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ピピー!と、教師が咥えていた笛が、甲高い音を上げた。その笛の響きが無くなる辺りで、ネットにぶつかったボールが、ゆっくりと転がる。
アーサーは汗を数滴垂らし、息を切らしながら、転がるボールを睨んだ。
特に、誰も賞賛の声や、駆け寄ってくれる事は無かったが、アーサーは心の中で、静かに喜んだ。
そんな一年生の体育の授業を、教室からそっと、二年┈フランシスは眺めていた。
誰にもバレないよう、そっと微笑んでいるアーサーを見て、フランシスは自身の前の席に座り、黙々と授業を受けているノースの背中をつついた。
「なに?」
現在は数学の授業中。教師にバレぬよう、小さく声を上げながら、ノースはそっと振り返った。
フランシスは見て、と言いたげな目をしながら、グラウンドに立っているアーサーを指さした。
「珍しく笑ってる」
フランシスが指す方を見て、あの時から全くと言っていいほど、言葉を交わしていない弟の笑顔を、ノースはじっと眺めた。
誰に見せる訳でも無く、ただ一人、ひっそりと、嬉しそうに瞳を揺らしている弟を見て、ノースは、心のどこかで、ほっとした気持ちになった。
(よかった、まだ、笑えてる)
そうやって、安心した気持ちになれる。
体育教師に呼ばれ、子供のように緩やかだった笑みが無くなり、小走りに教師に向かっていくアーサーを見て、ノースも、向けていた視線をノートに戻した。
今現在の、四兄弟の関係を知っているフランシスは、困った様に笑いながら、一生懸命に授業を続けるアーサーを眺め続けた。
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昼休み。多くの生徒がお腹を空かせ、仲のいい人達と集まりながら昼食を摂る時間。
そんな時間だと言うのに、アーサーは一人で図書室に篭っていた。
アーサーにとって、この時間は、一番と言っていいほど集中ができる。
他生徒はみな、食事に夢中で、普段はまばらに人がいる図書館も、この時間帯ばかりは、静けさに包まれている。
その時間帯を狙わない程、アーサーは馬鹿では無い。
しかし、その時間を少しでも多く取るために、アーサーの昼食は酷く少ない。
食事の時間を削ってまで、アーサーは勉学に勤しみたいのだ。
「まーた図書館に篭っとうの?」
本来、静かにするべきの図書館内に、比較的大きな声量が響いた。
聞き馴染みのある、何処か落ち着く声に、アーサーは参考書へ視線を向けるのを辞めた。
そこまで校則が緩くないとはいえ、少々気崩しすぎている様にも感じる、制服の着こなし方をする三年┈ポルは、困った様な笑みを浮かべながら、アーサーの正面の席に腰を下ろした。
「お昼ご飯、食べたん?」
「一応…」
ポルからの質問に、アーサーは少々ごもついた口で答えた。
そんなアーサーを見て、ポルは少し勢いありげに、何かをなげつけた。
アーサーは驚きながらも、しっかりとそれを掴んだ。
ポルが渡してきたのは、一つのメロンパンだった。
「どうせロクなもん食べとらんやろ?午後も授業あるんやから、しっかり食べんと、もたんよ?」
「べ、つに…元から少食だから、いいって…」
「アカン、食べんと、な?」
ポルから優しく促されると、アーサーは渋々了承した顔をした。
「あんまり気ぃ張りすぎとったらあかんで?体調崩してまうから」
軽い注意喚起を受けると、アーサーは何処か申し訳なさげに頷いた。
そんな、これといった特別感もない、日常風景の一欠片の様な光景を、ウェルとノースは羨ましそうに眺めていた。
「いいなーポル。アーサーと話せて」
「ねー、俺達とは、目さえ合わせてくれないのに」
兄達からすれば、アーサーと会話出来るのは、特別だった。
最後に言葉を交わしたのは、一年前のあの日。それも、まともなものでは無かった。
それ以降は、口どころか目さえ交わすことも無く、月日は流れている。
だから、ポルに限らず、アーサーと言葉を交わせる面々は、兄達からすれば妬みの対象であった。
そんな苦い思い出や感情に浸り終わり、再度、ポルとアーサーの会話に、二人は耳を傾けた。
「そんなに焦らんでもええんとちゃうの?ほら、アーサーはまだ一年やん?全然時間はあるやん」
ここ最近、何時にも増して勉強漬けのアーサーを、馴染みの面々は気にしていた。
ポルからの心配の言葉に、アーサーは少し固まりながら、小さく返事をした。
「ダメだ…そんなゆっくりしてたら、スコット兄さんが卒業するだろ…いや、スコット兄さんだけじゃない、ノース兄さんも、ウェル兄だって…何時居なくなるかなんて、分からないだろ」
先程とは打って変わって、まるで押し殺した様に、最後の力を振り絞るかのように、弱々しく、アーサーはそう言った。
「兄さん達が在学中のうちに、「お前は凄いな」って言わせてやるって…「お前の兄は凄いな」が、「お前の弟は凄いな」に変わるまで、俺の努力は実ったことにならない」
次々とアーサーの口から零れでる、苦しいという感情の波を、ポルは悲しそうな目で見ていた。
段々と、アーサーの呼吸が浅くなっていくのを見て、ポルは優しく、その頬を撫でた。
「落ち着き、大丈夫やで、アーサーは、今でも充分凄いで。やから、しっかり呼吸せんと、苦しいやろ?」
自分がどんな風なのか、それを理解したアーサーは、落ち着いて深呼吸をして、ごめん、と一言だけ呟いて、そのまま自身の腕の中に顔を埋めた。
兄は何も悪くない。アーサーはそれを理解している。だからこそ、苦しいのだ。
兄たちに罪がないからこそ、この苦しいという感情や、嫌悪という感情をぶつけられない。それが、ただの八つ当たりという行為になってしまうから。
行き場のない、ぶつけ場のない感情は、自分の中で留め、堪えておかなくてはならないのだ。
八つ当たりでもいいから、誰かにぶつければいい。誰だったか、そう言っていたが、アーサーは、それが出来ない人間だった。
だから、今みたいく、自分の腕の中で、声も殺して涙を零す事しか、アーサーには出来ないのだ。
そんなアーサーを見て、ポルは優しく頭を撫でた。出口付近に座っていた兄二人は、そっと立ち上がって、静かに教室戻って行った。
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1日に2個も同じストーリー投稿するなんて…珍しいです。
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コメント
1件
うぁ好き、、