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「……アンタ、相当肝の据わった男だな。俺、牽制したつもりだったんだけど、まるで効いてねぇとか」
「お褒めいただき光栄です」
「褒めてねぇし。まあいいや。アンタがどんなつもりか知らねぇけど、これだけは言っとく。俺らは付き合ってんだ。アンタが入る隙は微塵もねぇんだよ、館林サン」
「い、一之瀬……」
びっくりした。まさかこの場でそんな事を言うなんて。
確かに付き合ってるけど、今はまだ『仮』なのに。
「あはは、一之瀬くんってまだまだ子供だね。その牽制の仕方が特に」
「何だよ、喧嘩売ってんのか?」
「いや、そんなつもりは無いよ。ただ、あまり嫉妬心を剥き出しにし過ぎるのは良くないよ。女の子ってそういうの、苦手に感じる事もあるからね」
「ご忠告どーも」
いつ喧嘩になるかとヒヤヒヤしながら行方を見守っている最中、
「ごめんねぇ〜」
事情を知らない菖蒲が戻って来たところで再び場の空気は変わり、今さっきまでの殺気に満ち溢れた空気は跡形もなく消えていった。
一之瀬にもびっくりだけど、館林さんにはもっとびっくりした。
二人きりの時に気があるような事は言われたけれど、あの時は自分で一之瀬には内緒って言っていたのに、自ら一之瀬に宣戦布告とも取れる態度を見せたのだから。
それに、ついさっきの『嫉妬心を剥き出しにし過ぎるのは良くないよ。女の子ってそういうの、苦手に感じる事もあるから』と言ったあの言葉。
明らかに私の胸の内を見透かしている感じがした。
館林さんの言う通り、一之瀬の嫉妬深さには少しだけ参っていたりする。
嫉妬されて嬉しくない訳じゃない。
けど、少しだけ度を超えている気がするから。
だから、館林さんのあの時の言葉は、私を思って言ってくれたのかなと、少し……ほんの少しだけありがたく思ってしまった。
それから暫くしてこの日はお開きになり、私と一之瀬は同じ電車に、菖蒲と館林さんは途中まで方角が同じという事でタクシーに相乗りして帰って行った。
時刻は午後九時過ぎ。
電車は比較的空いているので、私と一之瀬は並びで座る。
四人も気まずかったけれど、二人きりの今の状況は更に気まずい。
いつまた館林さんの話題が出て不機嫌になるかと心配していたけれど、それは杞憂に終わる。
右隣りに座る一之瀬は私の右手に自身の指を絡めて手を繋いでくると、今度は少し体勢を崩してそのまま右肩に寄り掛かってきて、
「ようやく二人きりになれた」
と少し拗ねたような口調だけど、二人きりになれた今の状況を喜んでいるのか嬉しそうな彼の姿がそこにあった。
「い、一之瀬……人が見てるよ……」
くっつかれて嬉しくない訳じゃないけど、いくら空いている車内と言っても人は居る訳で、向かいの席に座っているサラリーマンのおじさんとか、ヘッドホンで音楽を聴いてる同世代くらいの男の人とか、ちらりとこちらへ視線を向けているのが分かっているから少し恥ずかしくて離れようとするも、それを一之瀬が許してはくれない。
「別にいいじゃん。知らねぇ奴らだし、迷惑掛けてる訳でもねーし」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「つーかさ、名前」
「え?」
「今はもう二人きりなんだから、名前で呼んでよ」
「あ……う、うん、そうだったね」
「まあ俺としては、二人きりじゃなくても名前で呼んで欲しいし呼びたいけどな。特に……館林の前では」
「そ、それは……」
安心していたのも束の間、急に話題に上がった館林さん。
やっぱり一之瀬は館林さんにかなりの敵意を抱いているみたいだ。
「アイツ明らかに陽葵狙いだし……俺らが付き合ってる事聞いても顔色一つ変えなかった。不安なんだよ、俺」
「不安?」
「これからも仕事にかこつけてお前に言い寄って来そうだし、それに……アイツ、俺なんかよりも大人だし、余裕もあるから……陽葵が俺に愛想尽かしてアイツに乗り換えたりしたらって……」
強気な態度だったかと思えば急に自信を無くして弱気な発言をする一之瀬。
そんな彼を私は可愛いと思ってしまうし、ヤキモチを妬かれるのは、やっぱりちょっと嬉しい。
すっかり意気消沈してしまった一之瀬の手をギュッと握り返した私は、
「……館林さんの事は格好良い人だとは思うけど、別にタイプって訳じゃないから乗り換えたりなんてしないよ。それに、私は丞との事を真剣に考えてる最中だもん……ちょっと言い寄られたからってすぐに心変わりなんてしない。そういうのはもう、止めたの。だから、不安にならないで。ただ、ところ構わず嫉妬心を剥き出しにされるのはちょっと困るから、そこだけは、直して欲しいかな」
館林さんには何の感情も無い事、今は一之瀬の事を真剣に考えているから簡単に心変わりをしたりしない事、それから嫉妬心を剥き出しにされ過ぎるのは少し困る事を伝えた。
そんな私の言葉を聞いた一之瀬は、
「……なぁ、今日陽葵の部屋に泊まってもいい?」
さっきよりも強く手を握りながら、そう問い掛けて来た。