片的にしか思い出せないな。まあ、無理に思い出そうとしても無駄だな。それよりも今は……。
俺はゆっくりと目を開けて、現在地を特定しようとした。しかし、それはできなかった。俺の目の前が真っ暗だったからだ。
なるほど、あいつは俺が気絶したと認識したんだな。俺がそう解釈《かいしゃく》すると、声が聞こえた。
「久しぶりね、ナオト」
俺は近くにいるであろう、その存在に返事をした。
「お前こそ、久しぶりだな。サナエ」
どこを見ても真っ暗なため、ここで彼女を目視するのは難しい。だが、なんとなく近くにいるということは分かる。
サナエは、ここ『|暗黒楽園《ダークネスパラダイス》』の主《ぬし》である。普通なら、俺が寝る以外で意識を失った時に、ここに来る。初めてここに来たのはミノリ(吸血鬼)がうちに来た時だったかな?
でもあの時は……って、そんなことを思い出している場合じゃないな、うん。さて、久々にサナエと話でもするか。
「なあ、サナエ。俺って今どんな状態なんだ?」
パチン! と指を鳴らす音が聞こえた後《あと》、俺は、いつのまにか大きな図書館の木の椅子《いす》に座っていた。
「ここって、一度だけ来たよな?」
「よく覚えていたわね。そう、ここは|脳内図書館《マイルーム》。ありとあらゆる情報が集まっているすごい場所。でもまあ、この世の運命をも揺るがすほどの情報は私の権限がないと本を手に取ることさえ無理なんだけどね」
「やっぱりすごいな、お前は。で? お前は、今はどこにいるんだ?」
「あなたの膝《ひざ》の上よ」
「えっ?」
俺が自分の膝《ひざ》の上を見ると、そこにはこちらを見つめる一匹の黒猫さんがいた。
「……か」
「……か?」
「かわいいよおおおおおおお!」
「ふにゃ!?」
俺は、紅《あか》い瞳《ひとみ》の黒猫さんが抵抗しても、もふもふするのをやめられずにいた。ああ、なんという感触! これほどまでに心地よい気分になるのは何年ぶりかあああああ!!
黒猫さんが俺に『連続ネコパンチ』をしようとした時、俺は自《みずか》らの体の全システムをシャットダウンさせて、その攻撃を受けようとした。
しかし、その前に攻撃をくらってしまったため、計画は失敗に終わった。だが、それでもサナエ(黒猫形態)の肉球は最高だった!!!
「今度から犬の姿で登場しようかしら?」
「す、すみませんでした。体が勝手に反応して」
「冗談《じょうだん》よ。それより、今のあなたの状況が知りたいのよね?」
「ん? ああ、そうだったな。すっかり忘れてた」
「自分のことでしょう? しっかりしなさい」
「は、はい」
「……まったく、そういうところは昔と変わらないんだから」
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもないわ。それじゃあ、早速始めましょうか。右手を出して」
「ワン!」
俺はそう言いながら、サナエ(黒猫形態)の頭に右手を乗せた。
「お手じゃないわよ」
「はっ! す、すまない。つい、昔のクセが」
「そういうのが好きなの?」
「いや、これには色々と訳がありまして……」
「話が進まないから、また今度ね」
「……すみません」
「ほら、右手を出して」
「手の甲が上でいいのか?」
「ええ、それでいいわよ」
「……どうぞ」
俺が、右手を差し出すと。
「カプッ!!」
案の定、噛み付かれた。痛かったが、少し気持ちよかった。いかんな、久しぶりに本物のネコに会ったから、俺ちょっとおかしいわ。
「……なるほどね」
俺がそんなことを考えているうちに、サナエ(黒猫形態)は何かに気づいたようだ。
「何か分かったのか? サナエ」
サナエは、真剣な表情で。
「……はっきり言うと、このままだとあなたの残りの命はせいぜいもって……一週間よ」
「……えっ?」
____余命……一週間。それは、俺の肉体と精神に大ダメージを与えた。そ、そんな! うそ……だろ? まだ、あいつらとしてないことがたくさんあるのに!
なぜだ? 俺がこの世界に来てから大変なこともあったけど、それでも自分に出来る精一杯のことをして来た俺が……。いったい、どうすればいいんだ!
