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あれから館林さんのあの言葉のせいで仕事に集中出来なかった。
教える側のはずの私の方が色々指摘されていたくらいに。
こんなポンコツぶりを発揮していると、打ち合わせを終えて戻って来た、余裕の無いであろう一之瀬は当然、何かあったのではと疑ってくる。
何だか非常に仕事がやりにくい。
長い一日が何とか終わり、帰り支度をして更衣室へ向かおうと菖蒲と共に廊下を歩いていると、前方に同じく更衣室へ向かっている館林さんの姿を見つけた。
「館林さん」
菖蒲が声を掛けた事で彼がこちらを振り向いた。
「本條さん、山岸さん、お疲れ様です」
私たちを見るとニッコリ笑顔を見せながら挨拶をしてくれる。
こうなると当然立ち止まって話が始まる訳で、暫く立ち話が始まった。
十分くらい経っただろうか、私は焦っていた。
一之瀬は再び打ち合わせで外に出ているので今は居ないけど、こんなところでいつまでも立ち話をしていると帰ってきた彼と鉢合わせてしまうし、いくら菖蒲が一緒だろうと勤務時間外で館林さんと話をしている光景を見たら、一之瀬は絶対不機嫌になるに決まっているから。
「ね、ねぇ、そろそろ帰らない? 私、お腹空いちゃったし……」
それに今日はこれから菖蒲とご飯を食べに行く予定なので、早く帰ろうと私が言葉にすると、
「あ、もし良かったら館林さんも一緒にご飯どうですか? 私たちこれからご飯行くところだったんです」
菖蒲は館林さんをご飯に誘ってしまう。
流石にそれは困る。
「え? でも二人の邪魔になったら悪いし……」
遠慮してくれているのか館林さんが断りかけているのに、
「邪魔なんて全然! ねぇ、陽葵」
館林さんとお近付きになりたいらしい菖蒲は「お願い、協力して」とでも言っているのかアイコンタクトを取りながら私に同意を求めてくる。
こうなると断れない私は、
「う、うん……。その、館林さんさえ良ければ是非……」
そう答えるしかなくて、当然それを聞いた彼は、
「それじゃあお言葉に甘えて、ご一緒させて貰おうかな」
一緒に行くと口にした。
まあ、菖蒲も居るし、何なら途中何か理由をつけて先に帰ろうかななんて思っていると、
「――飯行くなら俺も混ぜてよ、いいだろ、一人増えても」
ちょうど帰社して話が聞こえていたらしい一之瀬が後ろから私たちの元へやって来ると、自分も混ぜろと言ってきた。
「一之瀬……」
何てタイミングで話に混ざってくるのだろう。
四人でご飯なんて、気まず過ぎる。
「一之瀬、アンタってホント、タイミングの良い男よね。私は構わないけど、館林さんは、どうですか?」
「俺も構わないよ」
「陽葵、アンタは……って、聞くまでもないわよね。いつも一緒にご飯行ってる仲だし、問題無いわよね。それじゃあ四人で行きましょ」
断りたかったけれど、菖蒲も館林さんも断らない状況下で私だけが反対する訳にもいかない。
というよりそもそも菖蒲は私が断る訳が無いと決めつけ意見を聞きすらしないものだから必然的に四人で行く事に決まってしまった。
ご飯だけのつもりだったのだけど、四人だし個室の方がゆっくり話せるだろうと駅前の居酒屋でご飯を食べながら少しだけ呑む事に。
私と菖蒲が並びで座り、私の向かいに一之瀬、その横に館林さんが座っている。
とりあえずビールで乾杯しようという事で、運ばれて来てそれぞれジョッキを手にすると、菖蒲の「乾杯」という音頭で急遽決まった食事会という名の飲み会が幕を開けた。
開始前から一之瀬がいつ館林さんに失礼な態度を取るかとヒヤヒヤしていたのだけど、菖蒲も居るから流石に空気を読んでいるらしく、当たり障りの無い態度で接していく。
意外にも穏やかな時間が過ぎていく中、菖蒲のスマホに着信が入る。
「げっ! お母さんからだ。ごめん、ちょっと外で電話してくる」
「うん、分かった」
着信相手は母親らしく、面倒臭がりながらも電話をする為個室を出て行ってしまう。
すると、つい今しがたまでの和やかな空気が一変。
一之瀬は明らかに不機嫌さを滲ませていく。
「初日から女子社員と食事に行くとか、流石っすね、館林サン」
「ちょっと、一之瀬! そんな言い方……」
「構わないよ。俺としては、誘われたのに断るのは申し訳無いと思っただけなんだけど、それも駄目なのかな?」
「別に、駄目って訳じゃないっすけどね。ただ……それって本当に誘われたからってだけが理由なのかなって。誘われたメンツに本條が居なかったら、適当な理由つけて断ってんじゃねーのかなって、思っただけっすよ」
そんな一之瀬の言葉に館林さんは、
「…………そうだね、否定はしない……かな」
笑顔のまま、そう答えた。