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取材を終えた史記は、廊下を一人歩いて控え室に向かっていた。
今日のインタビューは順調だったものの、さすがに疲労感が押し寄せてくる。この後は休憩を挟んで撮影が控えているが、少しでもメンバーの様子を確認しておきたかった。
控え室のドアノブに手をかけた。その時だった。
「ひで、じっとしてろって」
ドアの向こうから聞こえた愁斗の声は、低く甘やかすような響きを帯びていた。普段から穏やかで落ち着いたトーンの声色だが、どこか親密すぎるほどの柔らかさがあった。
史記は手を止める。
ノックするべきだと分かっていながら、なぜかその行動を躊躇してしまった。
悪いことだとは分かりつつも、ほんの少しだけと自分に言い訳をしながら、ドアをわずかに開ける。
中を覗くと、そこには森兄弟の姿があった。
兄はソファにもたれかかるように座っており、顔はどこか疲れた様子で、目を細めている。
そのすぐそばに膝をつくようにして座る弟。兄を見上げながら、笑みを浮かべていた。
「……なんだよ、その顔。笑うなって」
兄が疲れた声でぼやくと、弟はクスクスと肩を揺らして笑った。
「だって、ひでがこんなに大人しくしてるの、珍しいから」
「俺だって疲れるときぐらいあるんだよ……あとお前、近すぎ」
「別にいいじゃん。いつもひでが顔くっつけて来るくせに」
「よくない。……顔、はなして」
「……やだ」
愁斗は小さく言いながら、さらに兄の方へ身を寄せた。兄の額に自分の額を軽く押し付けるようにして、ふざけたような低い声で囁く。
「ほら、逃げられないようにしとくからさ。少しは俺に甘えてみろよ」
「……調子乗んなよ」
兄は弟の言葉に呆れたように笑い、軽く肩を押し返そうとするが、その手にほぼ力は入っていない。
弟はそのまま手を兄の頬に伸ばし、指先で触れるように撫でた。
「ねぇ、ひで。俺には、もっと弱いとこ見せてよ」
「……別に普段から見せてるだろ」
「違う、そういうのじゃなくて。今みたいに、もっと素直になってほしい」
その言葉に兄は一瞬だけ目を細め、弟の顔をじっと見つめた。
史記は、その視線の強さに息を呑む。二人の間に漂う空気は、ただの兄弟のそれではなかった。
そして――。
弟はふわりと笑いながら、兄の顔にさらに近づいた。その距離がどんどん縮まり、今にも触れるのではないかと思う距離まで唇が近づく――。
史記はドアをそっと閉じた。
「……やばい」
史記は心の中で呟きながら、壁にもたれて大きく息を吐く。心臓が早鐘のように鳴り響いている。2人がただの仲良し兄弟ではないことは、今の光景が何より物語っていた。
その関係が何であるかを問いただす気はない。
ただ、2人が築いたその特別な世界には踏み込むべきではないと直感的に分かっていた。
「……2人だけのルール、ってやつか」
史記はそう呟くと、そっとその場を離れた。
リーダーとしてできることは、彼らの空間を守ること。そして、その秘密を見なかったことにすることだけだった。