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ピクニックする2人
「俺ピクニック行きたいかも」
黒蛇のような男がスマホを眺めながら突然呟く。
「どうしたんですか、こういうとあれですけど、珍しいですね」
「いや、したことないからしてみたいなあって」
当然といえば当然なのだろう。蛇草深影という男は名のある家系の次男であり、更に言うならば兄がダメだった時の保険のような男であった。そのために必要なことだけを詰め込まれた人間だからこそ、そう言った娯楽とは縁が無いことは想像に易い。
だからといって、瀬川晴彦もまた、そういうことに縁があった訳では無いのだが。
「俺も無いんですよね。まだ午前中ですし、行きますか?」
「行く。確かどっかにレジャーシートあったよね。」
境遇は違えど、2人は似ていた。幼い頃の思い出らしい思い出もなく、親元から逃げるように離れて、それからは恋人との思い出を大事に過ごしている。今日の思い付きもまた、良い思い出になるだろう、と軽い足取りで準備を進める。
キッチンに立って、お弁当箱に料理を詰めていく。深影が好きだと言っていた、焼き目のついた甘い卵焼き、鷹の爪を入れて甘辛く煮たきんぴら、茹で焼きのソーセージと、大きめの、塩と海苔だけのおにぎり。こういう変哲の無い中身が、ハルも深影も好きだった。しっかりと蓋を閉めて、風呂敷で包む。
「深影さん、お弁当出来ました。」
「あ、ありがとう。こっちもまとめ終わったよ。」
レジャーシートやひざ掛け、しまいにはカメラまで用意して深影は待っていた。
「カメラ、珍しいですね」
「たまにはこういう風に形で残しておこうかなって。」
荷物を積んで、少し離れた大きな公園まで車を走らせる。道中の桜並木は満開で、時折ひらひらと花弁が舞っていた。
車を停めて、目的地の丘へと歩みを進める。薄桃色の花が風で揺れて、落ちた桜が舞い上がる。
一瞬視界が春色で覆われて、歩みを止める。恋人である深影はその春の中心に立っていて、初めて見た訳でもないだろう花を、じっと見ていた。
「どうかしましたか」
「いや、すごい、綺麗だなって」
こんなに綺麗だったっけ、と呟く深影の手を、しっかりと握る。深影はそのままハルを見て、優しく微笑む。
「でもハルが1番綺麗だね」
「それを言うなら深影さんの方が綺麗ですよ」
「そうかなあ」
「はい」
そのまま風の吹き抜ける丘にレジャーシートを広げて、遅めの昼食を食べる。恋人と過ごすようになって、思い入れが生まれた食事。1人だったらこんなことしないよな、などと考えて。
「お弁当ありがとう。すごい楽しい」
「良かったです。あ、深影さん、良ければカメラ貸してください」
「うん、どうぞ」
借りたカメラで、そのまま深影を映す。何枚も撮ってる内に、そろそろ恥ずかしいよ、と笑われてしまったが、深影はどこまでも幸せそうだった。
「ね、ハル、一緒に撮ろうよ」
「是非。」
思い出がまたひとつ、シャッター音と共に増える。次は何処で何をしましょうか。海とかどう?きっと2人ならどこでも楽しいよ。そんな話をして、家路に着く。大きなアルバムを埋めるまで、そこまでの時間はかからないだろうな、と2人で笑った。