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「あれ? アヤちゃん……?」
さっきまで目の前にいたはずのアヤちゃんがいない。
それだけじゃない。周りを見ても、俺たちがさっきまでいた森の中とは全然違うような気がする。
……どこだ、ここ?
一瞬にして違う場所に来てしまった俺はきょろきょろと周囲を見渡した。
もしかしたら、何かの情報を得られるかも知れない。
そう思った瞬間、俺はふと自分の胸元から光るものが伸びていることに気がついた。
「……ん?」
『導糸シルベイト』のようにも見えるけど、『導糸シルベイト』と違うのは端の方が薄くなってほとんど見えてないことだ。
そんな謎の糸が俺の心臓あたりから、まっすぐ伸びていた。
これもしかして、白雪先生が言ってたやつ……?
『共鳴』した相手は、糸で繋がるというあの話。
だったら、俺とアヤちゃんが共鳴したってこと?
でも、アヤちゃんは『拒絶』しているはずだ。
正しく言うなら、拒絶しているのはアヤちゃんじゃないんだが……まぁ、そこは余談でしかない。
「……行ってみよ」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、糸を追いかけるようにして森の中を歩く。
しかし思わぬ出来事だったが、もし本当にアヤちゃんと『共鳴』したのであれば好都合かもしれない。このまま捕らえられていたアヤちゃんを解放し、全て解決。
ついでに俺も『共鳴』の感覚を掴んで、成長できる。
万々歳ってやつだ。
そんなことを思いながら、俺は森の中を歩いていると10分と経たずに森から抜けた。
抜けた先にあったのは、ゆるやかな盆地だった。
そこだけ大きなスプーンでくり抜いてしまったかのように、へこんでいる土地により集まるようにして小さな家々が建っている。
普通の田舎の風景だ。
テレビとかでよく見るし、さっきアヤちゃんの中に入ったときも似たような田舎だったので特に驚くことはない。
だが、明らかにそこに違和感がある。
「……?」
全・て・の・建・物・が・古・い・の・
だ・。
古いといっても、朽くちているわけではない。
旧式という意味だ。
例えば屋根。俺は古い家というと、自分の家のような和風建築を思い浮かべるんだが……眼の前にある家たちはそんな豪・華・なものじゃない。
屋根は茅葺かやぶき……と、言うのだろうか。
前世でも教科書でしか見たことのないような屋根だが、教科書に載っているほど綺麗じゃない。
苔こけむしているし、カビているのか、腐っているのか分からないが、とにかくそういう場所もみえる。そういう古い家が数軒建っているのだ。
そして、その周りには人がいる。
1人じゃない。複数人見える。
その人たちが着ているのも、これまた古い服。
江戸時代っぽい服、と言えば上手く表現できるだろうか。
とにかく、まるで俺だけタイムスリップしてしまったかのような光景で思わず目を疑ったのだ。
「……えぇ?」
俺の口から声が漏れる。
幻覚でも見ているかのようだが、ここが精神世界の中だというのであれば、こういうのもありなのかも知れない。
……いや、ありなのか?
考えられるとすれば、アヤちゃんがテレビで江戸時代のことを見たから、憧れとかできたとか……?
全く分からないから、帰ったら白雪先生にこの状況を聞こう。
俺は目の前の光景に割り切りをつけると、まっすぐ伸びる糸を追いかけた。
とはいっても、糸はまっすぐ集落に伸びている。
それを追いかけるということは、つまり集落に入っていくということだ。
俺が村に向かって降りていくと、すぐ近くにいた人と目があった。
「こ、こんにちは……」
俺が頭を下げると、俺と目があった老人はぱちりと目を瞬かせる。
瞬かせて、驚いたように声を漏らした。
「ほ、法師様!? 法師様じゃねぇですか。どうしてこんな田舎に!?」
「法師……?」
聞き慣れない言葉に俺が首を傾げていると、老人は俺に向かって拝おがみながら続けた。
「ありがてぇありがてぇ……。死ぬ前に二度も法師様に会えるとは」
「すみません。法師って……?」
「何を仰おっしゃる。その格好を見れば分かるってぇもんです。里に降りてくる鬼や妖あやかしを祓ってるんでしょう」
「……祓魔師のことですか?」
「フツマ……? いや、法師様は法師様じゃねぇですか」
なんだか会話が噛み合っていない気もするが、どうやらこの人が言っている『法師様』というのは祓魔師のことみたいだな。
どうして俺が祓魔師だと分かったのかはおいておくとして、とりあえず俺のことを神か仏みたいに拝おがむのは辞めてほしい。全く知らない人間にそれをやられても怖いだけだ。
でも、熱心に拝んでいる手前、それを『辞めて』とも言いづらい。
上手いことかわせないかな。
「……ぼ、僕はまだ子供です。未熟ですから、拝むのはやめてください」
「法師様の中には『若返りの術』を使って、長生きする人もいるって聞いたこともありやす。法師様がそうかも知れねぇ」
……『若返りの術』?
「京の都みやこにいる紅法師ベニホウシ様はその術を使って何百年も生きてるって噂じゃねぇですか?」
ねぇですか? と聞かれても、そんな魔法なんて聞いたことがない。
無いんだが……まぁ、ここは精神世界だ。
あまり真に受けるというか、真面目に聞くような話でもないだろう。
何もしてないのに拝まれ続けるという意味の分からない体験をしながらも、俺は老人に背を向けて集落の奥に向かった。
しかし、思ったよりも糸が繋がっている相手はすぐに見つかった。
歳はきっと今の俺とほとんど変わらない。
これまた江戸時代みたいな服を着て、赤ちゃんを背負い、そして洗濯物を干している。
その横顔は、とてもアヤちゃんに似ていた。
「アヤちゃん。帰ろうか」
俺がそう声をかけた瞬間、少女が俺を見る。
真正面から向き合うような姿になった時、俺は言葉にできない違和感を覚えた。
顔はアヤちゃんに似ている。
本人と言っても問題くらいには似ている。
でも……違う。
目の前の少女は明らかにアヤちゃんではしないような表情を浮かべていて、
「法師様……? でも、アヤちゃんじゃない」
少女がぽつりとそう漏らす。
漏らした瞬間、空から響くような声が聞こえた。
『傲慢なり』
ごう、と俺の意識が再び飛ばされる。
まただ。また、ここから飛ばされる。
これではいつまで経っても、埒が明かない。
だから俺はとっさに地面に向かって『導糸シルベイト』を打ち込んだ。
次の瞬間、わずかに意識が繋がる。
『人の心に踏み込み、あまつさえ居座ろうとする思い上がり。祓魔師の傲慢さは天井知らずと見える』
まるで昼過ぎの授業で半分眠っているときのような、か細い意識だが……それでも、確かに繋がった。
「……誰、だ。誰がアヤちゃんの中にいるんだ……ッ!!」
その一瞬の時間を使った俺の問いかけに、果たして声は答える。
『――氷雪公女』
その声を最後に、俺の意識は再び弾き飛ばされた。