shk.side
恋に道筋のようなものは、確かに存在すると思う。
順番ともいったところだろう。
一般的によく言われる人生といったようなものと似ていて、誰もが口を揃えて自信満々に答えることができる、簡単なものだ。
2人はどこかで運命的な出会いを果たし、やがて紆余曲折を経て結ばれる。
愛し愛され合って、子供を産み、その子供を加えた家族という新しい形で人生に愛を満たしていく。
子供はそのうち成長し家を出て、少し広くなった家でゆったりと2人きりの余生を過ごす。
そんな、幸福を具現化したようなものがきっと恋の道筋で、正しい1人の人間としての人生。
それなら、俺たちは正しいと言えるのだろうか。
幸せであると、胸を張って人前に出れるのだろうか。
そんなことをふと、ぶるーくが居ない部屋で思った。
だって、俺は子供を産むことができない。
ぶるーくの家族を作ってやることができないし、それ以前に結ばれるに値する結婚という行為が認められていない。
でも、男同士だから。
俺たちの前に立ちはだかる問題の数々には、そのたったの6文字で簡単に片付けることができた。
そもそも、男から男への恋が成就してしまったことが間違いなのかもしれない。
そこまで考えて、酷く寒くなった。
鼻の奥がツンと痛んで、ぼんやりとその痛みを享受しているうちに気づけば目からはポタポタと涙が溢れ出していた。
視界がグニャリと歪んで、元に戻ってを繰り返す。
俺一人の呼吸音と、家電たちが密かにたてる些細な音だけが詰め込まれたこの寂しい空間の平衡が
机に当たるその音で僅かに崩される。
きっと、お互いわかり始めていた。
俺たちの関係には、男女の交際と違って明白なゴールが存在しない。
中途半端に同じ家に帰ってはくるが、それだけだ。
宙ぶらりんな関係のせいで、どこか張り詰めた空気が自分たちの家であるはずのここの居心地を悪くしていた。
だから、ぶるーくも帰ってこなくなったんだ。
初めは失敗を繰り返していたが、今ではすっかり手慣れてレシピを見ずとも速く作れるようになった手作りケーキ。
いつしかぶるーくが、美味しい、凄い、と笑ってくれたケーキは、俺の前で誰の口に入ることもない。
2人がけのダイニングテーブルの上に並んだ2皿のうちの1皿は、
俺が食べたため、空になっている。
だが、向かい側にフォークとともに大人しく鎮座するそれは用意した時と何ら変わらない状態で、
なんともやるせない感情がじゅわりと心に広がっていく。
キッチンにある2人で旅先で買った木製の掛け時計は、真夜中の11時を指している。
あと1時間たてば、付き合って4周年という名前のついた今日が終わってしまう。
なんとなく、こうなる予想はとっくの前についていた。
時計を見ていた視線を動かし、目の前に居座る皿の上にのったケーキを睨む。
俺はおもむろに立ち上がり、その皿を持ってキッチンに向かった。
ラップをかけて冷蔵庫に入れておいたところで、結局悲しい思いしかしそうにないから。
食材には申し訳ないけれど、俺の精神状態を優先させてもらって、せっかく作ったケーキを生ゴミ用のゴミ箱にそっとぶち込む。
ぐちゃりと音をたててビニール袋に収まったそれを見ていると、
感情という感情が抜け落ちていくようで、それと同時になにか俺を形作る大切なものまでも落ちていってしまったようだった。
汚いものには蓋を。
その言葉に倣って、俺はゴミ箱の蓋をパタリと閉めた。
ぶるーくの気配がこの家から消えていくのに、俺だけがこの家に囚われ続けている。
キッチンやベランダ、テーブルにソファー。
あらゆるところでぶるーくの幻影のようなものが視界を掠めるから嫌になる。
キッチンで鍋をかき混ぜるたび、些細な言葉を交わしあったことを思い出す。
ベランダで洗濯物を干すたび、少なくなったはずの量に反して干す時間が長くなったような気がする。
2周年目の今日は、俺が頑張って作ったケーキを2人で食べ、ソファーで流行りだった映画を見たんだったか。