頭を抱《かか》えて葛藤《かっとう》する俺を、サナエ(黒猫形態)は。
「あなたが自分より他人を優先してきた結果よ」
「そ、そんな! なにか助かる方法はないのか!」
「…………」
「サナエ! 教えてくれ!!」
サナエは、静かにこう答えた。
「あなたの体内にある、その『鎖《くさり》』を引き抜くしかないわね」
「えっ? お、お前はいったい何を言ってるんだ? この力がなきゃ俺は今頃……」
「そうしないと死ぬのよ? 分かってる?」
「で、でも、この力があったからこそ俺は、俺たちは旅を続けることができたんだ! だから、今さらこの力を手放すことはできない!」
その時、俺の体の中から声が聞こえた。
「うむ、我が主《あるじ》の言う通りだ」
「その声は……『|力の中心《センター》』! いや『アメシスト・ドレッドノート』!」
「いかにも。我《われ》こそが誕生石の一つ。アメシスト・ドレッドノートだ!」
「……なるほど。あなたがナオトの体を侵食している張本人なのね?」
「はぁ? おいおい、サナエ。それは、言い過ぎだぞ。こいつは俺の相棒なんだから、そんなことするわけな……」
「バレては仕方ないな」
「……えっ?」
「確かに、我《われ》ら誕生石は所持者の体の一部を糧《かて》とすることで、我らの石言葉に関連した力を所持者に与えることができる。無論、それは所持者の命でも賄《まかな》える」
「……お前、何を言って……」
「ナオト、これが真実よ。あなたの体にそいつが居続ける限り、あなたは常に死を覚悟しなければならないの」
「……だからって、いまさらどうしろって言うんだよ。この力がなければ、もう生きていけない。これから起こるピンチをどう潜《くぐ》り抜《ぬ》ければいいんだよ……」
「その力があなたの体の中に滞在する時間が長ければ長いほど、あなたの体そのものが『鎖《くさり》』と化していくのよ?」
「俺自身が……鎖《くさり》になる?」
「そうよ。だから、もうあなたは頑張らなくていいのよ。あなたはあなたのお父さんのようにならなくても……はっ!」
サナエ(黒猫形態)は小さな両手で口を覆《おお》い隠したが、ナオトにははっきりと聞こえていた。
「おい……なんでお前が親父《おやじ》のことを知っているんだ?」
「……そ、それは」
「……答えろ……サナエ」
「……今はまだ……いえ、今のあなたには話すことはできないわ」
「……そうかよ。だが、俺はまだ死ぬわけにはいかない。生きるためなら、なんでもする。そうじゃないと、俺を待ってくれているやつらに恩返しもできやしねえからな!」
「……前にあなたから取り出したアレなら、これからも生き続けることができるわ」
「アレか」
「ええ、神々も恐れる蛇神『|夏を語らざる存在《サクソモアイェプ》』の心臓ならね」
その心臓は、今までナオトの心臓と入れ替わっていたものである。
「なら、早くしてくれ。俺は早く帰って寝たいんだ」
「けど、あなたが力を使うたびに、あなたの体は人ではなくなっていくのよ? それでもいいの?」
「ああ、やってくれ。そうだよな! アメシスト!」
アメシストは、高笑いをしながらこう言った。
「ふはははは! やはり、お前は面白いな! お前になら、いずれ我《われ》の最終形態をも使いこなせられるやもしれんぞ! ふははははははははは!」
「……ということでサナエ、すまないが頼めるか?」
「……いつもいつもあなたが死ぬんじゃないかって、ここから見ている身にもなってほしいものよ。まったく……」
サナエ(黒猫形態)は「ニャー!」と鳴いて、元の暗闇の間に戻り、俺に横になるように伝えた。
「わがまま言って悪かったな。でも、こんなことお前にしか頼めない。だから、頼む」
元の姿に戻ってしまっていたので、サナエがどこにいるのかわからなかったが、声はちゃんと聞こえた。
「あなたの本当の心臓では、その力に耐えることは不可能なのは分かっていた。でも、私はあなたに人のままでいてほしかった。この二つが私の頭の中を混乱させていたのも分かってる。けど、あなたが望むのなら私はあなたの望みを叶《かな》えて見せる!」
「覚悟なら、もうできている。だけど、お前の手が震えているように感じるのは俺の勘違いか?」
「……ナオト」
何か温かいものが俺の頭に触れている。これは、サナエ(黒影形態)の両手……かな? 触れている両手から感じられたのは、かすかな震えと……。
「サナエ、お前……泣いてるのか?」
「実態は……ちゃんとあるんだけど、あなたにはやっぱり……見えていないのよね?」
「……すまない。俺には出会った時からずっと、お前が見えていない」
「……ううん、いいの。私はそういう存在だから。気にしないで」
「そ、そうか。なら、いいんだが……無理してるなら、ちゃんと言うんだぞ?」
「ありがとう。でも、早く戻らないといけないんでしょ?」
「そ、それはそうだが」
「はい、この話は終わり! じゃあ、目を閉じてくれる? その方が痛くないから」
「お、おう」
サナエ(黒影形態)の両手が俺の頭から離れると同時に、俺は目を閉じた。俺の心臓と化け物の心臓との関係性は、まだよく分かっていない。
しかし、その化け物の心臓が俺の寿命を延ばしてくれるというのなら、俺は……。
「じゃあ、またね。ナオト」
「ああ、またな。サナエ」
グチャ! という音が聞こえた直後、俺の意識は完全に途切れていた。まあ、俺の心臓を取り出してから瞬時に化け物の心臓と入れ替えるのだから、無理もないのだが……。
こうして、俺の体に再び化け物の心臓が宿ったのであった。
「……いつか、全てを話す時が来るといいわね。だってあなたは私の……なのだから」
サナエ(黒影形態)が最後に言った言葉の重要な部分はこの空間の力で、かき消されてしまった。しかし、サナエがナオトと深い関わりを持っていることが明らかになった。
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