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恵那が河川敷に着く少し前から雨が降り始めた事で、野球をしていた少年たちの姿も見えなくなっていた。
傘を差しながら斗和が倒れていた付近へ足を進めながら恵那は思う。この雨だし、少し時間も経ってしまったから帰ったかもと。
けれど、
「江橋くん!」
斗和はまだ、そこに居た。というより、気を失っていたという方が正しいのかもしれない。
呼び掛けに答えない斗和を心配した恵那は彼のすぐ側にしゃがみ込むと極力雨が当たらないよう傘を差す角度を調整しながら、もう一度声を掛ける。
「江橋くん、しっかりして?」
「……ッ……お前、帰ったんじゃ……」
「心配だから、戻って来たの。包帯とか持って来た……その……手当てしようと思って……」
「……別に、これくらいの傷、大した事ねぇよ……」
「駄目だよ! とりあえず、あの橋の下に行こう? ここでこのまま雨に打たれてたら、風邪ひいちゃうよ」
「…………はぁ……、分かったよ……」
鬱陶しそうな表情を浮かべるものの気にする事無く橋の下を指差す恵那の勢いに困惑しつつ、溜め息を吐いた斗和は渋々納得。
ボロボロな彼の身体を支えながら共に橋の下まで行くと、斗和は壁にもたれ掛かるように腰を下ろした。
「あの、これ……ミネラルウォーター持ってきたの。良かったら飲んで」
「…………ああ、ありがと」
バッグからミネラルウォーターのペットボトルを取り出した恵那が斗和にそれを差し出すと、一瞬迷うような素振りを見せた彼は小さい声でお礼を口にして受け取ってキャップを開け、ぐっとの喉へ流し込んでいく。
(喉、乾いてたんだろうな……)
そう思いながら恵那は、消毒液や包帯、絆創膏などをバッグから出していき、
「傷の手当て、上手く出来ないかもしれないけど……一応……見せて?」
ペットボトルに入った水を半分以上を飲み干した斗和にそう声を掛けた。
「んなの、放っておきゃ治るって」
「駄目だってば。ほら、見せて!」
「ッ痛ぇな、手当てすんなら、もっと優しくしろよ」
「あ、ごめん」
必要無いと言い張る斗和の腕を半ば強引に掴んだ恵那が袖を捲ると、服に隠れていた腕の傷は、だいぶ深そうだった。
擦り傷というより切り傷みたいなその痛々しいそれに、思わず目を覆いたくなる恵那。
「消毒液は滲みそうだから、水で洗い流す方がいいかも……」
言って恵那はもう一つのミネラルウォーターのペットボトルを開けると、斗和の傷口に水を流していく。
「――ッ」
「ご、ごめん、滲みた?」
「平気だから、続けて」
「う、うん……」
そして、擦り傷には軟膏を塗り、傷全体を覆えるよう、包帯を一生懸命巻いていく。
「……とりあえず、これは応急処置って事で……ちゃんと病院で手当てして貰ってね?」
「…………ああ」
ちょっと不恰好な包帯の巻き方ではあるけれど、ひとまず傷口を覆えた恵那は満足して、他の部分にある擦り傷にも軟膏を塗っていく。
「あ、氷も持ってくれば良かったね……頬の腫れ、冷やした方がいいのに……」
そして、殴られたのか酷く腫れた頬に視線を移した恵那は、氷を持ってきて冷やした方が良かったと小さく項垂れた。
「良いって。こんなん良くある事だし。いちいち気にしてらんねぇよ」
気落ちしている彼女を励まそうと言葉を掛けた斗和だったのだけど、その言葉は恵那をより一層悲しませただけだった。
「何だよ、そんな顔すんなよ」
「ご、ごめん……」
「つーか謝り過ぎ。お前が悪い訳じゃねーんだからすぐに謝んなよ」
「ごめん……あ、えっと……うん……」
「……はぁ、まあいいや。手当サンキューな」
「ううん、どういたしまして」
何とか励まそうとしてみた斗和だったのだけど、人と――というか異性と関わる事があまり無い斗和はどう言葉を掛ければいいのか分からず、手当のお礼を口にすると、恵那の表情に少しだけ笑顔が戻り安堵する。