でも、今はどこにでもぶるーくの影は染み付いていて、それを見つけるたびに心が寂しくなった。
隣に人ひとり分開けて、冷えたベッドに潜り込む。
ベッドのぶるーくの香りは薄れていく一方で、俺の匂いだけがどんどん濃度を増していく。
みじろいで肺いっぱいに凍りそうな空気を吸い込んで、俺は目を閉じた。
俺はきっと、はやくぶるーくを解放してやらないといけない。
俺が始めたせいでぶるーくは4年もの貴重な時間を無駄にすることになったんだ。
瞼の裏に、大好きなぶるーくの笑顔が掠める。
それを見なかったことにして、俺は睡魔の誘う方へと向かっていった。
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br.side
ドアに鍵を差し込んで、手首を軽く捻る。
ガチャ、という音がするのみで、扉は施錠の状態になった。
予想通りの展開だ。
というより、ここ最近はいつもこうなることが多かった。
ため息をこぼして、もう1度手首を捻る。
次はガチャリと音がして、解錠の状態へと再び戻った。
最近は彼と顔を会わせるのが気まずくて、こうやって遅くまで夜遊びを繰り返すことが増えた。
別に、彼との行為が嫌だった訳でも彼に不満があったわけでもない。
数年前の自分なら有り得ないと驚くだろうが、快楽に身を任せるのはなんとも言えないほど依存性があるのだ。
ダメだとわかっていても、ついついそちらへと甘い誘惑に誘われ逃げてしまう。
ひっそりとドアを開けて、寝ているであろう彼を起こさないように静かに部屋に入っていく。
時刻は1時をとっくに過ぎていて、きっと彼は深い眠りについているだろうと思ったのだ。
だから、のそりと寝室の方から足音もなく歩いてきた彼に気づかなかった。
shk
「…おかえり…?えと、ご飯いる?」
br
「ただいま…外で食べてきたから大丈夫」
眠そうな目を擦りながら問いかける彼に内心驚きながら返事をすると、わかったとポツリと呟かれる。
そのまま寝室へと戻っていくのかと思ったが、彼は僕の前を通りすぎてカウンターキッチンの前に置いているソファーへと腰かけた。
眠そうにうつらうつらと船をこぐ彼に対してなんと声をかければいいのか分からなくて、口を開いてはまた閉じるを繰り返す。
そうしているうちに、ふいに彼が夢うつつな様子で話し出した。
shk
「また、ケーキ2人でたべたいね」
唐突に彼の口から飛び出てきた単語に驚く。
br
「そうだね。今度…また」
そう彼の言葉に答えると、よく無表情の彼にしては珍しいふにゃりとした笑顔を浮かべて見せた。
よく、その顔が好きだと彼に告げていた顔だ。
それほどさっきの言葉の応酬に喜ぶ要素があったのかはあまり分からないが、取り敢えず結果よければ全てよしと言ったところだろうか。
彼がソファーに座ってから漂っていた、どこか刺々とした雰囲気が和らいだのを感じとって胸を撫で下ろした。
ここ最近は、お互いにギクシャクとしていて気まずくなることが多かった。
だから夜の街へと毎度繰り出す訳だが、どうにも向き合うのが怖い。
あれほど彼を愛していたのに。
しっかりそれを見るとなにかが終わってしまうような気がして、どうにも答えを出すのが億劫になってしまう。
朝になってから会社にいくまでの僅かな時間で顔を会わせるとき、彼の顔から笑顔がだんだん消えていくのには気がついていた。
きっともう、救いようのない場所まで来ている。
そうひとりごちながら、結局ソファーで眠ってしまった彼に厚手のブランケットをかける。
何もかけずに寝ると風邪をひきそうだ。
ブランケットを彼の首もとまで引き上げていると、彼は小さく蠢いた。
shk
「俺、ぶるーくの笑った顔がだいすきなんだぁ…」
むにゃむにゃと寝言を呟く彼の閉じられた瞳から、ぽとりと一粒涙が落ちて、ブランケットの色を濃くした。
頭がガツンと殴られる。
世界が瞬く間に作り変えられるようにして変化していくのを感じた。
