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アパートへと向かう細い道。
歩道と車道を隔てる柵に、チャラチャラした若者がもたれている。
脇をすり抜けようとしたアタシの前に、若者が突然足をニュッと伸ばした。
そいつの靴が足首にガンッと激突する。
アタシはバランスを崩し、見事に転んだ。
地面に顎を強打し、すごい音した。
通行人がみんなこっちを見る。
「どこ見とんじゃあ、ワレ! その足は何や!」
アタシは久々にキレた。
立ち上がって男に詰め寄る。
「その足は何やねん、オラァ!」
「えー、怖いオンナー」
若者はアタシを見て笑う。
赤い髪をした、品のない男だ。
だらしない格好(ナリ)をしている。
「謝れや! まず謝れや! アタシ、間違ったことは言ってへん。トーキョーって周り見えてへん奴、多すぎやねん。当たり前のことができてへん! だいたいなぁ」
言いかけたアタシの背後で、何やら異質のざわめきがおこった……嫌な予感がする。
「その方ら、控えぃ!」
「勝訴」の旗を背に、「日本一」のハチマキをしたチョンマゲメガネ──見覚えのあるおかしな姿が、硬直したアタシの前に現れたのだ。
言わずと知れた桃太郎だ。
アタシは再びヘナヘナと地面に座り込む。
すでに見慣れた感はあったのだが、あらためて外で見るとコイツ、凄まじいものがある。
通行人はササッと道の端に避け、アタシらの周りにはおかしな空間がポッカリ空く。
「ももも桃さま……」
ワンちゃんがポツリと呟いた。
「桃さまァ?」
桃太郎は勝訴の旗を外してワンちゃんに手渡す。
「これで腹を隠せばよい」
「ははーっ、桃さまぁ」
ワンちゃん、腹どころかパンツまで全開だ。
勝訴の旗を恭しく受け取り、言われた通りグルリとお腹を巻いた。
「リカ殿。ほれ、手を」
桃太郎はアタシの腕をつかんで引っ張り上げた。
「ギャッ! 肩外れるって。痛い! いただぃ! 外れたことあるねんってば!」
「ほれほれ」
一回やったことのある右肩がゴリリと嫌な音を立てる。
アタシは何とか立ち上がった。
「ああぁばッ?」
おかしな悲鳴をあげて若者が、さすがに目を見開いて桃太郎を凝視していることに気付く。
アカン。
売れてない芸人と思われたらいいが、ヘタすりゃ警察呼ばれる。
「ス、スイマセン。気にせんといて。ほら、いくで。桃太郎」
「リカ殿? その方、顎から赤い滝のように流血しておるぞ」
「赤い滝って……。恐ろしい表現せんといて! ほら、早く行くで」
何でアタシがこんなに気を遣わんといかんねん。
警察呼ばれても、それはそれで別に構わないはずだ。
いきなり部屋に居座られて、迷惑してんのはこっちなのに。
「何こいつら? かなりスゴめ。かなり濃いキャラ……」
若者がアタシと桃太郎を見比べて──さすがにパンツ丸出しのワンちゃんを凝視することはしないけど──もじもじする。
携帯を出して、写真を撮るかどうか迷っている風だった。
「クッ!」
痛いのと悔しいので、アタシはギリギリと奥歯を噛む。
若者は肩を竦めて背中を向けた。
立ち去る直前、こちらを振り返る。
「ゴメンね。顎に使って」
手にしていたのは小さなタオル。
アタシは反射的にそれを受け取っていた。
「ア、アリガト……」
礼を告げる間もなく、男は人ごみの中に消えてしまう。
タオルを握り締めながらアタシはその方向を見つめていた。
「リカ殿、赤い滝が? ム、顔も赤いぞよ?」
「しっ! もも桃さま、いいいけません。おお女心です」
「大女ごころ?」
「9.不毛なまでに、乙女 ~8人殺ったマフィアはりりしくてピンクの割烹着」につづく