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第六話
夜が深まると、邸宅の廊下もひんやりとした冷気を帯びていた。私は静かに自分の部屋へ戻ろうとしていたが、ふと足を止めた。そこには、煌が立っていた。
「お前、まだ起きていたのか?」
煌の声に、私は小さく息を吐く。彼の目には、いつものように優しさと少しの心配が宿っていた。私にとって、それが嬉しい反面、苦しいことでもある。
「少し、考えごとをしてた」
私は答えると、煌は何も言わずに歩み寄ってきた。兄が私の前に立つと、何も言わずにその手を伸ばしてきた。私は一瞬躊躇したが、結局その手を取った。
「まのん、最近、何か気になることがあるなら言ってくれ。俺にできることがあれば、何でもする」
その言葉に、心がふっと揺れる。私は兄の期待に応えたい。兄が求める自分でありたいと、強く願っている。しかし、その願いが時々重くのしかかってくるのだ。
「兄さんがしてくれたこと、全部感謝してる。でも…」
言葉を切った私に、煌はやや眉をひそめる。何か不安げに私を見つめながら、再び言葉を口にする。
「でも?」
「でも、私は自分を大切にしなくちゃいけないと思うの。…兄さんのために生きるだけじゃなくて」
その言葉を出した瞬間、胸の奥で何かが解けたような気がした。しかし同時に、兄の表情が変わったのも感じ取った。少しだけ、私に対する思いが深くなる瞬間を見逃さなかった。
「それは、無理に答えを出すことじゃない。ただ、まのんが幸せでいることが一番大事だ。俺は、まのんが自分を大事にできるように、ずっと支えるつもりだから」
その言葉を胸に、私は小さく頷いた。心の中で何度も繰り返すように、私の中で何かが少しずつ変わり始めているのを感じていた。
煌がそのまま背を向け、私の手を軽く握ってから、静かに部屋を出て行った。私はその後ろ姿を見送りながら、静かに一息つく。
「私が本当に求めるものは何だろう?」
独り言のように呟き、再び窓の外を見つめた。月明かりが庭に落ち、静寂の中にひとときの安らぎを与えてくれていた。