呼吸のしかたを、その一瞬で忘れる。
br
「…僕も、しゃーくんの笑顔が好き」
絞り出すようにしてやっと出た声は、蚊の鳴くような些細な声だった。
目が覚めるかのように、率直にその言葉がずっしりと頭にのしかかる。
転がったリップ。
鼻に染み付くようなフローラルの香り。
ウェーブを描く長い髪。
頭の中にフラッシュするように、その光景が映し出されては消えていく。
次第に写真のようなそれらは見えなくなって、脳内には暗闇が広がった。
僕は何をしていた。
大切な恋人を放って、浮気を繰り返していたのか。
ソファーで眠るしゃーくんの体を持ち上げ、寝室のベッドへと運ぶ。
怒りと焦りが体のなかを駆け回るようだったが、それよりも優先するべき恋人を正しい寝床へと運び込むのが先だ。
しゃーくんは許してくれるだろうか。
いや、許してもらえるだなんて立場ではない。
心の中でも猛省しながら、しゃーくんをそっとシーツの波の上へとのせる。
随分前にねだられて抱えたときよりも心なしか軽くなったような彼の体重に、申し訳なさが肥大化する。
料理が苦手なしゃーくんのことだ。
ずっと一緒に料理を作っていたはずなのに、その習慣が薄れていってしまったのは自分のせいなのだ。
しゃーくんの隣に潜り込みながら、彼の香りでいっぱいの布団で決意を固める。
明日起きたら、真っ先に謝って仲直りをしてもらおう。
もう一度、一緒に人生を歩んでもらえるよう素直にお願いしよう。____________________________________________
shk
「ねぇ、ぶるーくは子ども欲しくなったりする?」
心配そうに顔を逸しながら緊張した声色で問いかける彼の姿が蘇る。
男が好きだと家族に告げてから家族仲はあまり良くないと話されていたから。
彼の言葉に驚いたのを覚えている。
しゃーくんの中には家族というものの定義があるようで、なんと答えるべきか迷った。
br
「うん。欲しいとは思うよ。」
shk
「へーそっか」
考えた挙げ句に出した正直な言葉に、しゃーくんは素っ気なく返した。
今の時代は男女じゃなくても子どもを育てる方法は沢山ある。
なにより、俺としては彼と子どもを育てるのは楽しそうだと思っていたのだ。
でも、しゃーくんと俺には何か認識の違いがあったのかもしれない。
思えば、その日から彼との会話には些細なズレが生じていって、互いに気まずくなることが増えた。
過去のことを思い出しながら、ぎゅっと左となりに転がる温かな体を抱き締める。
数時間後、お互いが笑いあっている未来を想像しながら眠りについた。
とろりと蕩けていく意識の中で、ぼんやりと思い出す。
彼に告白したのは、僕からだった。
それで、彼はオッケーをしてくれた。
男が好きだから、普通とは、違うから、きっと誰と一緒になることもなく一人寂しく人生を終えていくのだろう。
そう思っていた僕にとっては、まさしく青天の霹靂という言葉がピッタリなできごとだったのだ。
それからあれよあれよという間に話は進んでいき、ぼくたちは大学卒業とともに同棲することになった。
お互い無事に一般的なそこそこの有名企業に就職できたし、駅もまあまあ近い場所に引っ越すという話がきっかけだった。
そのころにはとっくにキスもハグもそれ以上の行為もしていたし、ゆっくりだがちゃんと関係を進めれていると思っていたのだ。
なのに、
br
(結局、こうなっちゃったんだけどね
僕の意識はそこで途絶えた。___________________________________________
shk.side
寝起きで鈍く痛む頭を柔くさすりながら、カーテンの些細な隙間から差すまだ青い朝日を見つめる。
外では小鳥の鳴く声が微かに響いてるようで、まだ時刻が早朝であることを告げていた。
ぬくぬくとしたベッドの中とは対照的に、陽光が転がるフローリングの上は寒そうで、
出そうと思っていた爪先を布団の中に避難させる。
溜め込んでいた有給を消化するように事務の人から言われていて、その通り数日休みを貰っていた俺は今日もゆっくりできる。
shk
「また、一緒に記念日にケーキ食べたかったな」
ポロリとシーツの上に寂しい音が落ちた。
ぶるーくが帰ってきただなんて嬉しいはずなのに、なぜか悲しくなってしまう、気分は朝からブルーだ。
昨日はあんなに薄いと感じた彼の香りが今日はやけに鼻につく。
きっと、ぶるーくは記念日のことなんか覚えてないだろう。
男の癖にそんなものにすがりついてしまう俺が悪いのかもしれない。
けれど、夢の中の彼同じ様になんとなく彼は忘れている気がした。
一息だけ大きく息を吐いて、体育座りのような姿勢になる。
頭の中には、俺の大好きなぶるーくがずっと居座っていた。
彼がキッチンで出来立ての手料理を差し出す姿
うたた寝しているアイツのソファに広がった髪色。
俺は口を開けて今か今かと待ち構え、俺はその暖かそうな隙間に潜り込む。
彼の濡れたシーツを干す横顔、おやすみを告げるときに少し上がる口角。
俺はその隣で布団カバーを広げ、俺はその少し冷たい体に控えめながらも抱きつく。
それだけじゃない。
ぶるーくとの選べないほど大切な思い出は沢山あって、それらが全部走馬灯のように走っては消えていく。
そうだ、彼が大好きな俺の手料理を作ろう。
きっと、それを口にするときぶるーくは笑ってくれるはずだから。
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br.side
今日は朝から散々だった。
後輩のミスで休みのはずだった1日が出勤になり、通勤中に焦って準備したせいでスマホを忘れたことに気付く。
会社用のスマホはまた別で渡されていたから仕事に支障はでなかったものの、それ以外で気になる大切な1つのことがあった。
結局、朝イチでしゃーくんに謝ることができなかったこと。
スマホが無かったからしゃーくんに一言告げることもできず、きっと心配させているだろうと思い、
帰路を急ぐ足がより早さを増す。
やっとの思いで家につく。
少し乱暴になりながらも、鍵を差し込み扉を開ける。
いつもと違って、扉は解錠の状態になる。
なんだか嫌な予感が体を駆け巡って、それを振り払うようにして勢いよく扉を開ける。
今日は彼の仕事も休みの日だから、彼は絶対に中にいるはずだ。
そう信じて。
扉を開けるとともに、いつも通りの暖かい光と甘いケーキの匂いが出迎える。
その事にホッと安心して、急ぎ気味で革靴を脱いだ。
br
「ごめん、急なクレーム処理で出勤になっちゃった。」
そうしゃーくんに話しかけながら、ダイニングキッチンへとつながる扉を開く。
同棲を始めた頃から帰ってくるときには大体キッチンにいる彼が今日も出迎えてくれると思ったのだ。
話しかけてはいるものの、彼からの返事がない。
キッチンには、灯りと甘い香りのみで、彼の姿はなかった。
ついさっき消えたばかりの焦燥感が再び芽を出す。
br
「…しゃーくん?」
僕の声と、電化製品たちの静かな唸り声だけがどこか広くなったような部屋に木霊する。
違和感を覚えて部屋を見渡してみると、しゃーくんどころか彼の身の回りのものまでごっそりとなくなっていて、ようやくすべてを受け入れた。
鼻にむしろ毒々しいほど鮮明に甘い匂いが充満している。
手から仕事用のカバン滑り落ち、物音をあげる。
ようやく僕は思い出す。
この甘いの匂いは、よく記念日とか大事な日に一緒に食べたケーキの匂いだということに。
僕は、大事な日に食べていた彼が愛情込めて作ってくれたであろうケーキの存在すらも忘れてしまっていた。
机の上には、光を反射してツヤツヤと輝くフォークとケーキに添えるようにして、1枚の紙が置かれていた。
こうなってしまったのは
僕は自分の行いに懺悔して
ただ崩れ落ちるしかなかった。
コメント
3件
言葉の使い方天才すぎるです(?)
言葉の表現が最高✨